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幸福復讐推進協会  作者: はつひ
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 仕事をさっさと終わらせて定時きっかりにタイムカードを切ると倉庫を出た。


 今日は週末、1週間の終わり。そして、私の好きな映画が地上波で放送される日だ。

 一度映画館で見た作品ではあるが、もう一度見たいと思っていた。

 地上波で放送されると昨日ココノから聞いた時は思わず叫んでしまったくらい好きな作品の1つである。


 しかも地上波なのでCM(息抜き)タイムがある。

 一度見たことのある作品を家で気負う事なくぐだぐだと見るのもいいものだ。


 私は脳内に買い物リストを作成する。

 帰りにスーパーでお酒とおつまみを買って帰り、飲みながら映画を楽しむためだ。


 気分よく階段を上がってエレベーターホールに差し掛かった時、ちょうどエレベーターが開いた。


「いやぁ、本日は本当にありがとうございました」

「いえ、こちらこそ。また何かございましたら遠慮なくご相談下さい」


 話し声につられてエレベーターから出てきた人物の方を向く。

 そこにはスーツを爽やかに着こなした六条と私の会社の社長がいて、私は驚いて立ち止まる。


「あれ?栗田さん?」


 私に気がついた六条も立ち止まった。


「おや、栗田くんと知り合いかね?」

「えぇ、高校の時の同級生でして」


 相変わらずの爽やかな笑顔で六条は社長と会話している。


「それはすごい偶然だ」


 笑顔の社長が私を見ながらそう言った。


「そ、そうですね…」


 会社の全体朝礼以外であまり会うことの無い社長に私は少し緊張しつつ曖昧な笑顔を浮かべて答える。


「この間偶然再会したばかりなんですよ。ちょうど飲みに行こうかって話もしていたところでして」

「そうだったのか!この後は飲みにでもと思っていたがそういう事なら栗田くんと飲みに行ってきてくれ」


 社長は笑いながら六条の背中を軽く叩く。

 そして、さり気なく私のそばに移動すると六条との関係を知らせてくる。


「六条さんは不動産オーナーで、新しい事務所の場所について相談に乗ってもらっていたんだ」


 社長は私の肩を叩くとにっこり笑う。


「まぁ、失礼のないように。あ、これはセクハラでもパワハラでもないぞ!」


 社長は私の反応を確認する事なくすぐに踵を返してエレベーターのボタンを押した。

 すぐにエレベーターが開いたので社長は六条に会釈しながらエレベーターへ乗り込もうと足を踏み出す。

 その瞬間、エレベーターから勢いよく女性が飛び出してきたので社長と女性は正面からぶつかってしまった。

 女性の高い悲鳴と社長の驚く声がエレベーターホールに響く。


「大丈夫か?」

「いえ!飛び出してしまってすみません!」


 転びそうになった女性を社長が慌てて支えると女性は頭を大きく下げて謝った。


「八重くん?どうしたんだ?」


 社長の言葉に私はギクリとして体を震わせる。

 八重先輩とはまだ会いたくない。


「あ、社長!お茶を片付けていたら、先程のお客様の忘れ物に気がついたので急いで追いかけてきたんです」


 八重先輩は握りしめていたボールペンを社長に見せる。


 八重先輩は見目がいいという理由でお客様へのお茶出しを社長から指名されることがあった。

 今日もお茶出しに指名されたのだろう、八重先輩は口では嫌がる素振りをしていたが偉い人達に顔を見せられるのを楽しんでもいたように思える。

 穿った見かたになるが恩恵もあったのではないだろうか。


「それは大変だ。六条さん、忘れ物だそうですよ」


 社長がこちらを振り返ると八重もこちらを見た。

 六条と並ぶ私を見て八重先輩は一瞬怪訝な顔をしたあと驚いたように目を見開く。


「奈々ちゃん?」


 私は返事をすることなく目をそらす。

 八重先輩は私を上から下まで舐めるように見ていた。


「忘れ物ですか?」


 八重先輩の視線を遮るように六条が前に出た。

 視線から離れた私はほっと息をつく。


「はい!このボールペンが机に残されていたので!」


 八重先輩は輝くような笑顔を浮かべて六条にボールペンを差し出した。


「…これは御社のものですね。メモをする際にお借りしたものです」

