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幸福復讐推進協会  作者: はつひ
14/18

14


 私はベッドの上に洋服を並べる。

 シャツにカーディガンを組合わせ、膝丈のスカート組合わせ人の形に置いてベッドから離れてそれらを眺めた。

 しばらく眺めた後にシャツをカーディガンからはぎ取り、ベッドの横へ追いやって別のシャツを組合わせた。

 再びベッドから離れて洋服を眺めた私は首を傾げて、今度はカーディガンをベッドの横へ追いやる。

 そして次にはスカートを追いやってパンツを組合わせてみては首を傾げた。


「ココノさん、決まりませんー!」


 私は振り返ると後ろに居るココノへ大きな声で助けを求めた。


「頑張って下さい。ポイントは春ですよ」

「全然分からないですー!」


 私がこれほど必死になっているのにココノはのんびりと緑茶をすすっている。

 湯呑から立ち上る湯気でわずかに曇った眼鏡をそのままにココノは湯呑を机に置く。

 そしてお皿に盛られた小さいおにぎりを手にとって食べ始めた。


「助けて下さいー!」

「大丈夫ですよ、栗田さん。まだ時間はあります」


 直接的に助けを求めたのにココノはこちらを見ることさえしない。

 現在は日曜日の朝。


 そう、今日は六条との初デートの日である。


 ココノへ六条との交際報告をした時、ココノは驚きつつも納得したような表情で頷いた。

 六条が高校の時から私のことが好きだという予想もしていたので彼女にとっては当然の流れだったのかもしれない。


 日曜日にデートがあるので洋服選びや化粧選びの相談に乗って欲しいと言うと、快く了承してくれたはずなのだが。


 朝いつものようにやってきたココノは、二口で食べ終えてしまいそうな小さいおにぎりのセットをお皿に盛り付けて緑茶をすするだけで全く相談に乗ってくれない。

 確かに六条との約束の時間にはまだ余裕はある。

 しかし未だすっぴんで着ていく洋服すら決まっていない状況はいかがなものか。


「ココノさんー…」


 情けない声で名前を呼ぶもココノは緑茶をすするばかりだ。


「うぅー…」


 仕方なく私は「ポイントは春」というココノの言葉を繰り返し呟きながら洋服を選ぶ。

 納得はいかないながらも選び終えた私はのそのそと着替えた。

 着替えた後に全身を姿見で見ていると今まで黙っていたココノが急に口を開く。


「いいですね、春らしくて」


 振り向くとそっぽを向いて緑茶をすすっていたはずのココノがいつの間にかこちらを見ていた。


「ほんとですか!?」


 鼻息荒く返事をするとココノは笑顔で頷いた。


「はい。とても似合ってますし春らしいです。自信を持って下さい」

「ほんとうに!?」

「私の事が信じられませんか?」


 返事をしてもらえたことが嬉しくてつい何度も聞いてしまった。

 私はココノに思いっきり首を振って見せる。


「いいえ!良かったー、自信持てました」


 私は改めて姿見で自分の姿を確認した。

 うん、春らしくて可愛く仕上がっている。

 私が笑顔でくるりと回るとスカートの裾がふわりと浮き上がった。


「次はお化粧ですね」

「はい!」


 ココノの言葉に私は気合を入れて返事をすると、すぐに化粧を始めた。


「栗田さん、手は止めずに聞いてくださいね」


 化粧をしているとココノがそう言ってきた。

 思わず手を止めて顔を上げそうになったが、すんでのところで思いとどまり化粧を続ける。


「今後はよっぽど、目に余るほどのひどい格好や化粧をしない限り。私は口をはさみません」


 私は化粧をやめてココノを見てしまった。

 ココノは穏やかな微笑みを浮かべている。


「服選びのセンスも化粧ももう私が指示をだすまでもないほど上手です。なので…」


 そこでココノは一旦ためを作った。


「免許皆伝です。自信を持って下さい」


