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幸福復讐推進協会  作者: はつひ
7/18

 朝起きて、顔を洗っていると玄関のチャイムが鳴った。


 普段であれば朝早くからの来訪者を訝しむところだが、今の私には本当に来たのかという驚きしか無い。

 玄関を開けると昨日と同じポンチョのようなコートを着たココノが立っていた。


「おはようございます、栗田さん。本日はいいお天気ですね」


 いい笑顔でココノはそう言うとためらうことなく私の部屋へと入っていく。


「あ、ちょっと!ココノさん!」


 慌てて呼び止めるもココノは止まらない。追いかけるようにして部屋に戻ると、ココノは「暗いですね」なんて呟きながら部屋のカーテンを開け放っている所だった。

 朝日が部屋に差し込んで眩しい。


「さぁ、時間がないので急ぎましょう!そこに座って下さい」


 持っていた大きなボストンバッグの口を開けながらココノは机の前を指差してそう言った。

 言われた通り机の前に座ると髪を纏められる。


「洗顔は終わってますか?」


 ココノの質問に頷く事で答える。


「わかりました、では私がいいと言うまでは目を閉じていて下さいね」


 そう言うとココノは化粧水か何かを浸したコットンで私の顔を拭い始める。

 顔の隅々まで丁寧にコットンで拭うと次にオイルのような物を塗りたくり、蒸しタオルで顔を蒸らしパックのような物をつける。


 蒸しタオルやパックをしている間に纏めていた髪をほどき、梳かして丁寧にコテで巻く。

 パックをとると前髪だけクリップで止め、丁寧に化粧を施していった。


 されるがままになりながら、私は昨日の事を思い出す。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 マグカップの中身に息を吹きかけながらココノは「まずは仕事からにしましょうか」と言った。


