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幸福復讐推進協会  作者: はつひ
17/18

17


 今日はこの会社で過ごす最後の日だ。


 私は会社では紐を通して首から下げていた指輪を左手の薬指につけた。

 指輪に連なるダイヤが蛍光灯の明かりの下でキラキラと輝く。


 私は気合を入れると最後の仕事を行うことにした。


 私の仕事はすべて八重先輩に引き継いでもらう事にしていた。

 上司に退職の相談をした時にお願いしたのだ。

 上司は最初は渋っていたが、軋轢を残していきたくないので会話をしたいとか、それらしい理由をつけると承諾してくれた。


 戻ってからは大した仕事をしていなかったため引継ぎ自体はあっという間に終わった。

 むしろ八重先輩の仕事まで押し付けられた私は残りの日々を馬車馬のように働いて過ごしていた。


 今日は最終日のため片付けが主なはずだったのだが、午前中はいつも通りの仕事をしていたほどだ。

 物が無くなって綺麗になった机を雑巾で拭きながら八重先輩の様子を窺う。


 八重先輩はのんびりとコーヒーを飲みながらスマホを見ていた。

 どうせ私が一人でできる作業なのだから居なくなっても自分なら大丈夫だとでも思っているのだろう。

 思い返せば八重先輩はいつも私を下に見ていた。


「八重先輩、引継ぎの件なのですけど」


 話しかけると八重先輩は眉間に皺を寄せて私を睨んだ。


「引継ぎなんて先週から終わっているでしょう?私、忙しいから早く片付けてくれない?」


 それだけ言うと八重先輩はまたスマホへ視線を移す。

 私はため息を吐くと最後の作業としてパソコンを初期化した。

 パソコンの初期化は移動したり退職する人は皆行っているものだ。

 だからこそ引継ぎの時に必要なファイルはコピーしたり共有ファイルへと入れたりする。


 今回、八重先輩の仕事に関する重要なデータはすべて共有ファイルに入っているため仕事としては問題はない。

 しかし、それらをまとめる時に使う資料や計算を簡単にするように作成したエクセル、その他あったら便利なファイルなどは今、初期化されている私のパソコンの中だ。

 仕事は私がやっていたので当然である。

 

