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桜の咲う頃に

作者: 滝山雅文


 4月の初め、昼過ぎのこと。桜並木の木漏れ日の下で昼寝をする女の子を見つけた。その寝顔は花弁が川に着地してゆっくりと流れていくように穏やかで。その様子を見て僕は初めて異性に見惚れた。

 少し強い風が吹いて、それで彼女は目を覚ました。寝起きの彼女と目が合ってしまった僕は慌ててしまって口をパクパクさせる。そんな僕を見て彼女は可笑しそうに笑って、よかったら少しお話でも、と。そう言った。願ってもない誘いに僕は蜜に吸い寄せられた蝶のようにのってしまった。


 口数は少ない。僕が一方的に喋るだけ。ちゃんと面白く喋れているだろうかと思ったけれど彼女が笑顔で頷くのを見て、僕も漸く一緒に笑えた。

 別れ際に僕は、そういえば君の名前は?と尋ねると、彼女は少し悲しそうに微笑んで

「私は桜」

 風に吹かれる桜の花びらを纏いながらそう言った。

 家に帰ってベッドに寝転んでぼんやりと考える。

 明日晴れたら会えるかな。

 明日曇りだったら待とうかな。

 明日雨だったら泣こうかな。

 考えても仕方ないし寝ようかな。

 彼女とはそれからほぼ毎日会った。雨の日はさすがに行かなかったけど春休みだったことが幸いした。ただ雨の日の次の日や風の強い日に彼女の体調が悪そうだったのが僕には少し気掛かりだった。


 春休みの間毎日通い続けたけど今日から学校が始まる。僕と彼女が会えるのは放課後のみとなった。会えない時間を取り戻すようにいろんなことを喋った。

 家族のこと。

 学校のこと。

 友人のこと。

 皆には内緒の将来の夢のこと。

「きっとなれるよ、毎年桜が咲くみたいに。当たり前のようにね」

 恐る恐る見せたそれを見て彼女はそう言った。

 お互い不思議と、映画館に行ったりショッピングに行ったりといったデートらしいことをしようとは口に出さなかった。僕らはきっとお互いにこれが1番の幸せの形なのだと理解り合えていた。


 そして彼女に出会って2週間程経ったある日。桜も大方散った金曜日。僕らが出会ったあの桜だけが唯一木々に茶色ではない、明るい色を残していた。

 彼女は言った。引越しをすることになったからもう会えない。

 何故。何処へ。連絡先を教えて欲しい。僕の言葉に何も言わず、彼女はただ悲しげに首を振った。

 何も言わない彼女に僕は怒りを感じた。普段怒らない僕は自分で自分が分からなくなった。結局その日は喧嘩するように別れた。

 夜、ラジオを流しながら布団に潜る。いろんな想いがぐるぐる頭を駆け巡って心がバラバラになったような錯覚を覚える。パーソナリティが明日の天気を予報する。

 僕は扉を開け放ち夜へ飛び出した。


 果たして彼女はそこにいた。

 街灯に照らされる、唯一咲いてる桜の木の下。

 どうして?と呟くように言う彼女。

 僕は、明日の天気、朝から雨らしいからと答えた。

「来年まで待てなかった」

 腕の中の彼女はーー桜はとても華奢だった。もう少し強く抱けば壊れそうだった。僕は桜を、割物に触れるように、彼女の存在を確かめるように抱き締める。

 大丈夫、まだここにいる。

 桜は、引越しは嘘、ごめんねと言った。僕は知ってる、理解ってると答えた。

 一樹くん。

「またーー逢えるから。その時はまた、会いに来てくれる?」

 もちろん。

「だからーー待ってるから」

 私も、待ってる。


 最後の花びらが枝を離れた。



 今年の桜は咲き終わった。

 でも来年、またあの笑顔で咲ってくれるだろう。

 僕は風に吹かれた、花びらが舞うリズムで家に戻るーー次の桜を心のキャンバスに描きながら。


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