伝家の宝刀
――――3月。
丁度桜が咲き始めほのかに暖かい風が桜と共に舞う静かにまったり時間が流れるこの時期に耳を防ぎたくなるようなダミ声が河川敷に響き渡る。
「オラアアアアアアアア掛かってこんかいいたろおおおおおおおお!!!」
相変わらずこのジジイ共は五月蝿くてしょうがない。
しかしどうしようか‥‥。
まだ二回の裏だというのに13点も獲られている。
HAW野球では4回までに14点差をつけられた場合コールドゲームで試合終了になる。
俺は裸足のままマウンドの土を蹴りながら得点板をちらっと横目で見る。
――――13-2。
この13点は俺達鼻水かっぱえんじぇるずが獲った得点ではない。
草野球チームそれもチームシルバーこと50歳以上が所属するシニアチームが獲った点数である。
何故、四冠という偉業を成し遂げた俺達がこんなやかましい親父チームに負けているのか‥‥。
それは七か月前に遡る―――。
HAW野球。
ハーフ・アマチュア・ワイド略称であり、アマチュアよりも上しかしプロより下というなんとも中途半端な階級のベースボールスポーツ。
そのなんとも半端なスポーツが今、この世界で最も熱狂的スポーツになっていた。
その理由はまず女性も子供も老人もなんの障害もなく参加できること。
ただし子供は15歳以上という規定があるが、それ以上の年齢なら例え90を超える老人でも参加が可能。
もう一つは連盟がかなりのやり手であり複数の大会やイベント事などを数ヶ月単位で頻繁に開催をしてくれる。
勿論それ相応の優勝賞品などが出て全国各地で盛り上がりを見せている。
そしてなによりこのHAWスポーツでの一番の見所は年に2回開催される春のリーグ戦と夏のリーグ戦である。
年に2回開催されるリーグ戦のうち一回でも優勝すれば優勝賞金1億という金額が与えられ、そして最も活躍した選手にはプロに昇格できる切符を貰えるのだ。
現在日本全国でのHAW野球チームは260チーム。その天辺さえ勝ち取る事が出来ればビッグドリームを掴めるのだ。
そしてリーグ戦を俺達鼻水かっぱえんじぇるずは二年連続春夏と共にあらゆる強豪チームをぶっ倒し優勝。今や最強チームとして野球を知っていればその名を知らない者はいない。
そして紹介が遅れたがこの俺華太郎は18歳という若人にして変幻自在のナックルの使い手《拳王》と称されプロ球団からもスカウトが来るほどの実力者と世間から賞賛されていた。
しかし去年の夏のリーグ戦六回の裏で俺は肩の激痛により意識を失い病院へと緊急搬送。
全治3ヶ月と診断され残念ながらプロへの道は遠のいてしまった。
3ヶ月後俺は予定通り完治し一ヶ月ほど幼馴染にリハビリを手伝って貰いなんとかチームへと復帰。
ここまでは全く問題はなかった。
‥‥ここまでは。
拳王復帰戦ということだけあって練習試合といえど河川敷一帯が埋まるほどのギャラリーが押し寄せていた。
観客の期待に応えるべくと一層気合が入る俺。
試合相手は去年の夏のリーグ戦準決勝で当たった逆境ブレイクデビルズ。
俺は悠々とピッチャーマウンドに立ちあの時の試合をイメージする。
審判の「プレイボール!」の号令直後ファンの黄色い声を纏い投球フォームに入った。
その試合は今でも粘着テープのように脳裏にはっきりとぴったり貼り付いている。
‥‥まず結果を言おうか。
試合結果35-0。
俺たちの負け。
バスケか。
いや問題なのはそこもあるがそこじゃない。
一番問題なのはノーアウトで1回の表だということ。
これは周りの守備でもなくただただ俺のせいである。
まず記念すべき一投目、これは相手バッターも予想していたであろう伝家の宝刀ナックルボール。
確かに手応えはあった。このキレ味抜群の伝家の宝刀で俺はこのチームを導いてきたんだ。
これからも頼むぜ相棒‥‥!!
そんな事を投げる直前は思ってたんだと思う。
硬球のボールが手から放れ段々とキャッチャーミットへと吸い込まれていく。
本来ならここの位置で急降下し解析不可能とも言える変化が起きる。
しかしそうではなかった。
そうではなったのだ‥‥。
ふわーんと山を描きなら飛んでいったボールはスポッと綺麗にキャッチャーミットに収まった。
ナックルボールが来ると覚悟していた相手バッターもなんとも味気ないスローボールが飛んできた為思わずバットを振るのを忘れ呆気にとられていた。
観客も同じ感情だったらしく一斉に目を丸くし視線をマウンドの俺に向ける。
ようやく状況を把握した玄人のファンは「なーにやってんだ拳王!w」「こんなの俺でも打てるぞー!!w」「塔子ちゃんを寄越せー!」などと冗談半分に叫び罵ってくる。
俺も自身が投げたこのボールには酷く驚愕したが、「大丈夫、まだ勘が取り戻せていないだけだ。最悪この試合負けたとしても完璧にここで取り戻せば問題ない。」と自分に言い聞かせながらキャッチャーの投げたボールをグローブで掴んだ。
そして2投目、よし‥!次こそ完璧な手応え。
そう思っていた。
カキーーーーーーン!!
4ヶ月ぶりに耳した甲高い金属音と共に俺が投げたナックルボールという名の山投げボールは整備されていない草むらの奥まで白い鳥の如く飛んでいった―――。