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Chapter 29 捻じれた正義

1



 目の前に広がるあまりに凄惨な光景。


 ダイブ施設のエントランスホール。一様に頭を押さえ、目を見開いた状態で絶命する人々の姿。それが折笠なるように何処までも連なる。


 思わず目をそむけたくなるが、それすら出来ない。


 まるで映像を強制的見せられているかのように、一方的に意識へと流れ込んでくる。


――何故……


 昨夜まで自分もこのフロアーに居たのだ。彼等は共に戦った仲間。


 彼等をまるで物のように踏みつけ、自動小銃を構えた制服姿の男たちが何人も練りあるく。


 唐突に響き渡る銃声。その瞬間、エフェクトの掛かった悲鳴がホールに響き渡った。その先で火花をあげながら身体を痙攣させるヒューマノイドの姿。メイと同型機。


 男たちの内、数人が銃を構えたまま一斉に駆け寄る。


――やめろ!


 彼女達はヒューマノイドじゃない。


 顔部へと向けられた銃口。涙を流すことが叶わない瞳に恐怖が浮かぶ。


「オネガイ、タスケテ――」


 壊れた声帯。それでも歪んだ合成音声に込められた感情。けど、男達は耳障りな音を聞いたかのように顔を顰めた。


 そしてあまりにあっさりと引かれた引き金。悍ましい連射音と共に破壊された頭部。首から上を失った胴体が火花を上げながら崩れ落ちる。


――そんな……


 あまりの光景にこみ上げる吐き気。


『――だから、その時は自分を生んでくれた両親を探して、もし逢うことが叶ったなら、心から『ありがとう』って言いたい。『私、幸せだよ』って言いたい――』


 不意に意識へと流れ込んできた声。蘇るフロンティアの少女が思いを語った時の記憶。違う。記憶じゃない。


 今はっきりとそう聞こえた。聞こえたのだ。


――何だこれ! 何なんだこれは!? 


 さらに違うところで響き渡る銃声。さらに他の所からも。


 断末魔のような悲鳴が意識に流れ込んでくる。


――やめてくれ! お願いだ! もうやめてくれ! お願いだから…… もう……



2

 


 咄嗟に起き上がろうとして感じた異様なまでの違和感。身体に感覚が無い。やがて像を結び始めた視界。そこに映った景色にも強い違和感を覚える。


 四角い部屋。独特の臭い。規則的な音を奏でる機械類の音。


――病院……


 頭が働き始め、違和感の理由に気づく。視界の位置が異様に高い。まるで天井の片隅から部屋を見下ろしているような視界。


 部屋の中央に置かれたベッドに横たわる『誰か』。一目で酷い重症だと分かる。顔までも覆う包帯。そのいたる所に滲む血。


 喉に送還された太いチューブ。それに繋がれた機械が空気を送り出す音が鮮明に聞こえる。それ以外にも大量の機器類が繋がれた身体。辛うじて生かされている状態なのだと直感する。


 『誰か』が横たわるベッドの脇に置かれた椅子。そこに腰をかけ、苦悩の表情を浮かべる男性の横顔。それが誰であるか分かると同時に強い衝撃が襲う。


――親父……


 混乱する中、呼び起こされる記憶。倒壊するレーザー送信アンテナ。自分目がけ降り注ぐ鉄骨。


 父親の視線の先に横たわる『誰か』が自分である可能性。


――死んだのか……? 俺は……


 幽体離脱。そんなバカげた考えが頭に浮かぶ。けど、それ以外に何があると言うのか。


「すまない……」


 父親のうめくような声。湧き上がるやりきれない感情。父親がこのような表情をするところを見たことが無い。いや、一度だけある。それは母と姉が『他界』した時だ。


 自分のバカげた推測が正しかったのだと悟る。


 が、次の瞬間、父親の瞳が自分の方へと向けられた。まるでそこに自分がいることが分かっているかのように。


「生体脳電子化技術が使用禁止となってしまった今、こんな形でしか、お前の意識を繋ぎとめることが出来なかった……」

「……え?」


 思わず出た声。だが、自分の声の違和感にさらに驚く。館内放送の如く、何処かのスピーカーから聞こえた自分の声。口が動いた感覚が無い。手も足も動かせない。視点も固定され動かせない。全身の違和感が恐怖に変り始める。


