表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/32

Chapter 6 高等学校


1


「いいなぁ。アイちゃんと一緒に住めんなんて」


 机の周りに出来た人だかり。予想通りの展開。彰人は深いため息をついた。


 愛は浮遊車両が校舎屋上に着くと、すでに待っていた校長と数名の教職員に連れられ何処かへ行ってしまった。取り残された自分には教室意外に行く場所も無く、席に座ってから既に四〇分が経過している。


 誰もいなかった教室に生徒が登校するにつれ、自分の周りに人が集まり始めた結果がこれだ。


「知ってっか? アイの登場で、彼女の同型機の売れ行きが伸びてるって話」


 予想と違っていたのは、友人達の愛の位置づけだ。


 自分にとっては社会的なニュースの一部にすぎず、このような状況にならなければ、どうでもよい存在だったはずの愛。だが同年代の一部の間で、愛はアイドル的な存在であり圧倒的な支持を受けている。しかも酷く捻じれているのだ。彼等の愛に対する知識は。


「いいなぁー。くそぉ。何で、俺ん家じゃなくてお前の家なんだよ。で、アイゃんと一緒に寝た感触はどうなのよ?」 

「馬鹿か。お前は」

 心底羨ましそうな表情をする友人の一人に彰人は言ってから、再び深いため息を吐いた。


「てか。やったのか? どうなんだよ?」


 さらに別の友人がまくし立てる。


「そんな事するわけないだろ!」

「マジかよ? もったいねぇ。命令すれば脱いでくれんじゃねぇのかよ?」

「43型の身体見たきゃ、レンタルショップにでも行けっての。奥に行きゃ、オールヌードで飾られてるし。流石にディーラーは俺らが行っても相手してくんないだろうから」


 と他の友人が答える。


「奥の方オールヌードの奴って手が無かったり首が無かったりするやつだろ? メンテ中の奴とか、それじゃ萌えねぇよ」

「俺はやりたいって言ったの。手足がなきゃ問題外だし動かなきゃ意味ないって。それに恥じらう表情ってのが無いとな。その辺、あの新型なら凄いんじゃないの? 現行のソフトウェアーの比じゃないだろ」

「けど、あれじゃん? ヒューマノイドとやるのに、俺等の年齢じゃ、どうあがいても手に入らないソフトウエェアと、下腹部のパーツ交換が必要なんじゃなかったか? 親父にそういう趣味があればなぁー」

