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仮面の大公殿下とお嫁様  作者: 高瀬 紫
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思い出


 大公殿下の腕の中に閉じ込められ、そのまま固まってパニックに陥る。


 え、ちょっと待って、いったい何が起こってるの? あの時の方が、この大公殿下?

 ……私はもしかしてもしかすると、大変な事をしでかしてしまったのでは?!


 激しく瞬きを繰り返して委ねた大公殿下の腕の中は、とても大きくて。噂で聞くような仮面の醜く恐ろしいといったような恐怖や不安は微塵も感じない。むしろトキメキしかなくて困る!

 小さな頃に父に抱きしめられた時の安定感とは似て非なる大公殿下の、漂う芳香とかお召しになっている衣装の生地の高級さとか、胸板の逞しさとか腕の力強さとかーーーもうなんかともかく凄いのは分かった。解ったので解放して下さいっ!!


 元婚約者とだってこんな接触はなかった。家族以外の異性に初めて抱きしめられて、心臓が壊れそう。潤む目で抗議しようと殿下を見上げてハッとする。

 私を見下ろす大公殿下の金色の瞳が、あまりにも優しくそして甘かったから。

 こんな目で見られたことも初めてで、私は更に混乱した。混乱して血が昇り、顔と頭が更に熱くなる。


 もう無理っ!!



「リズっ?!」


 最後に聞いたのは、大公殿下の驚くように見開いた金色の煌めきと、私の名を呼ぶ声。

 そうして私は、意識を失ってしまった。








 私は賑やかな王城の広間をこっそりと抜け出し、暗がりのベンチに腰を下ろしていた。夜の宵に紛れ建物の影になったここならば、誰かに見つかることもないだろう。


 両親は一人で行動してはいけないと言ってはいたけれど、デビュッタントのエスコートしてくれた兄は縁を繋ぐためにあちこちで話の輪に混ざっている。貧乏領を守る為に兄も必死なのだ、妹の私が足を引っ張るわけにはいかない。

 本当なら私も今後の縁の為に、誰かに話しかけて知り合いを増やした方が良いのは分かっている。けれど少し疲れてしまっていた。


 事前に準備していたこの白いドレスは辛うじて使うことが出来たが、領が逼迫しているのは娘の私にも理解できた。

 去年の水害で大きな被害を受けた領地は、未だに復旧し切っていない。そんな中でデビュッタントの年を迎え、両親に負担を強いてしまう自分が情けなかった。一生に一度のデビュッタントが、こんな思いのまま出席する事になるなんて思いもしなかったから。



「……でもルーファス様、元気そうで良かった」



 かつての婚約者が今日新たな相手をエスコートして来ていたのを、視界の端に捉えていた。

 ショックを受けなかったと言ったら嘘になる。けれどそれ以上に落ち着いている様子だったのが嬉しかったのだ。もう道は別れてしまった。多分二度と交わる事はないのだろう。

 だから今うっすら浮かんでいる涙は、きっと幼馴染でもあったルーファスと離れてしまった事が寂しかったせい。情はあっても、まだあれは愛では無かったのだから。


 夜空を見上げると、賑やかな広間の灯が漏れていてもなお瞬く満天の星空が広がっていた。スターリング領は田舎なので天気の良い日は大抵星空が見える。遥か彼方の煌めきをただ見つめる時間が、私は好きだった。貧乏でも豊かであっても、星空は平等に輝きを見せてくれる。身分すら関係無い。



 ♪きらきら光る 夜空の星よ

 瞬きしては みんなを見てる

 きらきら光る 夜空の星よ♪



 幼い頃母が眠る時に枕元で歌ってくれていた童謡を思い出して小さく口ずさむ。広間では立派な楽団が音楽を奏で、それに合わせて皆踊りさざめいているから、きっと私の小さな歌声など届かない。

 貴族としてデビュッタントはしたのだ、もう義理は果たした筈。つくづく貴族らしく無い性分だと、自分でも思う。夜会に映える化粧もコルセットをきっちり絞めるドレスも、好きじゃない。こんな事をするならば家で刺繍でもしていた方がまだ落ち着く。誰かのために着飾る楽しさを、私はまだ知らないのだろう。もしかしたらまだ子どもでいたかったのかもしれない。


