8連敗の後
「はあ‥‥。」
ため息しか出てこない。
試合が終了して既に30分が経過しようとしている。
俺はその間ずっとベンチに座り途方もない宇宙について考えていた。
口に出るのは微かなため息のみ、脳内では宇宙の果ては何処にあるのかと議論戦争が行われている。
「はい、服。」
わざわざ俺ん家に行って服を持ちに戻ってきてくれたのか、塔子ちゃんが俺の方へ目掛けて服一式をぶん投げる。
不覚にもそれをキャッチできず布の塊が顔面に直撃する。痛い。
俺の心も。
「‥‥こりゃあ相当重症だな。」
隣でタバコを吹かしながら瀬文の兄貴は頭を抱えている。
――無名無瀬文。25歳ポジションはサード。打順は基本3番。
俺と7つも離れた人生の先輩だが、ガキの頃から実の兄貴のように慕っている。
兄貴も同時に俺を弟分だと思って可愛がってくれている。
我が鼻水かっぱえんじぇるずの創設者の一人であり俺をこのチームに誘ってくれたりと色々なところで気を利かせてくれる最も尊敬に値する人物だ。
そんな人が作ったチームを俺は8連敗まで追いやってしまった。
HAWベースボールはたとえ練習試合であろうと9連敗すると連盟から除名警告通達がくる。
そして10連敗で除名、つまり強制的にチームが解散になってしまう。
俺のチームは現在8連敗。
あと2敗すればいくら四冠優勝チームといえど除名は確実に免れない。
「‥‥うぅ‥‥グスリ。」
「あ、泣いた。」
塔子ちゃんが煽るように言葉を放つ。
「まあこいつのナックルボールに頼りっぱなしだったってのは正直否定はできないよな俺達。」
苦笑いで兄貴は言う。
「いいよ。こいつが使えない分私が投げればいいし。」
「塔子の変化球はすげー厄介だけど、スタミナがなあ‥‥。」
キレのある変化球で知られる塔子ちゃんの弱点はスタミナである。
これが異様なまでに体力がなく最高で3回までしか持たない。
以前、塔子ちゃんが先発で登板した際相手チームはその弱点を見破り長期戦に持ち込んだ。
結果、この時の塔子ちゃんはなんとか0点にセーブしたがなんと1回で降板してしまった。
「まあなんにせよ、新しいピッチャーが必要になってくるわけだな。」
兄貴はそう言って立ち上がると用事があると言って先に帰ってしまった。
「‥‥そういえば裕翔はどうした?」
一人で外野手を守っていた俺と同級生で親友でもある中野裕翔がいない。
「ファンの子達に捕まる前に帰ったよ。」
「そうだよな‥‥あいつモテるもんな‥‥。」
8連敗する以前は俺だって裕翔ほどではないが多少ながらモテてはいた。
しかし何故かすぐ寄り付かなくなってファンレターは野郎ばっかりしか来なくなった。
何故だ。
「私たちも帰ろ?太郎。」
二人きりなった瞬間柔らかい笑顔を浮かべながら手を差し伸べる塔子ちゃんに対し俺はこう言い放った。
「塔子ちゃんは舞さんと帰ってよ。俺はもう少し練習していくからさ。」
舞さんとは塔子ちゃんの付き人だ。
あとキャッチャーもやってくれている。
それが上手いんだわ。流石付き人兼ボディーガード。
「‥‥あっそじゃあ一人で勝手に無意味な練習して一生スランプでしていてね。」
急に素っ気ない態度になり俺の頬一発ぶっ叩くと荷物を舞さんに持たせズカズカと帰っていった。
塔子ちゃんの付き人兼ボディーガードである舞さんはというと何も言わず俺に向けて舌を出しベーっと悪態をついてきた。
この人は昔から俺に対してこうだからもう慣れたけど‥‥。
叩かれた頬を手で抑えながら雲ひとつない春の青空を仰ぎ小さく呟く。
「新しいピッチャー‥‥か。」