 私が居なくなったらしばらくは残業をしないと仕事が終わらないだろうな、なんて考えながら私は再び八重先輩を見た。

 八重先輩はコーヒーを飲み終えたのか今度はハンドクリームを丁寧に両手に塗り込みながらスマホ見ている。

 引継ぎは終わっていると八重先輩は大きな声で言っていたので問題はないだろう。

 せいぜい苦労すればいいと心の中で舌を出す。


 初期化の終わったパソコンのモニターを消すと私は上司の元へ行き、改めて退職の挨拶をした。

 用意しておいた小分けのお菓子を手渡すと上司は困ったような表情で笑った。


「栗田さんには期待してたから本当に残念だよ」

「はい、私もようやく戻ってこれてこれからって気持ちではあったのですが」

「でも、おめでたい話だからね。お幸せにね」


 そう言うと上司は右手を差し出してきた。

 私も右手を出して握手をする。

 改めてお辞儀をすると私は別の人のところへと移動した。


「お世話になりました。こちらささやかな物になりますが」


 そう言いながら私はお菓子を渡していく。


「ねね、おめでたい話ってどういうこと?」


 何人かにあいさつした時、とある先輩がそう聞いてきた。

 この先輩は噂好きで知られている先輩で、おそらく先ほどの私と上司の会話に聞き耳を立てていたのだろう。


「じつは私結婚するんです」


 笑顔でそう答えると先輩は驚いたように目を見開いた。


「え!?栗田さん寿退社ってやつなの!?」


 なかなかに大きな声でそう言う先輩に私は頬をひきつらせながらもなんとか笑顔を保つ。


「そうですね、これからはその結婚相手の会社で事務をやることになりましたので退職することにしたんです」

「結婚相手って社長さんなの!?すご。え、それ婚約指輪?ちょっと待ってすごい高そうなんですけど!」


 先輩はそう言うと私の左手を無遠慮に取って指輪をしげしげと眺める。

 手を引こうとしたが先輩のつかむ手が意外と強くて引くことが出来なかった。


「いえ、これはお付き合いした記念にってもらったものなんです。婚約指輪は別で買ってくれるって言ってくれてて…」

「嘘でしょ!?さらに買ってくれるって言ってるの?すごい玉の輿じゃん」

「そうですね、私にはもったいないくらいのいい人です」


 そう言いながらさりげなく左手を引く。

 今度はあっさりと手が戻ってきた。


「ふーん、いいなぁ。ねぇ旦那さんの友人とか呼んで結婚式とかするなら呼んでよ」


 へらへらと笑いながらそう言う先輩に私は作った笑顔を向ける。


「すみません、結婚式は親族だけでやる予定なので…」

「えー、そんなケチケチしないで豪勢にやればいいのにー」

「挙式はハワイでやる予定なので、パスポートや旅費などの件もあるので親族だけの予定なんです」

「ふーん…」


 不満そうな先輩に押し付けるようにしてお菓子を渡すと私は背を向ける。

 このまま話していると旅費などの費用もこちら持ちで結婚式を開けとでも言ってきそうな雰囲気だった。

 先輩が大きな声で話していたからか、それから挨拶をする人たちはちらちらと左手を見たり、さして親しくもなかったのに飲みに行こうねと誘ってきたりした。


 そういった人たちを笑顔でかわしつつ、私は最後に八重先輩のところへ行く。

 八重先輩に声をかけると八重先輩はひどく不機嫌そうな表情でこちらを見た。

 私は気にすることなく八重先輩の手を取ると満面の笑みを浮かべる。


「八重先輩、今まで本当にありがとうございました。先輩のおかげで私いまとっても幸せです」


 私の言葉に八重先輩は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。

 私と八重先輩のやり取りを固唾を飲んで見守っていた周囲も唖然としている。


「何から何までお世話になりました」


 そう言って八重先輩の手を離すと私は笑顔のまま、左手でさりげなく髪を耳にかけた。

 昨日鏡の前でさんざん練習した、指輪が綺麗に見える角度を意識しながらである。

 案の定、八重先輩の目が左手に行く、そして指輪を確認すると目を瞠った。

 ブランド物好きの先輩なら分かるかなとは思っていたが大当たりだったようだ。

 私は心の中でほくそ笑む。


「結婚相手ってあの不動産オーナーの?」


 ようやく口を開いた八重先輩は少し震える声でそう聞いてきた。


「はい、そういえば八重先輩は会ったことがありましたね」


 笑顔で頷く私を八重先輩は悔しそうな表情で睨んでくる。

 いい気味だと思い私は勝ち誇った。


「八重先輩も樹と末永くお幸せに」


 私の言葉に八重先輩がさらに顔を歪める。

 やはり、樹とはあまり上手くいっていないのだろう。

 少し意地悪過ぎたかなと思いながら、私は八重先輩から離れるとまとめておいた荷物を持って扉の前に行く。

 一度立ち止まりフロア全体に向かって頭を下げると会社を出た。


 これで私の復讐は一区切りだ。


 清々しい気持ちで伸びをしていると後ろから声をかけられた。


「お疲れ様、奈々さん」


 振り返ると新君がいつもの爽やかな笑顔で立っている。


「わざわざ迎えに来てくれたの?」


 そう聞くと新君はいたずらっぽい笑みになった。


「引っ越しのお手伝いをしてもらおうかと」

「なんだ、そういう事かぁ」


 大げさに肩をすくめて見せると新君はくすくすと笑った。

 新君と一緒に退職祝いのご飯を食べてから新君の家に向かう。

 明日が引っ越しだからか新君の家には段ボール箱があふれていた。


「こんなとこに泊まってもらっちゃって、ごめんね」


 申し訳なさそうに新君が言う。


「いいの!私だって手伝いたいし。それに私の家はもう解約しちゃったからここに泊まるか新居に行くかしかないじゃない?」


 笑顔でそう答えると新君も笑顔になった。


「俺と一緒に居る方を選んでくれたってこと?」

「もちろん!上司でもあるしね」

「今はまだ違うから」


 私の発言が気に入らなかったのか新君は不満顔になる。


「あ、そうだ。上司といえば」


 不満顔の新君は何かを思い出したかのように鞄からスマホを取り出した。

 白いカバーのついているそれは新君が使っている物ではない。

 不思議に思っていると新君はそのスマホを私に差し出した。


「はい、これ仕事用のスマートフォン」

「えっ!?」


 受け取りながらも私は驚く。