「えっ!ごめんなさい!」


 ボールペンを見た六条はそう言って笑った。

 八重先輩は顔を真っ赤にすると慌てた様子で少し後ろに下がった。


「ははっ、八重くんはそそっかしい所があるね」

「本当、申し訳ないです!」


 文字通り社長を背後バックに八重先輩はボールペンを胸元で握りしめて六条を見上げた。

 顔を赤くして目を潤ませた上での上目使いである。

 昔はどうやったらあのような表情になるのかとただただ関心していたが今は腹立たしいだけだ。

 八重先輩が一部の同僚から蛇蝎のごとく嫌われている理由をとても実感している。


「こちこそ、紛らわしい事をしてしまったようで申し訳ない。では社長失礼しますね」


 六条は八重先輩の事を軽く一瞥すると背後バックに居る社長へと笑顔を向け会釈する。

 そして私の方を向くとこれまでで最高の笑みを浮かべた。


「じゃ、栗田さん行こっか」

「あ、ハイ…」


 六条の笑顔に恥ずかしくなって視線を彷徨わせると八重先輩と目が合ってしまう。

 八重先輩は般若のような顔で私を睨んだ。

 私は逃げるようにして六条を追いかける。


「栗田さん、大丈夫?」


 会社から少し離れると六条はそう言って眉を下げた。


「え?なに?」

「いや、ヤエさん?に睨まれてなかった?」


 私は思わず関心してしまう。

 八重先輩は私しか見ていないと思った上で睨んでいるのにそれに気がついたというのならかなりの観察眼だ。

 関心のあまり変な表情をしていたのか六条は私を見て吹き出す。


「エレベーターから出てきた時から栗田さんに失礼な態度だったから何となくそう思っただけだよ」

「大丈夫です」


 笑われたのに納得がいかなくてついつっけんどんな態度になってしまう。

 そんな私の態度を気にする事なく六条は駅に向かって歩き始める。


「このまま本当に飲みに行く?」


 駅に近い居酒屋を指差しながら六条はそう聞いてきた。

 六条とは飲みに行きたいとは思っていたが映画も見たい。

 私は言葉に詰まってしまった。


「冗談だよ。今日放送される映画見たかったから早く出てきたんでしょ?」

「嘘!なんで分かるの!?」


 驚いて目を見開くと六条はいたずらっぽく笑った。


「俺も見たいなって思ってたから」

「…なんだ、私の気持ちを読み取ったわけじゃないのかぁ」

「でも実際に栗田さんも見たいって思ってんでしょ?俺たち趣味合うからそうじゃないのかなって思ったの」


 六条と並び歩き駅へと向かう。


「この間話した時に思ったんだよね、めっちゃ趣味あうなーって」


 にこにこと笑いながら六条は私に話しかけてくる。


「たしかに、好きな作品とか完全に一致してたもんね」

「でしょ?だからさ、今度一緒に映画とか行かない?」


 六条の誘いに胸がキュンとする。

 「今度一緒に映画に行こう」というセリフは密かに憧れていたデートへの誘い文句である。

 樹は映画があまり好きではなかったので一度も言ってくれなかったというのもある。


 隣を見ると笑顔を浮かべた六条が居た。

 スーツをきっちり着こなした六条は私服の時より格好良く見える。

 喜び勇んで返事をしそうになる自分を抑制するため、私は軽く深呼吸をした。

 声が弾まないように気をつけながら改めて返事をする。


「彼女に悪いから遠慮しておく」


 思いの外、冷たい声が出たことに私は焦った。

 声が弾まないようにと思っていただけなのに気をつけすぎて逆に振り切れてしまったらしい。

 焦りが顔に出ないように私は無表情を装う。


「彼女?」


 びっくりしたような表情で固まる六条へ私は追い打ちをかけるように言う。


「居るでしょ?彼女」


 無表情に冷たい声で彼女の有無を確認する私はまるで、浮気をしている彼氏を責める彼女のようだ。


「んー、それはお付き合いしている人って事?」


 焦る私とは逆に六条は落ち着いている。

 私は彼女でもないし六条も浮気をしている訳ではないので六条が冷静なのは当たり前ではあるのだが。


「それはそうでしょ」


 私は六条の方を向けなくて真正面を向いて歩く。


「それなら居ないよ」


 六条の方を頑なに見ないでいるのも印象が悪いのではと真剣に考えていた私は六条の言葉への反応が遅れた。


「…ん?」

「栗田さんが聞いたのに聞いてなかったの?」


 六条はまた吹き出して笑っている。