 先程も言われた言葉が重く胸に刺さる。


「ココノさん」

「なんです?」


 相変わらずココノは穏やかに微笑んでいる。

 私はなんだか涙が出そうになった。


「私…」


 樹に否定されて振られてから何も上手く行かなくて自信が無くなっていた日々が頭を過る。

 死のうとすら思っていた私を勇気づけて成長させてくれたココノに対する言葉を考えるが、いい言葉が浮かばない。


「がんばります!」


 考えた結果がその一言だった。

 思ったよりも大きな声が出たが気にしている余裕はなかった。

 色々伝えたい事はあるし感謝の言葉だって言いたいのに。


「まだ一緒には居ますけどね」


 泣きそうな私を見てそう言うとココノはティッシュを手渡してきた。


「化粧が落ちますよ」


 私はティッシュを受け取ると目尻に浮かんだ涙を押さえるようにして拭いた。


 化粧を仕上げた後はココノと緑茶を飲みながら小さいおにぎりを食べた。

 色々な種類のおにぎりがあったが、中でもカリカリ梅の混ぜ込みご飯のおにぎりがとても美味しかった。

 おにぎりを食べながら今までの話をする。

 たどたどしくも感謝の言葉を言うとココノは照れたように笑って眼鏡をいじった。

 そして、空になったお皿と湯呑を片付けるとココノは立ち上がる。


「少し早いですけどもう出ませんか?」


 時刻を確認すると確かに少し早いが移動時間を含めるとすごい早いというわけでもない時間だった。

 私も立ち上がると上着を着る。


「そうですね、少し早いのでのんびり駅に向かいますか」


 そう言うとココノは一度頷いてから玄関を出る。

 私も続いて外に出ると風が少し強かったが良い天気だった。

 伸びをして思いっきり息を吸い込んでからココノと駅を目指して歩きだす。

 セットした髪の毛が乱れるのは嫌だったが天気が良いので気分よく歩く。

 駅のホームでココノと別れると、六条と待ち合わせしているショッピングモールへと向かう。


 私は気分を落ち着けるために鞄からイヤホンを取り出して音楽を聞いた。

 今日は車で行くから迎えに行くという六条の誘いを断ったのは車の中で二人っきりだと緊張してしまうと思ったからだ。

 六条には一緒にお酒も飲めるからという理由で電車にしているので、彼もきっと電車で来ると思う。


 待ち合わせ場所であるショッピングモールの最寄り駅に到着した私はイヤホンを外して鞄へとしまった。

 改札口から出て、邪魔にならないように券売機のそばに行って立ち止まる。


 スマホを取り出して六条へとメッセージを送ると返事は驚くほどすぐにきた。

 六条はやはり電車で向かっているようでもう少しかかるとのことだった。

 私は壁に寄りかかって改札口をぼんやりと眺める。


 電車が到着したのか改札口から人がぞろぞろと出てきた。

 その改札口からの流れに逆らうようにして、走る1人の女性が居た。

 女性は改札口から出てきた一人の男性にぶつかる。

 衝撃で男性はパスケースを落とすが女性は見向きもせずに改札を通って去っていってしまった。

 危ないなぁと思っているとパスケースを拾って顔を上げた男性と目が合う。


「あ…」


 思わず声が漏れる。


 樹だった。

 樹は手にパスケースを持ったままこちらへと近づいてきた。

 私は嫌悪感に眉をひそめる。


「やっぱ奈々だ。なんかすごい雰囲気変わってない?」


 へらへらと笑う樹を思わず睨みつけた。

 以前の私だったらここでさらに怒鳴りつけていただろう。

 しかし、今の私は違う。

 一回死んで、ココノによって武器を与えられ生まれ変わったのだ。

 私は唇を軽く舐めて湿らせると気合をいれた。


 私はココノに教えて貰った一番可愛らしく見える笑顔を浮かべる。

 大丈夫だ、会社で散々試してきたのだから上手くできているはず、


「久しぶり、樹は変わってないね」


 声音も高めに可愛らしくを心がける。