「俺、そんな親父嫌だ。きっと口きかねぇ」

 友人達の会話が勝手に自分の理解の範囲を超えていく。


「そりゃ一般のヒューマノイドの話だろ。人に限りなく近いって事はそのへんのパーツも搭載済なんじゃ? 確か最初の発表で『恋愛もする』って発言してるぐらいだし」

「童貞をヒューマノイドに捧げたいってか? 悲しすぎじゃね?」

「どんなにやっても妊娠しないって素晴らしいことだと思わないか? 諸君」


 彰人は会話を聞き流していたが、この言葉に憤りを覚え、顔を顰めた。


 仮想世界に生きるしかない人々は子が持てない事実に苦しんでいる。


「てか、アイの量産型が発売されんじゃないか? プロトタイプを一般家庭に預けたってことはモニターってことだろ?」

「マジで? ってことはレンタルショップにも当然並ぶよな? な? な? 彰人はその辺の情報もってないの?」


 彰人は自分に話しかけた友人を睨んだ。


「お前等、彼女をビックサイエンスの新商品かなにかと勘違いしてないか?」

「違うのか?」


 友人達の認識の無さに、僅かに自分の中に怒りにも似た感情が芽生えるのを感じる。


「お前等、不勉強すぎだ。彼女をロボット扱いしないほうがいいぞ? スッゲェー怒るから。きっと」

「ヒューマノイドなのに?」

「違う! 彼女はそんなんじゃない!」


 思わず声に力がこもる。愛は自分と姉や母と根本的には変わらない存在なのだ。彼女を否定することは、母や姉を否定するに等しい。


 声に感情が乗ってしまったが故に声量が増し、友人達が顔を強張らせた。そして沈黙。やがて友人の一人が真顔で口を開いた。


「お前、まさか愛ちゃんを、本気で好きになってないか?」

「違う」

「だよなぁ。俺らだってその辺は、流石にわきまえてるよ」

「じゃあ、どうしたよ? そんなに怒るなんて」

「愛はヒューマノイドじゃない。身体はそうでも違う。心も、感情も俺らと何も変わらないんだぞ!?」


 その言葉の意味が解らないとでも言う様に友人達がお互いの顔を見合わせた。そしてそれは、呆れ顔とも憐みとも取れる表情に変わる。


「分かったよ。お前が一番のファンだ。そりゃ、一晩一緒にすごせばな。でもちゃんと戻ってこいよ? 現実に」


 友人の一人が、顔をニヤつかせながら彰人の肩をたたいた。


「違っ! 彼女が何なのか、もっと正確に知れと言っているんだ!」

「うんうん、最もだ。ファンならもっと彼女を知れと言いたいんだろ?」


 友人達が大げさに頷く。


「けど俺達も、愛ちゃんのファンだからな。もちろん調べてるよ。てか、ネットも毎日チェックしてるし」

「お前、それで、そんな事言ってんのか? だいたい何処のサイト見てんだよ?」

「何処って、そりゃ決まってんだろ。アイちゃんのファンサイト。『いつでもアイと一緒を夢見てる』だろ」


 彰人は軽い頭痛を感じて、額に手を押し当てた。



2




「あのスタイル見た? すっごいクオリティーじゃない?」

「所詮作り物でしょ? 当たり前じゃない」

「でも、まるで生きてるみたい。街中で見かける他のとはまるで別物」

「ねぇ、彰人はあれと一緒に住んで、何かするの? 行動レポートだったり。ひょっとして恋愛シュミュレートの相手役とか?」


 昼休み。休憩時間のたびに自分の回りに出来る人だかり。女生徒までもが加わり、もはや収拾がつかない。


 彰人は今日、幾度となく繰り返している深いため息をついた。


 それとほぼ同時に、前世紀から変わらないと言うチャイムの音が響きわたる。いつもなら疎ましく思う休憩時間の終を告げる音が、今は救いの音だ。


 自分の回りに出来た人だかりが散っていく。


 愛は今頃、何をしているのだろうか。まともに授業を受けれているのだろうか。



3




 『閉じ行く世界』


 机に展開されたウィンドウ。そこに表示されたタイトル。彰人はそれに目を見開いた。


 自分にはそれが何を指しているのか良く分る。母と姉が生きる世界。


 現在フロンティアは、一部の例外を除いて、新たな人の流入を事実上受け入れてはいない。だからフロンティアの人口は減り続けている。


 そして最後の一人が寿命を全うするのと同時にフロンティアシステムは運用を停止する。


 それが、ビッグサイエンスの決定だ。


 『生体脳電子化技術』は国際的に使用が禁止される方向で動いている。政府は暫定処置として『生体脳電子化技術』の保険適応を取り消した。


 『フロンティアシステムは当時の与論の批判もあり、国からの保険適用認可の遅れも影響して、予測に対する人口増加スピードの遅れが生じていました。


 同時に、フロンティア内の人々には法律的な人権があり、サーバーを停止させる訳にもいかないと言う状況であったと記録されています。


 ビッグサイエンスはその回収にフロンティア内で生まれた当時四歳だった愛様のコピーを利用しようとしました。』


 メイの言葉が蘇る。


 生体脳電子化技術の使用禁止。世界がその方向へと動いたことで、一度は軌道に乗り始めたフロンティアの運用は絶望的となる。ビッグサイエンスはフロンティアの運用停止を決定せざるえなくなった。