「奈々さんのかけ放題じゃないでしょ?これからは仕事で色んなところ電話すると思うから新しいの契約したんだ。使うだろう番号とかはすでに登録済みだから後で確認して」


 私は手渡されたスマホをまじまじと見る。

 最近発売した最新機種で白いカバーは新君の趣味だろうか、かなり可愛くて私好みだ。


「すごい!でもこのスマホどうしようかな」


 私は今使っているスマホを取り出して眺める。

 大切に使ってきたとはいえ、もう2年は使っているのでだいぶ老朽化している。

 新品ピカピカのスマホを見た後だとなおさらだ。


「そのまま使っててもいいんじゃない?」

「でも、二重にお金払うことになる訳でしょ?これ仕事以外では使っちゃダメなの?」


 私は新君とは違って貧乏性、いや節約家なのだ。


「そんなことないよ、プライベートで使ってもいいよ」


 新君はそう言いながら引っ越しの準備に戻ってしまう。

 私は手元にある2つのスマホを眺めながら悩んだ。


「あ、もし前の解約するんだったら解約金とか払うから言ってね」


 新君のその一言で私は今のスマホを解約する事を決めた。

 我ながら現金だとは思う。

 親類や親しい友人には新しい連絡先を伝えて、連絡を全然取っていない方々には伝えないことにした。


 会社の人たちは全員連絡先を知らせない事にした。


 そもそも1番仲が良かったのが八重先輩だったので八重先輩と決別した今、連絡を取りたいと思えるような相手は居なかった。


 そんな事を考えながらスマホをいじっているとかなりの時間が経っていた。

 時刻を確認した私はスマホを置いて慌てて立ち上がる。


「新君ごめん!夢中になっちゃって!引っ越しの作業やるよ!」


 新君は台所あたりで荷造りをしていた。


「別に気にしないで、もうほとんど終わってるしね」


 新君はそう言って笑うが私は申し訳ない気持ちになった。

 他に終わっていない場所を聞くと寝室が終わっていないと言われたので私は寝室へと向かった。


 寝室のベッドはまだそのままだが、周囲には段ボールが積まれていて物も少なくさっぱりしている。


 私はクローゼットの方へ向かうと衣類の荷造りを始めた。

 新君の言っていた通りほとんど終わっているため梱包するだけの作業で、一通り終えると私は抜けがないか周囲を見回した。


 すると置いてあった箱類とは別に、少し離れたあたりに段ボールが置かれているのが目に入った。


 不思議に思いながら私は段ボールへと近づいて中身を確認する。

 中にはペンやノートなどの文房具からハンカチなどの雑貨類が入っていた。


 私は首を傾げる。

 ただ雑貨類が入っているだけなら特に疑問には思わなかった。

 しかし、雑貨類は全て100均で売っているような透明なチャック付きのポリ袋に個別に入れられていた。


 私にはどれもなんて事ない物に見えるが、なぜ個別に保存されているのだろう。

 不思議に思いながら私は箱の中身を眺める。

 ふと、入っているハンカチに見覚えがあり私はハンカチの入った袋を取り出そうと手を伸ばした。


「奈々さん、そっち終わった?」


 背後から聞こえる新君の声に思わず体を震わせた。

 勢いよく振り返ると張り付けたような笑顔の新君が立っている。

 いつもとは違う異様な雰囲気に私は息を飲んだ。


「だいたい終わったよ、新君はどう?」


 なんとかそう言うと私は笑顔を作った。


「こっちは終わったよ、あとは業者に任せれば大丈夫そうだし休憩してもう寝ようか」


 相変わらず張り付いた笑顔でそう言う新君に私は悪寒を感じつつ頷いて見せた。

 いつもよりゆっくりと身体を動かして立ち上がる。


「あ、その段ボール見つかっちゃった?」


 私が立ち上がった事で段ボールが目に入ったのだろう、新君が恥ずかしそうな表情でそう聞いてきた。

 霧散していく先程までの雰囲気に私はほっと息をつく。


「見つかっちゃったて、というかこの箱ってなに?」


 そういうと新君は困ったような表情で頭をかいた。


「後で捨てようと思ってた古い物とかだよ」


 新君は段ボールを持ち上げると中身を確認した。


「実は可愛らしい雑貨とか好きで集めてた時期があってさ」

「へぇー!そうだったの?」

「恥ずかしいからこっそり処分しようと思ってたのに」


 拗ねたように言う新君に私は納得した。

 先程までの異様な雰囲気は見つかりたくないものを見つかってしまった男子学生のようなものということだろう。


「エッチな本とか入ってたりして!」


 私がそう言いながら箱を覗こうとすると新君が必死に否定しながらも箱を隠した。


「入ってないよ!恥ずかしいからやめて!」

「えー?ますます怪しい」


 そんな攻防を繰り広げながら引っ越し前夜は更けていく。

 結局、箱の中身を確認する事は出来なかったので引っ越しの日に見ようと探したが、あの段ボールを見つける事は出来なかった。

 新君に聞くともう捨てたと言われ、私はがっくりと肩を落とした。


 それから私は正式に新君の専属事務員となり、毎日家事をやりつつ雑務をこなす日々になった。


 事務作業も家事も家から出る事はないため日がな一日家にいることが増えた。

 しかし、毎日新君は会話してくれるし休みになればどこかしらへ連れ出してくれるので何の不満もない。


 今でもココノの事は探していて、眼鏡をかけていたりひらひらした袖の服を着た女性を見かけるとつい目で追ってしまう。

 いまだ見つけては居ないが会えたら必ずこういうつもりだ。


 私、今すごく幸せです


 これからも私が幸せである限り復讐は続く。

 私は満足した気持ちで樹と八重先輩の連絡先を削除した。



 私は誰もいないリビングの真ん中で伸びをした。

 掃除を終えた部屋はなかなか清々しい。


「はぁー、なんかモンブランとか食べたいなぁ」


 1人呟きながら私はもう一度伸びをした。


「仕事しよ…」


 大きな口で欠伸をしつつ私は事務作業をするため、仕事部屋へ向かった。

 無性にモンブランが食べたいと思いながら仕事をしていると新君から連絡がきた。


『お疲れ様、今日はお土産にモンブラン買ったから楽しみにしててね』


 やっぱり新君はエスパーなのかもしれない。


このあとに上げるエピローグで最後になります

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