 樹は驚いたように軽く目を開いた。

 笑顔で返事をしたことが意外だったのかもしれない。

 樹はまるで照れているかのように前髪をいじる。


「そりゃ、そんなに経ってないからね」


 そう言った樹に私は口元に手を当てると可愛らしく笑ってみせる。

 何となくだけれど樹が見惚れている気がする。

 優勢だ、今のところ勝っている。

 がんばれ、私。


「元気そうで安心した。今日はデート?」


 私は可愛らしく見える角度に首を傾げて聞いてみる。


「そういうお前は?」


 私の質問に樹が不機嫌そうに返してきた。

 私は満面の笑みを浮かべて答える。


「私?私はデートなの」


 語尾にこれでもかというほどのハートマークをつけた返事をすると、樹は盛大に顔をしかめた。


「はぁ?デートぉ?」

「そう!誰かさんみたいに自分の趣味押し付けないすっごくカッコいい人とね」


 ふふっと声を出して笑うと樹はしかめっ面のまま私を睨んでくる。


「趣味を押し付けるってなんだよ」


 私は樹の目の前でくるりと回ってみせる。


「どう?この服装似合ってるし、綺麗になったと思わない?」


 樹は眉をしかめるだけで答えないが否定の言葉が出てこないということは樹もそう思ったのだろう。

 都合が悪くなるとだんまりになるのは昔からだ。


「樹が勧めてくるような洋服もお化粧も私には全然似合ってなかったの!ほんと目が覚めたような気分!」


 樹は黙ったままだ。


「八重先輩にも似合わないもの勧めてるんじゃない?別れて気がついたけど樹ってセンスないんだね」


 そう言うと樹が私をさらに睨んでくる。


「お前、浮気してたの?」

「…はぁ?」


 樹の言葉に今度は私が盛大に顔をしかめる。

 思わず可愛らしさを意識した素振りをかなぐり捨てて刺々しい口調になってしまった。


「なに言ってるの?浮気してたのはそっちでしょ?」

「今は俺の話してないだろ!てか、まだ別れてないのに別の男とデートとかそいつのためにオシャレするとか完全に浮気だろ」


 私は驚きのあまり声が出なかった。

 まだ別れてないとはどの口が言っているのか。


「別れてるよ、樹だって今までありがとうとか言ってたし」


 私の言葉に樹が鼻を鳴らして小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。


「お礼くらい言うだろ人間なんだから。それより、お前まじで浮気してんの?」

「浮気じゃないって、樹と一緒にしないで。あの状況で別れてないとか無理があるから」

「だから、俺の話はしてないし俺は別れてるつもりないんだから別れてないだろ!」


 樹の大きな声に周囲がこちらをチラチラと見る。

 私は恥ずかしくて顔が熱くなった。


「その理論でいくなら私は別れたと思ってるから別れてる!それに八重先輩はどうしたのよ!」

「春花の事こそ関係ないだろ!相変わらず話が通じねぇな」


 樹は舌打ちをすると私の手を乱暴に取った。

 片手を思いっ切り引っ張られた私はバランスを崩して樹の方へと倒れそうになる。


「とりあえずここだと人目があるし移動しよう」


 こちらを見ることなく歩き出そうとする樹から逃れるため掴まれた手を振りほどこうとするが、強く握られているので振り解けない。


「嫌!話すこともないから行かない!」


 足を踏ん張るが樹のほうが力が強いのでずるずると引きずられるようにして進んでしまう。

 言い争っているだけでなく男が女の手を引っ張っているこの状態はかなり目立っており、私は恥ずかしさに耐えきれなくて目を閉じた。


 ふいに樹が「イテッ」と声を上げると、手の拘束が離れた。

 私は手を胸元に素早く引き寄せる。


「おはよう奈々さん」


 その声に目を開けると六条が近くから私の顔を見ていた。

 視界いっぱいに広がる六条の顔に私はまた別の意味で顔を赤くした。


「なにすんだよ」


