13
六条の予約してくれていたお店はオシャレで綺麗、そして食事もお酒もとても美味しかった。
デザートまでしっかり食べて食後の紅茶を楽しんだ後、会計せずに出口へ向かう六条を私は無銭飲食だと慌てて止める。
しかし、会計は私が知らない間に終わっていたらしくお店の人から笑顔で「終わっておりますので大丈夫ですよ」と言われた時は驚いて口をぽかんと開けてしまった。
「ご馳走さまです。ほんとに奢ってもらって良かったの?」
「いいの、俺が誘ったんだから。それより恥ずかしい思いさせちゃってごめんね」
お店から出たところでそう聞くと六条は苦く笑いながらそう言った。
「全然大丈夫だよ。むしろ、ご馳走になっちゃったからありがとうだよ」
笑顔でお礼を言うと六条は嬉しそうに頷いた。
「スマートにやる予定だったんだけどね」
「スマートだったよ!いつお会計したの?」
恥ずかしそうにそう言ってから、駅に向かって歩き出す六条の隣に並んで会話しながら歩く。
「注文が終わった後にメニューと一緒にカードを店員さんに渡してたんだ」
「すご!手品みたい」
笑いながら手を叩くと六条は「大袈裟だよ」と返してきた。
「そうだ、スマートといえば車での送り迎えじゃない?六条君は車持ってないの?」
「持ってるよ?でも今日は電車」
「えー、なんで車じゃないのー?」
私は頬を膨らませて文句を言う。
六条はそんな私を見てクスクスと笑った。
「今日は栗田さんと一緒にお酒も楽しみたかったから。だから、許して?」
小首を傾げてそう言う六条は少し可愛い。
「んー、たしかに車だと一緒にお酒飲めないもんね。六条君ってお酒好きなの?」
「お酒はそこそこかな。今日は栗田さんと一緒の食事だからちょっと緊張してて」
「緊張?なんで?」
今度は私が首を傾げた。
「栗田さんと一緒だから緊張するの。それを解すためにお酒が必要だったんだよ」
「ふーん?」
確かに仲が良かった友人でも久々に会うと何を話して良いのか分からなくなり、ギクシャクしてしまうことがあるなと思い至った私は納得した。
そして、腕を組んで大げさに頷いて見せる。
「…仕方ないでしょう。許します!」
「許してもらえて良かった。そのかわり、ちゃんと家まで送るよ」
私を見ていた六条は吹き出すようにして笑うとそう言った。
そんな会話をしているうちに駅へと到着した。
私達は駅の改札を一緒に通り、同じホームへとエスカレーターで上がっていく。
「そう言えば六条君の最寄りってどこなの?」
いつも同じ方面へ向かっていくが聞いたことがなかったので私はエスカレーターから降りながら六条に聞いた。
六条の最寄り駅は私の最寄り駅から数駅離れた所にある大きめの駅だった。
「え!?あそこ家賃とかめっちゃ高いんじゃ…」
思わずそう言うと六条は得意げに笑う。
「俺、不動産オーナーだって言わなかった?」
「すごい!」
思わず拍手を送った。
周囲に配慮して小さくではあるが。
「不動産ってやっぱり儲かるんだ…」
思わずそう呟くと六条は少し考えるような表情になった。
「不動産が儲かるというよりはやり方だよ。仕事は何でもそうだよ」
「そうなんだー…」
「うん、だから不動産じゃなくてITでも良かったんだ。時間に融通の効く仕事がしたくて」
難しい事はよくわからないので私は神妙な顔で頷いた。
そこでちょうど電車が到着する。
私達は左右に分かれて降りる人を避けてから乗車した。
「そう言えば週末とか暇?この間言ったの覚えてる?」
電車に乗ると六条がそう言ってきた。
「この間言ったの?」
「映画一緒に行こうって話。暇だったら行かない?」
つり革に掴まった六条は私の顔を覗き込むようにして聞く。
私は少し考える。
土日はどちらも空いているがそろそろ実家の様子を見に行きたい気持ちがあったからだ。
「土曜日は実家に行くから日曜だったらいいよ」
「ほんと!やったー!すごい嬉しい」
私の答えに六条はものすごい笑顔で喜んだ。
そしてコートからスマホを取り出すと何やら調べ始める。
「この前会ったショッピングモールでいい?今やってるのだと何が見たい?」
楽しそうに六条は映画館の上映スケジュールを見せてきた。
私は六条に近づいてスマホを覗き込む。
「これとかどう?」
真剣に上映スケジュールを見ていると思ったより近くで六条の声がしたので、私は驚いて顔を上げた。
顔を上げたすぐ目の前には六条の横顔があり、私は目を瞬く。