「え?」


 なんのことか分からず、素っ頓狂な声を出した私を見てココノはにこやかに笑う。


「栗田さんが幸福になるための第一歩の話です」


 ココノはお茶を一口飲むとマグカップを机の上に丁寧に置き、真剣な表情で私と目を合わせる。


「栗田さんは現在、地下倉庫にて在庫と書類の整理を任されている。と聞きましたが間違いはありませんね」

「はい、間違いないです」

「そして現在その仕事が上手く行っていないと」

「はい」


 まるで取り調べか裁判での起訴状の読み上げのような雰囲気に私は思わず背筋を伸ばした。

 どちらもドラマなどでしか見たことがないのであくまで雰囲気だが。


「上手く行っていない原因ですが」

「はい」

「他の方へ協力を求めていないからだと思います」


 私は首を傾げた。

 他の人も何も地下倉庫での整理をしているのは私だけだ。


「この場合に他の方とは地下倉庫に備品などを取りに来た人、という意味です」

「はい」


 ココノの言っている意味が上手く理解出来ず、首を傾げたまま返事をする。


「倉庫には毎日誰かしら訪れるのはありませんか?」

「は、はい」


 なるべく避けるようにして過ごしていたが確かに毎日人は来ていた。

 会社で使う備品のすべてを地下倉庫に集めているため細々としたものを誰かしらが取りに来るためだ。

 それが備品の数の合わない原因の1つだと考えて私は顔しかめた。


「その人たちに協力してもらいましょう」


 真剣な表情を笑顔に切り替えたココノはそう言うとチョコレートを1つ食べる。


「いや、でもココノさん。協力って言っても…」


 正直どうやったら協力してもらえるのか全然分からない。


「簡単です。男女共に美人で可愛らしい人のお願いは断りませんから」

「いやいやいや…」


 ちっとも簡単ではない。

 私は決して美人と言えるような見た目ではない。

 どちらかと言えば可愛いと言えなくもないが、良くて中の上あたり。親戚からお世辞込みで「可愛くなったねー」と言われる程度だ。


「大丈夫ですよ、美人は女性から嫌われるというのは迷信です。むしろフレンドリーな美人であれば女性からもモテモテです」

「いや、ココノさんあの」


 検討違いなココノの指摘に私は困惑する。


「美人で可愛らしい人がお願いしに来てくれるんですか?」


 私の言葉にココノが不思議な顔をする。


「何を言っているんですか?」

「いや、地下倉庫には私しか居ないので。その美人で可愛らしい人っていうのはどこから来るのかと」

「本当に何を言っているですか?栗田さんしか居ないのなら美人で可愛らしい人っていうのは栗田さんじゃないですか」


 上手く言葉が伝わらず、会話が出来ない。

 それともココノには私が美人に見えているのだろうか。だとしたら一緒に眼科を探した方がいいかもしれない。


「私は美人でもなければ、可愛らしくもないのですが…」

「えぇ、そうですね」


 思い切ってそう告げるがココノは少しも悩む事なく頷いて肯定してきた。

 もう、意味が分からない。

 眼科を探す手間が無くなったと喜ぶところだろうか。


「でも大丈夫です。美人も可愛いも作ることが出来るので」


 そう言うとココノはお茶を飲み、また1つチョコレートを食べる。


「具体的には化粧と演技でなんとでもなりますよ」


 またお茶を飲んで、チョコレートを食べる。

 気がつけばチョコレートはだいぶ少なくなっていた。

 慌てて私もチョコレートに手を伸ばす。


「お化粧と演技ですか?」


 美味しいチョコレートを頬張りながら私はココノに言った。


「そうです、整形メイクは知ってますよね」

「知ってますけど…」

「あそこまではやりませんが、美人に見えるくらいはやりますよ」


 私はマグカップを持ち上げてお茶を飲んだ。

 少し酸っぱいけれどいい香りのする温かいお茶はチョコレートの名残を綺麗に流していく。

 今までチョコレートにはコーヒーが合うと思っていたが、案外お茶のほうが合うのかもしれない。


「でも私毎日お化粧してますけど美人にはなりませんよ?」


 私の言葉にココノは首を傾げながらチョコレートを食べる。


「それはそうでしょう。栗田さんがしてるのは普通のメイクですから。ご安心を私がしっかり美人へ仕上げますので」

「え?」


 私はぱちぱちと何度か瞬きをして考えを纏める。

 つまり、ココノが私へ化粧を施して美人へと仕上げるという事だろうか。


「朝そちらへ向かいますので洗顔だけやっておいて下さい」

「は、はい」


 とっさに頷くとココノも頷き返して来た。


「次に可愛らしさは演技です」


 ココノはマグカップに残っていた残りのお茶を煽るようにして飲むと立ち上がった。


「男性には媚び甘えるように、女性には往年の友人のように気さくに。声の調子は男女共にやや高めを意識して下さい。ただしわざとらしさは感じさせないように」


 ココノは近くの壁に立てかけるようにして置いていたお盆を持つと空になったマグカップと皿を回収する。


「場面と状況を揃える事によって相手の態度は予想出来ますので今から言うように演技して下さい」


 少しだけ残っていたお茶を私もココノと同じ様に煽る。

 お茶を飲み込み顔を前に戻すとお盆を目の前に出されたので、私はその上にマグカップを乗せた。


「栗田さんも立ち上がって!今からは可愛いの練習です。明日から実践なので気合を入れていきましょう!」

「は、はい!」


 背筋を伸ばして私は立ち上がる。

 そんな私をココノは満足そうに見ると「上手に出来たらチョコレートとお茶を、もう一度楽しみましょう」と言って台所へと向かっていった。

 マグカップと皿を台所へ運びながらココノが小さく呟く。


「それにしてもこのチョコレート美味しいですね」


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 夜までみっちりと声の出し方や表情の作り方、見せ方、目の合わせ方などの演技指導を受けた後でようやく私は家に帰った。