 六条の後ろから樹の声がする。


「すみません。俺の彼女が嫌がっているようだったので」


 六条は私を後ろに庇うように立つと、彼女という単語強調しつつ樹に返事をする。


「ふーん。あんたが奈々の浮気相手なわけ?」


 樹がニヤニヤと笑いながら六条へと話しかける。

 私は否定するため足を踏み出そうとしたが六条に片手で止められてしまう。

 見上げると優しく笑う六条と目が合った。

 あまりのかっこよさに私の心臓が騒がしくなる。

 私達の様子を不愉快そうに見ると樹は再び口を開く。


「あんた騙されてるよ。そいつ俺と付き合ってるんだよね。どうせ彼氏いませんとか言われたのを真に受けたんでしょ?それがこいつの常套手段なんだよ。ちょっと顔が可愛いからってそれを鼻にかけてんの、ほら奈々。お前もいつまでもそっち居ないでこっちこいよ。センスないとか言ってたことは、もう怒ってないからさ」


 気持ちの悪い笑顔で手招きする樹を思いっ切り怒鳴りつけてひっぱたきたい衝動にかられる。

 唇を噛み手を強く握りしめる事でその衝動に耐えていると六条が握りしめた手を包むように握ってきた。

 温かい六条の体温に手に込めれれていた力が少し弱まる。


「聞いてんの?」


 長々と話していた樹だが私達の反応がないためそう聞いてきた。


「もちろんです」


 六条はそう言うと樹に近づいて耳元で何か話す。

 すると樹は驚いたように目を見開くと樹を睨む。


「お前!なんでそれ…!」

「あれ?心当たりがあるんですか?」


 爽やかに笑う六条を樹は歯ぎしりでもしそうな勢いで睨むと舌打ちをした。


「だから綺麗になった元彼女とよりを戻そうとでも思ったんですか?」


 黙ったままの樹は顔を真っ赤にして六条をひたすら睨みつけている。


「残念ながら奈々さんはもう俺の彼女です。逃した魚は大きいとはよく言ったものですね。では、これからデートなので。失礼します」


 六条は私の手を取るとゆっくりと歩き始めた。

 振り返るが樹は追いかけてくる様子はない。

 ある程度、樹から離れたところで私は改めて六条に話しかける。


「六条君、その。さっきの人の事なんだけど」

「なに?」


 六条の言葉に私は縮こまってしまった。

 先程は樹への怒りが勝っていたが六条がもし樹の言葉を信じてしまったらどうしようと今更ながら青ざめる。


「元彼で、今は全然関係なくて。さっきのは全部嘘だから!」


 必死にそう言いながら六条を見上げると六条は驚いたように目を瞬いていた。

 そして吹き出すように笑う。


「それは分かってるよ。栗田さんはそんな器用な人じゃないもんね」

「そ、それはそれで失礼だと思う」


 唇を尖らせて不満を表現すると六条はさらに笑った。


「ごめん、でもそうでしょ?」

「そうかもしれないけど…」

「そこは心配してないんだけどさ、元彼なんでしょ?大丈夫?」


 笑顔をしまい心配そうに眉を下げて六条が聞いてくる。

 今度は私が笑顔を作った。


「大丈夫だよ!それより樹に耳元でなんて言ったの?」

「大した事言ってないよ」


 誤魔化すように六条が言うので私はさらに気になった。


「教えて!」


 握ったままの手を振り回して言うと六条は観念したように答える。


「彼女が居た時はカッコよく見えたけど付き合ってみたら普通すぎるし退屈で下らない男」

「…なんかすごいリアルなセリフだね」

「心当たりあったみたいだから実際に言われたんじゃない?」


 たしかに八重先輩なら言うかもしれない。

 あの状況でよくそんなピンポイントなセリフが思いつくなと関心しながら六条を見る。


「気分変えてランチして映画行こうか」

「うん!」


 よく晴れた青空を見上げると私は六条の手を握りしめる。

 気分もはれやかで私は自然と笑顔になった。


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