「きらきら ひかる〜 よぞらの ほしよ〜」


 もう一度歌い始めた時、ガサリと側の植え込みが揺れた。


「誰っ?!」


 思わず誰何すると暫しの沈黙の後、ゆっくりと誰かが植え込みの影から顔を出した。やはり暗がりなのでシルエットしか分からない。広間からの微かな明かりでその瞳だけがキラキラと光って見える。

 どうやら男性のようだ。何やら居た堪れないような、申し訳なさそうなそんな雰囲気が見て取れる。


「わざとでは無い……だが折角の場を乱してしまった事は謝罪する。すまなかった」


 低く流れるようなテノール。心が震える艶のある声に知らず心臓がドクンと鳴った。


「い、いえこちらこそっ! どなたかいらっしゃる方とは思わず失礼致しました。すぐにでも場所を……!」


「いや、去る必要は無い。私が邪魔をしたのだ、私が去ろう」


「いえ、私こそ不慣れな場所にも関わらず勝手をしてしまって」


 2人で譲り合い、やがて我に返って互いにクスリと笑った。


「不慣れと言ったが、もしかして今日デビュッタントの令嬢だったのか」


「はい、申し遅れました私伯爵……」


「いや、良い」


 自己紹介しようとして止められる。男性から自嘲するような溜息が漏れた。


「互いに知らぬ方が幸せな事もある。私とそなたは王城の中庭で偶然出会っただけーーーそうだろう?」


 男性の方が明かしたく無いのだろうというのは何となく理解ったので、それを了承し私達は互いを知らぬまま取り止めもない話をした。ただ何も呼び名がないのは不便だろうと、彼は『ヴァル』私は『リズ』と名乗る。


 『きらきら星』の歌の話から家族の話になって。

 聞き上手でしかも時折り返してくれる言葉は誠実で的確、とても頭の回転が早く周囲を客観的に見る事に長けている人だと思った。暗がりでその容姿は確認できないが、優しく響く声は私の心を癒し安心させ、いつの間にか信頼して婚約解消や領地の事情まで話してしまった。


「ふむ、……それは辛い思いをしたのだな」


「元婚約者の事は良いのです。情が愛に変わる前でしたから……ただ寂しいだけで。それに領地は大変ですけど家族皆健康で一緒にいられる、その事に感謝しなくては」


 心からではないけれど、それでも笑みを浮かべられる。恋をしてみたかったとは思うけれど、今は家族一致で領地を支えなければ領民達が苦しむ事になるのだ。一貴族として、それだけは避けねばならない。


 考え込んでしまった私を、男性は優しく見つめ見守ってくれる。


「そなたは優しいな、そしてあまりにも聡い」


「えっ?」


「そなたのような令嬢が相手だったならば私は……いや詮ない事を言った」


 そして男性は夜空を見上げる。


「美しい夜空だ。そなたが歌ってみたくなるのも分かる気がする」


「はい……星も確かに綺麗ですが」


 私はゆっくりと男性を振り返ってその瞳を見つめた。


「貴方様の瞳は、まるで地上に星が降りたようです。きらきらと煌めいて、とても綺麗……」


 男性がハッとして私を見返す。もしかしたら男性からは私の方がよく見えるのかもしれない。


「私、の瞳が……綺麗、なのか?」


「はい。人柄が映るかのように煌めいてらっしゃいます」


 優しく温かく静かに私の話を聞いてくれた。

 家族以外でそんな男性はいなかった、ルーファス様でさえ。

 まだ年若い青年にそれを望むのは無理というものなのだろうと、なんとなく思う。だからこそ、初対面の顔も名も知らぬ男性に話を聞いてもらえて、それだけでこのデビュッタントに来た甲斐があったとしみじみ思えた。


「……? …ス、ベス〜?」


 広間の方で、兄の私を呼ぶ声がした。どうやら粗方目星い人物への声かけは済んだようだ。


「そろそろ失礼致します、付き合って頂いてありがとうございました。とても楽しい時間でした」


「いやこちらこそ。……そうか」


 何かを考え沈黙する男性にカテーシーをするとその場を去る。後ろから男性の声が聞こえた。


「私も楽しかった。()()、また会おう」


 笑みを含んだ彼の声は、本当に楽しそうだった。



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