鷹狩りの小鳥遊
家から河川敷まではそう遠くはない。
歩いてでも15分といったところだ。
だから俺と裕翔は全力ダッシュで河川敷まで競争をした。
結果を言うと1分遅れで俺の惨敗である。
まあそもそも裕翔は打順的にも1番になる程の瞬足を誇ってるし別に負けたって悔しくない。
「どうしたの?太郎。半ベソかいてるけど。」
何も知らない塔子ちゃんは涙で赤く充血した俺の目をみて問いかけてきた。
無駄に気を遣ってくれているのか裕翔は塔子ちゃんの質問に知らん顔している。
辛い。
「よーし、時間ピッタリに揃ったのは‥‥まあいつもの4人だよな‥‥。」
肩まで伸びきった長髪をいじりながら瀬文の兄貴は遺憾な表情で俯く。
ちなみにいつもの4人と言うのは俺、兄貴、塔子ちゃん、裕翔、舞さんである。
「待て待て瀬文、俺もいるぞ。」
後方から元気そうな低い声がし、誰だと言わんばかりに4人全員がその声の方向へと振り向く。
「「‥‥小鳥遊さん!?」」
俺と兄貴がほぼ同時に彼の名前を口にする。
「おっす。」
小鳥遊進27歳ポジションは遊撃手。
元はプロでもあり全盛期は「鷹狩りの小鳥遊」と称されるほどの守備力と打率で年間MVPにも輝いたことのある実力者だ。
しかし交通事故で全治6ヶ月という怪我を負ってしまい一度は復帰したもののスランプという地獄から抜け出せなくなり二軍落ち。それからしばらくして「小鳥遊進引退」という文面の記事が世に報じられた。
そしてその数ヵ月後、俺と兄貴は引退した小鳥遊さんをこのチームにスカウトし、それを巡っていざこざもあったが、今はこうしてきっちり俺たち鼻水かっぱエンジェルスの一員もとい「鼻水かっぱの鷹」として活躍中である。
「お久しぶりです小鳥遊さん!来てくれたんですね!?」
兄貴が嬉々とした表情を浮かべ言葉を投げる。
「あったりめえだろ?俺はこのチームの一員なんだからさ。」
ニカッと白い歯を出し笑顔を作る。
「それと、すまねえな太郎。この前は。」
「え‥‥‥?」
なんのことだろう。前回を含めた試合をすっぽかした事だろうか。
「あの時の一番最初の練習試合、復帰戦の時途中で帰っちゃっただろう?」
「あー‥‥。」
「お前のあの時の可哀想な背中を見て耐えられなくなっちゃってさ‥‥。多分帰った連中も同じ気持ちだったと思うんだ。」
いや、小鳥遊さんはともかく大半の連中は帰りたくて帰ったんだと思う。
絶対あいつら許さねえ!!
「本当にすまないことをした。申し訳ない。」
小鳥遊さんは深々と俺に向かって頭を下げる。
「や、辞めてください小鳥遊さん。スランプの俺がいけないんですから‥‥。」
「だからこそ、俺が率先して君を励ましてやらなくちゃあならない立場だった。本当に申し訳ない。」
「小鳥遊さん‥‥。」
小鳥遊さんはスランプだった頃の自分と俺を重ね合わせていたのだろう。
だからこそあの時の試合は小鳥遊さんにとっても辛い試合だったのかもしれない。
「それじゃあなんでその後の練習試合もサボったんですか?申し訳ない気持ちがあるならさっさと太郎に懺悔すればよかったんじゃないんですか?」
「と、塔子ちゃん!!?」
ずっと黙っていた塔子ちゃんが身を乗り出し小鳥遊さんに強い言葉を投げ掛ける。
おそらく小鳥遊さんはあの試合の後ずっと部屋で引き篭って考えていたのだろう。
元プロであった俺があんな事をして次の試合に行ってもいいのだろうかとか。
この人はそういう人なのだ。だから今でも尊敬しているし憧れを抱いている。
しばらく沈黙が続いたが、ようやく小鳥遊さんは重い口を開く。
「‥‥‥‥‥‥実は。」
「実は?」
「声優さんのイベントに行ってたんだ。」
‥‥‥‥‥は?