綺麗な肌してるなとか、ちょっと近づけばキス出来そうだなと思っていると六条がこちらを見た。
「栗田さん?」
「あ!えと、うん!良いと思う!」
近くで目が合った私はなんだか恥ずかしくなって目を逸した。
少しだけ六条と距離をおく。
「じゃあ、これにしようか。何時のがいいかな?」
六条がそう聞いてきた時、私の最寄り駅に到着するというアナウンスが流れた。
私は降りる準備を始めると六条に声をかける。
「駅に着くみたいだから。またね」
駅に着くと電車から人が吐き出されていく。
私も人の波に乗るように電車の出入り口へと向かった。
「あれ?六条君?」
ホームに降りて電車の方を振り向くと六条が居た。
てっきり電車に乗ったままだと思っていた私は驚いて目を瞬く。
「家まで送るって言ったでしょ?」
六条はいたずらっぽく笑うと駅の改札へと向かっていった。
昔より格好良くはなったが、こういう風に笑うと可愛らしく見える。
六条と一緒に日曜日の話や映画の話をしているとあっという間に家に着いてしまった。
「じゃあ、また連絡するね」
私のマンションの前で改めて六条にそう言うが六条は去る様子を見せない。
不思議に思いながら六条を見上げると六条は真剣な表情で私を見ていた。
先程までとは違う雰囲気に思わず鼓動が早くなる。
「…あのさ、栗田さんは今彼氏居ないんだよね」
絞り出すような声音でそう聞かれて私も緊張しながら答える。
「う、うん」
六条は私の答えを聞くと意を決したような表情になり息を大きく吸った。
「なら、俺と付き合って?」
六条の言った言葉が理解できなくて思考が停止する。
付き合うとはなんだっただろうか。
まばたきをすると真剣な表情をしている六条が改めて目に入る。
「え!?えぇ!?」
近所迷惑にならないように小さな声で叫ぶ。
「ど、どどどどどどういう」
どもりすぎて言葉が上手く言えなかった。
そんな私の様子を見た六条は少しだけ笑顔になる。
「こんな事言ったら引かれちゃうかもしれないけど」
一歩、六条が私に近づく。
距離が縮まって六条の表情が先程よりよく見えるようになった。
「高校の時からずっと好きです。俺と付き合って下さい」
にっこりと笑顔で改めて告白してくる六条に再び私の思考がショートする。
「で、でも再会したばかりだし…」
今の私はきっと漫画みたいに目がぐるぐるとしている気がする。
持っている鞄を胸元へ引き寄せてぎゅっと抱きしめた。
「それは分かってる。付き合ってとは言ったけど好きとか嫌いとかはまだ言わないで欲しい」
「…どういう事?」
恐る恐る六条を見上げながら聞く。
「俺、高校の時に栗田さんに告白しなかった事をすごい後悔したんだ。もし告白出来てたらなんて言われたかなとか、あわよくば付き合えたのかなとかそんなことばっかり考えてた」
六条は笑顔のまま困ったように眉尻を下げる。
「やっぱ引くかな?でもショッピングモールで再会した時に運命だ!って思っちゃって」
暗くてあまり見えていなかったが、よく見ると六条の顔は真っ赤だった。
ふと以前ココノが言っていた『栗田さんが傷ついている時にやってきた王子様』という言葉を思い出す。
あの時は六条の雰囲気が王子様っぽいなと思っただけだったが、六条が運命なんて言葉を使うので私はさらにドキドキしてきてしまう。
「日曜のも俺としてはデートのつもりで誘っているし、今後も栗田さんが俺のこと好きになってくれたらいいのになって思いながら食事にも誘うと思う」
六条は言葉に悩んでいるのか視線を斜め上に向けて頭をかいた。
「栗田さんは今、俺のこと好きじゃなくてもいい。けど、俺が栗田さんの事が好きだってことを知っててほしい」
顔を真っ赤にしながら言葉を紡ぐ六条を見ていると私の気持ちが少し落ちついてきた。
自分より慌てている人を見ると冷静になれる、あれである。
顔を真っ赤にしつつ困ったような顔で笑う器用な六条を見ながら、私は六条をどう思っているのか考えた。
「俺は栗田さんが好きで、それを栗田さんは知っていて。一緒に映画行ったりとか遊びに行ったりしたいんだ」
精一杯の告白をしてくれている六条の事は嫌いではなく、むしろ好ましく思っている。
趣味も合うし一緒にいて楽しい。
けれど、それが恋愛的な意味で好きかと聞かれると悩んでしまう。
「その関係を落とし込むために付き合って欲しいなって」
