新しい仕事
毎日午前2時掲載
夏華が、この業界は未経験の新人であるとはいえ、それでも仕事を無事にこなせるのは、会社が提供してくれた「齧ろう君」という名のアプリのおかげである。このアプリの風変わりな名前は、「何でも積極的に取り組む」という意味のゾンビ言葉「齧る」に由来している。
夏華の仕事は、会社の顧客、つまりは屍人様に向けた対面形式のクレーム処理である。夏華の会社、西アトランティス社は、屍人福祉関連の事業を会社の収益の柱としている。夏華の仕事は、顧客のゾンビ暮らしにおける不満点を解決するか、せめて改善して、ゾンビたちの西アトランティス社に対する信頼度をたかめることにある。
「齧ろう君」というアプリどのような機能があるのか見てみよう。ただし、夏華の業務における活用法について考えてみる。
まず、夏華は、このアプリを二つの世界、表世界と裏世界、この二つの世界の間の往来のため用いる。夏華が今向かうべき世界はどちらかという判断においては、表世界新宿か、裏世界新宿か、まず、「齧ろう君」アプリが西アトランティス社のメインコンピュータに毎秒数百回の頻度で夏華側の情報を送信し、その情報を元に西アトランティス社のメインコンピュータのai(人工知能)によって適切な判断が下され、その判断は西アトランティス社のメインコンピュータから夏華側へ送り返され、夏華のスマホの「齧ろう君」アプリのナビ画面に反映されることになる。
顧客ゾンビへの対応の場面においては、夏華は、顧客ゾンビの情報、指示を「齧ろう君」アプリから得ることになる。顧客ゾンビの前世での生年月日、顧客のゾンビに至る死に様、ゾンビ世界(裏世界)での履歴、思想、信条などは、カウンセリングの段階ごとに夏華の「齧ろう君」アプリに必要な情報が夏樹のスマホ画面に表示される。
例えば、夏華は「齧ろう君」を用いてどのような問題に取り組むのか。その具体的な例として、とあるゾンビを例にとってみる。このゾンビは、前世においては遺してきた高額のヘソクリを自分の孫のために活用してほしいと思っているのだが、自分の死後長い月日が過ぎてしまったのにもかかわらず、自分の子や孫たちは、そのヘソクリを見つけられずにいる現状がとてももどかしい。前世の世界にいる子や孫たちがこのヘソクリを手に入れられるように手配してほしい。このようなゾンビ側の要望は、西アトランティス社の力や夏華の努力を持っても簡単に実現できるものではないのだが、末端社員として出来る範囲で夏華はゾンビの抱える問題の解決に取り組むのである。
このようにして、夏華は新しい生活を始めることになった。夏華の新しい生活は充実したものであるのだが、夏華の不満としては、西アトランティス社での給与が思ったほど多くはなかったことである。
さらに、夏華の不満を述べるとするならば、夏華が、日々感じている違和感がそうであるといえる。
夏華は、自分が監視されていると感じる。誰かが、夏華の仕事の様子を注視している。しかし、夏華が、あたりを見渡しても監視をしている様子の人物は見当たらない。
この違和感は単に夏華の思い過ごしと言うべきものだろうか。