「聖 剣」
では、答え合わせをしようか。
古の盟約により、「英雄」が生まれた時代には、それに関わる者達が必ず存在するようになっていた。
その中でも特に顕著なのが聖剣、或いは魔剣と呼ばれたもの自体とも繋がりの強い三つであり、その三つは年齢や性別、その生い立ちを問わずに、何時の時代においても「英雄」の傍らに在り続けた。
一つは剣を創った者達の生き残りであり、強大な魔法具を創り出した代償として、その魂が剣と共に在り続けることを誓った稀代の魔術師であり、「英雄」の師でもあった。
一つは剣が創られた時代には存在していた一国の王であり、魔法具の永劫の使い手として選ばれた「英雄」を一人では戦わせぬことがないようにと願った、当時の「英雄」の兄でもあった。
そして最後の一つ。
未来永劫、魔法具の唯一人の使い手を護り続けると誓い、何時の時代でも「英雄」が笑顔であるようにとただ祈り続けた、「英雄」自身との繋がりが最も深かった護衛騎士。
だから私は真実を伝えなければならない。
彼等が何を祈り、何を願い、何を誓い、どう生きたのかを。
*****
初めまして。
それとも、君とは二度目かな? 可愛らしいお嬢さん。
レイラに見送られ、そこに辿り着いた少女の前に突如として表れた青年は、どこかで見たことがあるような懐かしく、穏やかな笑みを浮かべていた。
それをどこで見たのか、セラフィーナ自身に憶えはない。
それでも確かに知っているその雰囲気に、セラフィーナは思わず動きを止めていた。
「……あなたは?」
少しの沈黙の後に、困惑気味な声で訊ねるセラフィーナに、青年は更に深い笑みを浮かべる。
「君であって君ではないもの。君にとっては過去のものであり、私にとっては今であるもの」
そう言えばわかるかね?
そう告げた青年の言葉にセラフィーナは視線を泳がせ、そしてそれに行き着いた。
「──……剣?」
それで合っているのかと問うセラフィーナに、青年は曖昧な表情を浮かべる。
「半分は正解でもあり、半分は間違いでもある。私は過去を生きたもの。そして同時に、今ここに存在しているもの。私は過去の亡霊であり、君達が剣と呼ぶもの」
「……つまり、剣の意思、そのもの?」
「君達の言葉を借りるのであれば、そうなるね」
「でも、じゃあその姿は?」
どこか似ているけど、どこも似ていない。
でも確かに知っているその姿は、ノエルと話しているような錯覚に陥らせ、決意したはずのセラフィーナの心を酷く揺さぶった。
「これは、先の英雄の姿を借りただけの紛い物。君が思い描いている人物と彼は似ていたからね。彼等は幼馴染みと呼ばれるものだった」
そんな話は聞いたことがないと思ったセラフィーナに、青年は「そうだろう」と静かに告げた。
「本来ならば、彼が再び盾を取ることはなかった。そうであるように先の英雄も動いていたし、周りもそうであるようにと願っていた。だから君に話す必要がなかった。ただそれだけのことだよ」
そこで一息吐き、青年はセラフィーナを見据えた。
「さて、君は語り部の巫女にその決意を伝えたはずだ。それに変わりはないかね?」
「語り部……、レイラ様のことね? だったら変わらない。私はみんなを助けたい」
「その皆とは? 種族を問わず、生い立ちを問わず、生命として存在するもの全てを──という意味かね? もしそうならば、それは諦めた方が良い」
「なぜ?」
「限り無く不可能に近いものだからだ。全てを救う術など存在しない。君に出来ることは、崩壊せぬように調停を結ぶことだけだ。私はその為の道具であり、君の力はその為に在る。だが、それでも助けたいと願う君の気持ちは正しいものなのだろう」
だから君は知らなければならない。
過去の「英雄」達の生き様と、それを支える為に傍に在り続けた護り手達の想いを。
「君のその決意は本物だろう。それは過去の英雄達が通った軌跡でもある。だから先に告げなくてはならない。彼等の、そしてこれからの君を護ろうとする者達の想いを知る覚悟があるのならば、その手に剣を取るがいい」
但し、その瞬間から君は「英雄」となり、関わってきた者達の全てを知ることとなる。
「君の選択が多くのものを生かし、君の選択によって多くのものが失われる。私はただの物でしかなく、君の意思に従うだけ。そのことだけは忘れないでほしい」
私とて、聖剣とも、或いは魔剣とも呼ばれることは不本意なのだから。
……と、そこで暫しの静寂が訪れた。
不本意と言い切った青年に、セラフィーナが少し考え込んだからだ。
聖剣、或いは魔剣と呼ばれることが嫌だと言ったそれは、おそらく魔術的なものによって今は青年の姿を見せている。そしてセラフィーナはそれを「剣」と呼ぶ以外に名を知らない。
だが、これだけはっきりとした明確な意思を持っているのだ。ならばそれにはきっと呼び名があったはず。
ならば、それが本当に求めているものとは……?