「いや、意味が分からないんだけど」
続けられた六条の言葉に思わず突っ込んでしまった。
私の突っ込みにキョトンとした六条はまた考えるように視線を上に向けてから真剣な表情になり私を見る。
「両思いではないけど、恋愛的な意味で付き合って欲しい」
「いや、まずは恋愛的な意味で好きかどうか決めてから付き合うのでは?」
私は普通の事を言っていると思うのだけど、六条は不思議そうに首を傾ける。
「俺は恋愛的な意味で好き。だから栗田さんの彼氏になりたい」
私は眉を潜めた。
話が通じていない気がする。
「あ、大丈夫だよ!栗田さんが良いって言うまでちゃんとプラトニックな関係でいるし、栗田さんが俺の事をどうしても友人としか見れないとか、別に好きな人が出来たらちゃんと別れるよ」
別れると言った時だけ六条は悲しそうに表情を歪めた。
六条にそんな表情をさせているのが自分だと思うと罪悪感が出てくる。
「今どきプラトニックって…」
罪悪感を紛らわせるためなのかプラトニックって死語なのではないだろうかという下らない疑問が頭に浮かぶ。
「えぇっと、上手く言えないけど。栗田さんが俺の事を好きになれるかのお試し期間を付き合うって形にして欲しいなって話なんだけど」
つまり友人以上恋人未満の関係の名前を『付き合う』という事にして欲しいということだろうか。
私の六条に対する接し方は友人のままで六条の私に対する接し方が恋人仕様に変わると。
なんだか頭が混乱してきた。
おでこの辺りを人差し指でかきながら六条を見ると判決を待つ人のようにうつむいている。
「六条君の気持ちは分かった」
私は深呼吸した。
「じゃあ、明日からは彼氏ってことで」
そう言うと六条はビクリと体を揺らして一瞬固まった。
そしてものすごい勢いで顔を上げる。
「ほんとに!?」
そして満面の笑みを浮かべると私の手を取って握った。
「嬉しい、ありがとう栗田さん」
六条の手はとても暖かくて熱いと言っても良いほどだった。
包み込まれるように握られた私の手を見ているとなんだかとても恥ずかしくなって私は自分の手を引きせて六条の手から逃れた。
「ダメ!今はまだ友人!」
照れ隠しにそう言って頬を膨らませて怒ってみせる。
「あ、そっかごめん嬉しくてつい…」
はにかんで笑う六条からは嬉しそうなオーラが溢れ出ている。
目元を赤くして今にも泣きそうな六条がとても可愛らしく見えた。
私は顔が赤くなるのを感じて目線を六条から地面に変える。
「謝らないで大丈夫。えと、じゃあまたね!送ってくれてありがとう!」
なんと言って良いか分からなくなった私は早口でそう言うと踵を返してマンションへと向かった。
「うん、またね」
後ろから六条の嬉しそうな声が聞こえる。
私は振り返ると六条を睨むように見て「明日からよろしくね!」と言うと小走りでマンションに入った。
駆け足で部屋に向かい、何かに追われるように急いで鍵を開けると私は部屋へ飛び込んだ。
鞄を床に放り投げると着替える事もせずにベッドへと頭から突っ込む。
そして、いつかのように枕へ顔を突っ込んで叫ぶ。
「うきゃー!」
足をバタバタさせてさらに叫ぶ。
「可愛すぎかよー!」
嬉しそうにはにかむ六条は高校生の時の可愛さを彷彿とさせた。
雰囲気が王子様とか思っていたのに、あの顔を見た瞬間には天使かと思った。
「…これは好きなのかなぁ」
改めて六条について考えてみるが、やはり異性として好きと言うよりは友人に近い気がする。
もしくは、今までは遠くから見ることしかできなかった野良猫が突然近づいてきて甘えてきたような感覚が近いかもしれない。
思い切りなでくりまわしたいというような感情だ。
しばらく枕へ顔をグリグリと押しつけていたが、化粧を落としていない事を思い出した私は慌てて起き上がった。
幸い枕に化粧が付いている感じはしなかったが週末、実家へ行く前に枕カバーを洗濯することが決定した。
ゆっくりとベッドから離れて放り投げた鞄を拾って仕舞う。
上着を脱ぐためにポケットにいれていたスマホを取り出すと通知がきていた。
開くと案の定、六条からのメッセージが届いている。
『彼氏にしてくれてありがとう 大好き』
絵文字がたくさんついたそのメッセージを見て私はまた叫んだ。
「女子かっ!」
スマホをベッドへと投げて、お風呂へ向かう。
シャワーを浴びながら私はまた「可愛すぎかよー!」と叫んだ。