「今日は授業の内容を変更して、『テクノロジー』と『倫理』について、皆さんと一緒に考えていきたいと思います」


 社会科教師の宣言。教室にどよめきが走る。だがそれは、授業の内容が変更されたからではない。教室の後ろのドアから入って来た者に対する驚きだ。


 特徴的な銀色の髪を僅かに揺らめかせ、教室中に広がった混乱を気にも留めていないかの如く歩みを進める愛。そして教室の後ろに立ち、前を見据えた。


 社会科の教師は、教室が自然に静まるのを待ってから口を開く。


「今日の授業は、『葛城 愛』さんの話を聞くことが主な内容です。


 愛さんがこれから話す内容。私は今回、授業でそれを取り扱うに当たり、大分予習したつもりでいました。ですが、それでも多くの知識に誤りがあったと痛感しています。


 また、意見と言うのはこれほどまでに、立場によって変わるのだと改めて認識させられました。


 今回、彼女の話を聞くことで、皆さんには色々な疑問が湧くでしょう。何が正しいのか。その答えを見つけるのは非常に難しいことです。それでも、彼女の話を聞くことが貴方たちの成長へとつながると確信しています」


 教師は一度言葉を区切り教室を見渡した。静まりかえる教室。


「それでは愛さん。よろしくお願いします」

「はい」


 教室に響き渡る僅かな駆動音。愛が教室の中心を通って前に歩み出る。背筋が綺麗に伸びた堂々たる動き。


 愛は教師に一礼すると自分達の方へと顔を向けた。ジルコニアの瞳が強い意志を宿して青い輝きを放っている。


 自分の隣に座る生徒が生唾を飲み込んだ。皆が一様に愛を見つめ硬直する。彼女を初めて見た者は大抵こうなるのだ。


 街中で見かける同型機とは根本的に何かが違う。それが伝わってくるのと同時に、彼女を作り出したテクノロジー対するある種の『畏れ』を抱く。


「皆さん、初めまして、葛城 愛です。まず最初に、私自身について宣言をさせていただきます。私は自分を『人』と認識しています――」


 その言葉に再びどよめきが走る。休憩時間のたびに、嫌と言うほど再認識させられた『彼女に対する間違った認識』。それを考えれば当然の結果だ。


 だが、教室は直ぐに静まりかえった。愛が何かに耐えるかのように瞳を閉じたからだ。


 彼女の表情は『彼女の宣言が紛れもなく真実であること』を、これ以上ない説得力をもって敏感に伝える。


 愛は続けた。


「――それは法律上の人権を指すのではなく、また、私の性能を指すものでもありません。


 私は、貴方たちと何も変わらない存在です。怒り、悲しみ、喜び、笑う。そして、もちろん恋愛もします。


 私には両親がいて、貴方達と同じように幼少期を過ごしました。この身体は老いませんが、それでも、『量子回路内に再現された脳』は老い、やがては死にゆく定めにあります。


 私は、貴方達と変わらない『人』なのです」


 愛はそこまで言い切ると、瞳を開いた。そしてゆっくりと教室を見渡しながら再び口を開く。


「私を生み出したテクノロジーの全ては、現在、国際的に使用が禁止されています。


 また私が生まれた世界は、滅びようとしています。それも同様に、『その世界を作り出した技術』の全てが禁止されようとしているからです。


 今日は皆さんに私が生まれた世界の事を聴いてもらいたいと思っています。


 もちろん私自身についても、すでに色々な疑問が湧いているのだと思います。それについては、後ほど質疑の時間を取りますので、遠慮なく訊いてください。全てお答えします」


 彰人は愛の宣言に唖然とする。彼女が傷つくような質問が来ることは、目に見えている。まるで自分を曝すかのような宣言。


 彼女の瞳に宿る強い光は、それが覚悟の上である事を物がっている。


――君は何故そこまでして……

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