 その後、至って普通に寝て起きた所で玄関のチャイムが鳴り現在へと至る。


「はい完成です。もう目を開けてもいいですよ」


 昨日のことを振り返っているうちに化粧が終わったらしい。

 目を開けると目の前に大きな鏡が置かれているのだが、明るさになれず目の前がぼやけているため数回まばたきをした。

 鮮明になった視界に映る鏡に映った自分を見て私は思わず息を飲む。


 そこには美人が居た。


 素材はたしかに私だと分かる。

 しかし、目のラインをくっきりと強調され、鼻筋も高く通ってるように陰影がつけられ、頬も綺麗に塗られた私は普段よりずっと綺麗だった。

 まばたきをするとつけまつげ揺れた。

 つけまつげもつけているしチークもやや濃い目で全体的に濃いめのメイクにも関わらずパッと見はナチュラルに見える完璧な仕上がりだ。


 髪も綺麗に巻かれており頬のあたりをなぞるようにしてゆるく流れている。

 前髪は捻じりボリューム感をだしつつ横に流してピンで止められている。

 かなりの雰囲気美人に仕上がっている。


「すごい!」

「ありがとうございます」


 ココノは私の反応を見ると嬉しそうに微笑んだ。


「でもおでこ出てますし、お化粧少し濃くないですか?」


 気になったので一応聞いてみるとココノは笑みを深めて頷いた。


「そうですね、いまこの部屋は明るいので気になるかもしれませんが、地下は少し暗いので表情が明るく見えるようにおでこを出して化粧も濃いめにしているんです」

「はー、なるほどー」


 ココノの返事を聞きながらも鏡をまじまじと見つめる。


「そうそう、仕上げにこのカラーコンタクトを入れておいて下さい」


 大きなボストンバッグからココノは小さなケースを取り出して私に手渡す。


「では、私はこれで。昨日の練習を思い出して、しっかりこなしてきて下さいね」


 ココノはそう私に念押しをするとボストンバッグを抱えて出ていった。

 かるくココノを見送った後、洗面所へ行きカラーコンタクトを入れながら鏡を改めて見る。


「ほんとに美人は作れるんだ…」


 カラーコンタクトを入れ終わりスマホで時間を見ると家を出る時間だった。

 私は慌てて鞄を持って駅へと向かう。

 化粧1つで単純だとは思うが、今日は気分よく会社へと向かえた。


 相変わらず誰も居ない倉庫へと出勤すると私は備品の入った箱を出入り口付近へと並べる。

 人がなんとか通れる程度だけのスペースを確保すると私は備品を数え始めた。


 しばらく、一人黙々と数を数えていると突然倉庫の扉が開いた。

 うち開きである扉は置いてあった箱にぶつかり大きな音を立てる。


「うわっ、なにっ!?」


 扉を開けた男性が驚いて声を上げる。


「あっ!ごめんなさい!すぐ退けます!」


 慌てて駆け寄ると私は箱を横へと押してずらす。


「ごめんなさい、大丈夫ですか?」


 私は男性に近づくと伺うように見上げて問いかける。


「大丈夫大丈夫、びっくりしただけだから」

「本当ですか!よかったー」


 両手を胸のあたりで組んで笑顔でそう言うと男性もわずかに笑い返してくる。


「倉庫の保管記録係の人?」

「はい!そうです。この間、配属されたんですけどなかなか慣れなくて」


 話している男性とは目を合わせず倉庫の方へ目を向けてから軽く俯いて私はため息をつく。


「備品の数が全然合わなくて…。しかも箱はなかなか重いですし…。あ、そうだ何かを取りに来られたんですよね」

「うん、ロール紙を取りに来たんだけど」

「ロール紙ならこっちですね」


 私は男性に待っているように言うと散らかった箱を避け、縫うように倉庫の奥へ行った。

 ロール紙を1つ持ち男性の元へ戻る。


「これでいいですか?」

「そうそう!ありがとう、スムーズで嬉しいよ」


 男性はロール紙を受け取りつつ笑顔で私を見る。


「さっき重い箱あるって言ってたけど大丈夫?なにか手伝おうか?」

「ほんとですか!では、こちらの箱を向こうへ…」


 男性は私の言う通りに箱を動かしてくれた。

 最後に笑顔でお礼を言って別れる。


 そうして私はまた別の箱を扉が開くとちょうどぶつかる出入り付近に置いた。


 これこそがココノのアイデアだった。

 箱に扉がぶつかればそこから相手と会話が生まれていく。

 会話の流れは自分から話す事である程度作る事が出来るとココノは言った。


 主な流れは箱を扉のぶつかるところは置いた事への謝罪から入り、自己紹介をする。

 この時、不慣れですが頑張っていますという雰囲気をだして相手の欲しているものを取ってくる。

 最後に笑顔で相手を見送るのだが、この時に手伝ってくれるような発言をしてくれたら全力で受け入れるというものだ。


 成功するのかは半信半疑ではあったが先程の男性との対話を思い返す限り成功していると言えるだろう。


 私は心の中でガッツポーズをとった。


 それからの仕事の捗りようは今までの時間が無駄だったと断言できるほどだった。

 備品を出す時も戻す時も私が仲介するため数もしっかり把握できる。

 しかも来てくれた人は簡単な作業、重たい箱の移動や細かいものの計測などを手伝っていってくれた。


 備品の目録は1週間ほどで完成し、棚のどの部分に何があるか書いた案内図のようなものも作成。

 箱に在庫表を貼りそばにボールペンを設置することで備品を持っていった人が在庫数を記入する方式にした。


 あとは大量にある書類の整理だが、こちらもココノの助言を聞きこなしていった。

 あれだけ山と積まれていた書類が無くなり、きれいにファイルされていくのは気分が良かった。


 ココノは毎日自宅へ来て、私に化粧を施してくれる。

 朝、他愛もない話をしながら化粧を施されている時間はまるで魔法をかけられているようだった。

 


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