「付き合っている彼女は居ないって言ったの」


 くすくすと笑いながら六条は私を見た。


「だから安心して一緒に映画に行こうよ、これでも勇気だして誘ったんだよ?」


 こんなにいい笑顔で言われてときめかない女性は居ないだろう。


「あ、でも栗田さんこそ彼氏とか居ないの」


 打って変わって不機嫌そうな空気を出しながら六条がそういった。


「い、居ないよ!」

「そっか、なら心配はないね」


 口の中で小さく最近別れたばかりですと付け足すが六条は気がつく様子はなくにっこりと笑った。


「ご飯だけでも一緒に行かない?時間があまりないから簡単なものになるけど」


 六条はチラリと腕時計で時間を確認する。


「一緒にご飯食べて、映画用に買い物をして、家に帰ってシャワー浴びたらちょうどいいくらいじゃない?」


 私もスマホを取り出して時刻を確認する。

 たしかにそれくらいの時間だ。


「じゃ、ラーメンでいい?」


 笑顔でラーメン屋さんを指差す六条に私は首を振ってみせる。


「嫌!パスタ…いや、ハンバーグがいい!」

「じゃあ、ファミレス?」

「えぇー…」


 せっかく食事をするのに味気ない場所だとため息を吐きながら私は六条についていく。


「そんなガッカリしないで。今度時間のある時にはちゃんとしたお店に連れて行ってあげるから」


 私の態度にイライラすることもなく六条は笑顔でそう言う。


「というか、今日も俺の家で映画見ればもっとちゃんとした物用意するけど」

「ちゃんとしたものって?」

「そうだなー、お寿司屋さんに寄ってテイクアウトするとか。出前もいいよね。ピザとか一人じゃなかなか頼まないし。あ、ハンバーガーとかは?あのお店知ってる?」


 六条の言うハンバーガーの店は聞いたことのある店名だった。

 たしか海外で有名なナチュラルバーガーのお店で最近日本にも出店したという話だ。


「でもお寿司もハンバーガーも並ばないとダメでしょ?」


 あまり並ぶのは好きではない。


「大丈夫だよ、これがあるから」


 そう言って六条は自身のスマホをポケットから取り出して振って見せる。


「どっちも電話して予約すれば受け取るだけだよ。俺の家近いから栗田さんは家で待っててくれたら俺が取りに行くし」


 至れり尽くせりな条件に思わず心が揺れた。


「それに俺んちホームシアター設置してるから映画見るの楽しいとおもうんだけどな」


 止めの一撃に私は思わず息を飲む。

 美味しいご飯にホームシアターで見るお家映画なんて素敵すぎてドキドキする。

 私は六条を見上げる。

 目が合うと六条は小首を傾げてどうする?と聞いてきた。


「え、遠慮します…」


 なんとかその言葉を絞り出すと私は無念の気持ちでがっくりとうなだれた。

 条件は破格だが、彼氏でもない男性と家で二人きりはダメだという思いに勝てなかった。


「でしょ?だから今日はファミレスで我慢して」


 うなだれて落ち込む私に対して六条は涼しい顔だ。

 どちらが断れた側なのか分からないほどである。


 六条と夕食をファミレスで簡単に済ませた後は電車に乗って私の最寄り駅まで一緒に帰った。

 電車に乗っている六条をホームで見送った後、私はスーパーでお酒とおつまみ用のおかきなどを購入する。

 映画館と違って家で映画を見る時はおかきのような、食べると音の出る固いものを食べても大丈夫なのがいい所の1つだ。


 シャワーを浴びて肌の手入れをしてお酒とおつまみを用意する。

 完璧な映画を見る体制が出来上がった時、ふとスマホに通知が着ているのに気がついた。

 確認すると六条からで内容はこれから見る映画のことだ。

 私は映画を六条と感想を送り合いながら見た。


 映画が終わると六条から再び映画に行こうというお誘いが来た。

 冗談のつもりで全部おごりなら喜んでと送るとすぐに了承の返事が返ってくる。

 私は慌てて冗談だと送り返して、映画に行くことを了承した。


 なんだかワクワクした気分で私は残っていたお酒を飲む。

 すっかりぬるくなっていたが今の私には気にならなかった。

 おかきをボリボリと音を立てて食べていると再び六条からメッセージが来る。


『おかき食べてる?笑』


 私はエスパーかよ!と声に出して突っ込んだ。


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