1話
但馬悠はバスの外の風景を眺めていた。
緑が生い茂る林の風景と窓から差し込むひりつくような太陽の光。バスの中にいるだけで蒸し焼きになるような暑さだった。気がつけばお気に入りのipodの音楽をよそにペットボトルの水を飲む自分がいる。一体球場まであとどのくらいかかるのだろうか。考えただけでうだるような気分だった。
「どうした但馬? そわそわして。落ち着かないか」
監督の岡本が声をかける。
「いや別に」
それだけ言って但馬は再び窓の外を眺め始めた。的外れな質問をする無神経な岡本に多少イラつきながら但馬は小さくため息をついた。
ほんと早くつかないものか。
彼は走り去る光景を見ながらそう思った。
球場に着いたのはそれから30分後だった。
バスを降りた瞬間カメラのフラッシュや歓声に包まれる。
決勝まで進んだ仁野方高校の応援者であったり、県内の高校野球ファン。そして新聞記者やニュースに取り上げるテレビ局の者だろう。たった一晩で有名人になった気分だと但馬は思った。
「但馬くん、但馬くん」
彼に声をかける人物がいた。
「廣島新聞の渡瀬と言うんだけど……」
試合前に絡んでくる彼を内心鬱陶しく思いながらどうかわそうかと逡巡している時だった。
もう一台のバスが球場に乗り込んできてさっきよりも一層大きな歓声に包まれた。ローマ字で「OHRYO」と書かれた文字が目に入る。今日の対戦相手「王陵高校」の選手たちを乗せたバスの到着だった。
バスの周りには多くの野次馬が詰めかけドアが開き選手が登場すると大きな歓声に湧いた。一人一人選手たちが降りてくる中で但馬は一人の選手に目が止まった。
背番号1のユニフォームを着た中肉中背の選手。大柄な選手が多い王陵の中では比較的華奢な部類に入るその選手から但馬は目を離すことができなかった。
バスを降りると同時に多くの取材陣に囲まれ慣れたように受け答えしている。つい舌打ちをしてしまいそうになることに但馬は気づいた。
「但馬くん……あのう」
声をかけられ但馬はふと我に返った。
「すいません」
但馬は謝ってインタビューを受けることにした。