「……名前」
「………」
「あなたの名前は? 聖剣や魔剣と呼ばれるのが嫌なんでしょう? だから教えて。これからはあなたをそう呼ぶ」
そうして真っ直ぐと己を見るセラフィーナに青年は満足気に目を細めると、セラフィーナを前に片膝をつき頭を垂れた。
さて、もう少しばかり昔の話をしようか。
それは一つ前の──新たな「英雄」にとっては二つ前の話。
誰かを救う為だけに剣を奮った「英雄」は、最も救いたかった者を救えなかった。
それは「英雄」が未熟だったからではない。
結果として訪れた、不運な出来事でしかなかったとしか言い様がないのだ。
私の繋がりの中に一番早くに戻ってきたそれは、本来ならばそこで果てる必要などなかった。
原初の英雄達によって封印されていたはずの古代種達の予定外の目覚めと、予想外の出来事さえなければ当時の「盾」は生き長らえていた可能性が高かったのだから。
寧ろ、全滅が防がれた現状を是とするしかない。
「盾」は失われたが、それを上回る多くのものが救われたのだ。
……そう頭では理解はしていても、その心までは追い付かない。
それが「感情」というものだと英雄達との長い時間の中で知っていた私は、「英雄」の嘆きを正しく受け止めてしまい、間違いだと知りつつも壊れかけていた心に寄り添ってしまったのだ。
何度も止めたいと思った。
何度も壊れてしまいたいとも思った。
誰か「英雄」を止めてくれと、これ以上私を負の感情に染めないでくれと叫びたかったが、所詮私は使われるだけの魔法具でしかない。
古の盟約により紐付けされた一つの魂に従うことでしか存在出来ぬ道具。ただ、それだけのモノ。
私が創り出された意義に反し、その力が人々に向けられそうになった時になって、私の中に戻ってきていた一つの繋がりが予定外の目醒めを向かえた。
一度だけでいい──と、現状を知り、それを嘆いた声が私に願った。
一度だけでいいから、その力を私に貸して欲しい。
あなたはその力を私にも与えることが出来るはずだ。
そうでなければ、私が剣の中で眠っているはずがない。
その推測は、ある意味では間違いではなかった。
私と「英雄」に強く結び付けられた魂は、消失の刻を迎えない限り必ず私の中に戻り、暫しの休息の後に新たな生を得る。
それが過去の魔術師達により形成された仕組みの一つでもあり、護り手達が常に傍に在り続ける理由でもあった。
そして万が一の場合、護り手達に力を譲渡することも一応は可能であるのだが……。
確かに、一時的な力を君に貸すことは出来る。
しかし、今ここで無理をすれば、君は消えてしまうかもしれないよ? と、私の中の懸念を告げれば、それでもいいと即座に返された。
次はもう決まっていることだ。だからそこまでは持つだろう。
だが、その更に次までは保証は出来ぬ。
今ここでその力を使い果たしてしまえば、君と「英雄」との繋がりも断たれかねない。
それでも君は願うのかね?
再びそう問えば、構わないとそれは答えた。
二度と逢えなくてもいい。
繋がりがあることで「英雄」が苦しむぐらいならば、そんなものなど消えてしまった方がいい。
そもそも私達は、始めから間違えていたのだ。
唯一人に全てを委ねるべきではなかった。
もっと別の方法を探すべきだったのだ。
それに──と、それが静かに笑ったような気がした。
それが運命と呼ぶものならば、そんなものなどなくとも、また逢えるから。
……そうか、それが「盾」の答えなのだね。
ならば私からはもう何も言うまい。君が思うようにすれば良い。その為に私は力を貸そう。
だが、私が力を貸せるのは一度だけ。それも本当に短い時間だ。
そして君に出来ることも限られている。
だから一つだけ、限界以上の力は使わないと約束してもらおうか。
君は既に一度、限界以上の力を使い果たしている。
肉体の無い状態でもう一度使い果たしてしまえばどうなるかは、……もう、わかるね?
それが果たされない約束だと知ってはいても、そう問わずにはいられなかった。
そして予想通りに、三度目の問いに「はい」と答えたそれは「英雄」の狂気を止める為に限界以上の力を奮い、正常な状態で私の元に戻ってくることはなかった。
──それが、誰にも語られなかったあの時代の、最後の真実。
そして誰もが願うのだ。
これが最後であるようにと。