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だから彼は「過去」を探す



 ……ああ、嫌な夢を見たと思った。

 思い出したくもない、嫌な記憶(ゆめ)を。



 それは今の時代ではない。過去の話だ。


 懇願するような声でやめてくれと叫んだ「英雄」と、孤児院で育ち、その後に「盾」となった元傭兵の、誰にも語られることがなかった最後の時の話(きおく)


 自分が壁を張らなければ全滅する。


 ……そう言って限界以上の力を引き出し、数万もの命をたった一人で護りきった「盾」は、まだ十八になったばかりの少女だった。


 ──あと一回なら、耐えられる!


 それまでに六度を耐えていた彼女は、そこから更に七度を耐え抜き、決着が着いた八度目の魔術障壁が力を失ったと同時に命を使い果たしていた。

 その彼女に護られた多くの者達が歓喜する中で、「英雄」だけが涙を流していたことに彼等は気付かなかったのだ。



 生きて欲しかった。

 生きていて欲しかった。

 ただ、笑顔でいて欲しかった。

 ……その為に俺は、剣を手に取ったのに──!



 彼女の細い亡骸を抱き抱え、悲痛な声を上げた「英雄」のその時の決意が誰にも知られることはなく、終局を迎えた時になって、誰も救わない(・・・・・・)という、最悪な形で露見した。



 誰か一人を犠牲にしてしか成り立たない世界だというのならば、そんな世界(もの)など滅んでしまえばいい……!



 それが、その時の「英雄」の答えだと誰もが気付いた時には遅過ぎた。


 人々によって聖剣と呼ばれたそれは魔剣へと姿を変え、それでも最後には多くの者を救って眠りについた「英雄」の話は、人にも、そして魔にも正しく伝えられることはなく、ただそういう時代だったのだという結論だけが受け継がれた。



 ……今になって思えば、アルディアスが一人で最期の地に向かったのは、それも理由の一つだったのではないだろうか。



 確かに、アルディアスは周囲からは少し浮いてはいた。

 剣を手にしたことで「英雄」と呼ばれ、何も要らないのだと言わんばかりの圧倒的な力を見せ付け、それでも、誰も犠牲になることのないようにと細心の注意を払ってもいた。


 ただ、一人では限界も存在する。


 それを危惧したギーゼルベルトが苦言を提し、何かある度にレイラが護りの加護を重ね、遠くからは幼馴染みのノエルが心配そうな顔で見ていたことには気付いていたはずだし、口にこそは出さないが、レザードとて似たようなことを思っていた節もあった。

 そしてアルディアス自身がその事に気付いているとも思ってもいた。


 だが、結果があれだ。


 本来ならば一人では行くべきではない場所に一人で向かい、過去の「盾」と同じように二度とは戻らなかった。



 ──そこで初めて、一つの疑問に辿り着く。



 アルディアスは、本当に何も憶えてはいなかったのか?



 無論、自分達とて完璧ではない。

 幾ら繰り返しているとはいってもそれは膨大で、その中で憶えていることもあれば、忘れていることだってある。


 何よりも、思い出せるとしてもそれは断片的なものであり、過去の全ての記憶を持っていることの方が稀なのだ。


 現にノエルは前の時代(こと)を完全に憶えていない。

 それをレザードは「魔女」の介入も原因にあるのだろうと言ってはいたが、レザード自身が例外である以上は予想でしかない。

 そしてレイラもその時代(とき)の記憶を詳細には受け継いでいなかったのだろう。

 何せあれは、純粋に「英雄」を求める者達からすれば都合の悪いものでしかないのだ。語られていないのならばそのままにしておいた方が良いとの、後世の者達の勝手な判断だったのだろう。

 過去の「英雄」の一人が、最も厄介な災厄になっただなんて知られたくはないはずだ。


 ……では、ギーゼルベルトはどうだ?

 全てにおいて中立であるはずの「監視者」が忘れるなんてことがあるのか?



 ──探さなければ。



 その鍵を握るのは、おそらく唯一人。

 アルディアス(英雄)の死と共に姿を消した「守護者」だけだ。



 だから探さなければ──と、思ったところで目が覚めた。



「……夢の中でまで思考するってのもどうかと思うぞ、俺」


 しかも内容があれだ。懐かしいを通り越して笑いたくなってくる。

 出来るのならば、夢の中でくらい平穏で在りたいものだ。


「流石に剣に訊くってわけにもいかないよな……」


 尤も、今は聖剣と呼ばれているあれがそう簡単に答えてくれるとは思えないのだが。


「……お前が生きていたら、どうなっていたんだろうな。──エマ(・・)


 そんなことは言わずとも決まっている。それでも結果は変わらない。

 遅かれ早かれ、何れは皆が土に還る。

 あの時それが一番早かったのが「(エマ)」だっただけのこと。生きていたらなんて仮定の話は無意味なことでしかない。


 ……あぁ、本当に無意味だ。


 今更過去に囚われてどうする。

 あれはもう終わった話で、今の自分達には関係ない。

 過去と今を混同する方が間違っている。「過去(まえ)」の後悔を「現世(いま)」に持ち込むべきではないはずだ。


 だからこそ、自分達が知り得ないアルディアスのことを知らなければならないと思ったのだ。


 もしアルディアスが「過去」に囚われていたのだとしたら、それはもう一度起こり得る可能性がある未来の一つなのではないか?



「……本当に、面倒な疑念を遺してくれたものだ」



 真実を語る言葉を持たぬ「英雄(かこ)」の亡霊よ。

 俺達は、お前が何を願っていたのかを知る術を持たない。

 知らぬことが罪だというのならば、俺達だけがその罰を受ければいいだけなのだ。


 だからどうか。


 どうかセラフィーナ(いま)を、その罰には組み込まないでくれ。



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