【08】殺人依存症
さて、今回は胸キュンと胸クソの二刀流で知られる櫛木理宇先生の『殺人依存症』である。
櫛木先生といえば、2012年に『ホーンテッド・キャンパス』で第19回日本ホラー小説大賞読者賞を受賞してデビューされたお方である。
知らない人のために一応解説をしておくと、このホーンテッド・キャンパスは、仰々しいラインナップの角川ホラー文庫において異彩を放ちながらも、現在も続刊が続く人気シリーズだ。(既刊18巻 2021年8月現在)
基本的には大学のオカルト研究会のメンバーが依頼を受けて心霊絡みの事件を解決する、連作短編形式オカルトミステリーである。
しかし、それとは別に主人公の森司くんとヒロインのこよみちゃんの毎度1センチも進まない(でも1ミリぐらいは進む)じれじれの恋愛模様という胸キュン要素もある。
作風はどちらかというとライトで、ホラーが苦手な人でも充分に楽しめる。
他にも、悪夢に悩まされるクールな女子高生、晶水と、猿っぽいが他人の夢に潜れる能力を持つ、壱の物語『ドリームダストモンスターズ』など、オカルトやミステリーと甘酸っぱい青春モノを融合させた作品を得意としている……かに思えるが、本稿の冒頭でも述べた通り、それは、この作家の一面でしかない。
どちらかというと、もう一面の胸クソこそが本職であったりする。
そして、その胸クソの最たるものこそが、本稿で紹介する『殺人依存症』なのだ。
では、あらすじを……。
捜査一課の杉浦は、息子を変質者に殺された過去を持つ。
その一件で壊れてしまった家庭を省みずに仕事へと打ち込んでいたところ、彼の勤める荒川警察署管内で女子高生の惨殺死体が発見される。
それはか弱い少年少女たちを狙った卑劣な連続殺人事件の幕開けに過ぎなかった。
そして、捜査が進むうちに、事件の背後で糸を引く謎の女の存在が浮かびあがる。
すべてをゲームの駒のように操り、次々と少年少女を死に至らしめるこの女の目的とはいったい何なのか!?
捜査一課の刑事が連続殺人鬼を追い詰める王道サイコホラー……と、思いきや、ラストの着地点は相当とんでもない。
あまりネタバレはしたくないが、この物語にいっさいの救いはない。
冒頭から胸クソに始まり、胸クソを経て、胸クソで終わる。
すべてにおいて、胸クソという野太い鉄骨のような筋が一本通った小説である。
ここまで、胸クソだと逆にいっそ清々しい。
胸クソ過ぎて、これが本当にあのホーンテッドキャンパスシリーズを書いた人の作品なのかと疑わしくなる。
しかし、別人説を裏付ける明確な根拠が乏しいので、本稿ではホーンテッドキャンパスシリーズの作者と殺人依存症の作者が同一人物というていで話を進めさせていただく。その辺は、ご了承願いたい。
……と、冗談はさておき、この方は、読者の感情をかき乱すのが得意な人なんだな、と作品を読むたびに思わされる。
今作もプロローグからアップダウンの激しい展開で、読者の心をぎゅっと鷲掴みにしてくれる。
読みやすい文章もあいまって、胸クソなのにページを捲る手がまったく止まらなかった。
そして、ラスト付近に近づく。
筆者は自らのページを捲る指先が、ぷるぷると震えている事に気がつき爆笑してしまった。
本当に何ていう小説を書いてくれたんだこの人は……。
まるで、劇薬である。
ともかく、この作品の全編から感じ取れたのは“激しい怒り”だった。
「何で作者はこんな胸クソの悪い話を書いたんだろう」という疑問はまったく湧いて来なかった。
たぶん、大嫌いなのだろう。
作者は、こうした弱者が犠牲になる胸クソな悲劇や、それを許してしまう胸クソの悪い世界が。
まるで、高々と振りあげた鉄槌を脳天に叩きつけられたかのような、そんな読後感だった。
……という訳で、もし、刺激的な物語が読みたいと思われるならば、今はまずこれをおすすめする。
きっと、あなたのその期待に答えてくれるはずだ。
極上の“イヤミス”を存分に堪能して欲しい。
そして、筆者は本稿で胸クソ胸クソ言い過ぎた事を反省しようと思う。