『発声を確認。会話の全ては記録されます。記録は証拠として扱われ、会話している双方にとって不利益になる場合があります』


 視界を埋め尽くすメッセージ。それがさらに混乱を煽る。


「な、何なんだこれ!」


 それに耐えられず、遂にわめく。


「あまり感情を高ぶらせるな! 脳への負担が大きい。ギリギリ繋ぎとめている状態だ!」


 珍しく声を荒らげた父。その迫力に黙り込んでしまう。


 その顔に浮かぶ余りに強い苦悩。父は再びゆっくりと口を開いた。


「『ニューロデバイス・ナノマシン』の使用が禁止された。だから直接電極を打ち込み、損傷部分は外部機器によって補っている状態なんだ。


 お前の今の眼は、天井に固定されたカメラだ。耳は天井中央の集音マイク。五感の内、回復できたのはその二つだけだ。すまない……


 フロンティアと同環境の仮想世界を構築することは僅かな容量でも禁止された。だからこれが今できる限界なんだ。


 高出力の電磁波を浴びたせいで、脳内にインプラントした回路が焼けてしまっていた。その周辺部の損傷も酷い。


 大勢死んだんだ。関係の無い者まで……。


 だからお前がこんな状態でも生きていたのは奇跡なんだ」


「……どういうこと……?」


 再び遠くから聞こえる自分の声。異常なまでの違和感。耳と口と目、それらがバラバラの場所に存在しているのだ。再び混乱し、恐怖に飲まれそうになる感情を必死で抑え込む。


「太陽の異常活動が引き起こした電磁波の直撃…… それが政府の公式発表だ。それによってAmaterasuは大破。フロンティアは壊滅した。


 私達のような脳にインプラント措置を受けた者、ペースメーカーを使用する者を含め、機械に生命維持を頼る者の多くが死んだ」


 父の口から語られた衝撃的な内容。


「そんな!」


――俺たちはいったい何のために……


 だが、直ぐに父の語る内容の矛盾に気づく。


「太陽の異常活動って…… けど、なら何故、親父は平気なんだ!?」

「影響があったのは局所的なんだ。ダイブ施設を中心に二十キロメートル」

「そんな事って……」


 余りに都合がよすぎる。


「フロンティアが月に向け送信していた高出力レーザーに、太陽の異常活動で放出された荷電粒子が誘導された…… そう発表されている」


――そんなバカな……


「親父はそれを信じるのか……?」


 自分の言葉に父はさらに表情を歪めた。


「私は事実を述べているだけだ。今のお前に、私の推論を交えた情報を伝える事は『お前の決断』を左右してしまう可能性がある。私はそれが怖い。


 だから、『何が真実なのか』それはお前自身が情報を収集し、見極めろ。お前の意識はネットワークに繋がっている。だからそれが可能なはずだ。


 そして、あのプログラムは失われていない。頭の中にあるはずだ。言っている事が解かるな? だから、私は数日の間だけでもお前の体、いや意識を守る事に希望を見いだせた」


――頭の中にあるプログラム。


 脳へとインストールされた『死神からの招待状』。


「私は妻との約束を遂に守れなかった。お前にも辛い思いをさせた。私は……」


 父は何かを言おうとして、さらに表情を歪めた。


「いや、これは言うべきではないな。言い訳だ……


 もし、妻と椿に逢えたなら伝えてほしい『すまなかった』と……」


「親父は……?」

「私には、まだこっちでやらなければならないことがある」


 言いながら立ち上がった父。


「恐らく、ここに来れる事はもうない。お前の意識が戻ったのが確認できただけでも救いだ」


 そして、父はあまりにあっさりと自分に背を向ける。


「今まですまなかった……」


 去り際にそう呟いた父の横顔が、残像のようにいつまでも脳裏にとどまり続けた。



3

 


 父の逮捕を知ったのはその三日後の事だ。父の他にもビックサイエンスの職員を初め、フロンティア側に付き、現実世界でフロンティアの独立を物理的もしくは経済的に支援した者の多くが捕らえられた。


 湧き上がるやるせない思い。


 今回の一見での死亡者のリストの中に千葉と須郷の名前を見つけた。あのエンジニアは名前すら知らない。


 千葉はあの時デバイスを身に着けていた。だから千葉が『死神からの招待状』起動していれば助かっている可能性がある。そう信じたい。千葉の胸に吸い込まれていったあのナイフが、僅かにでも急所を逸れていて、彼にそれをするだけの時間を与えた可能性を。


 視界に並ぶウィンドウに目を走らせる。


 あの日、何が起きたのか。父の言う通り『太陽の異常活動』と報じた記事が目立つ。ネット上では『天罰』だとする意見が多く見られた。


 人が決して侵してはいけない生命の神域に科学と言う名の土足で踏み入った罰だと。


 だが、それに混じって実しやかに囁かれる噂。『政府が発電衛星のマイクロ波をビックサイエンスに向け照射したのではないか』。


 国際協定により、本来得ることが出来ない『兵器利用時の実測データー』と引き換えに、各国の間で密約が交わされたのではないのか。


 もっともこれは、ネット上では一部のオカルト集団の世迷言のような捉え方をされている。


 無残に焼け焦げたAmaterasuの映像。フロンティアの壊滅。


 けど、自分は信じない。


――Start Death ?Fluorescence- Logic


 思考コマンド入力によって起動する『死神からの招待状』。


 途端に警告で埋め尽くされる視界。


 何が真実なのか。それはきっと、フロンティア側と現実世界側でまったく異なるのだろう。事実など都合のいいように曲げられてしまうのだと言う事を、嫌と言うほど知った。


 彰人は瞳を閉じた。その意志に反応して視界に走るノイズ。瞼の無い人工の眼からの情報が遮断され、視界が闇に沈む。それにより鮮明に浮かび上がる警告ウィンドウの数々。


――Accept all warning


 警告ウィンドウの全てにチェックが着く。最終待機状態。これより先に進めば、二度と引き返せない。


 発表の通り、フロンティアが壊滅していたとして、このプラグラムを使用したらどうなるのか。自分の意識は行き場を失うのかもしれない。


 けど、こんな地縛霊のような状態で、この部屋に縛り付けられたままよりはましだ。そして何より、時折警告を鳴らす機械類が、あまり時間が残されていない事実を物語る。


 自分の取るべき道は一つしか残されていない。


 あの時点で、環境データーと人口の五〇パーセントの転送は完了していたはずだ。愛の父はそう言っていた。そして、愛が起動した6本のレーザー送信機によって、僅かな時間とはいえ転送スピードは飛躍的に延びたのだ。


 フロンティアはTsukuyomiに存在している。でなければ自分達がしたことの全ては無意味だったことになる。受け入れられるわけがない。


 そして何より自分は生きなければならない。あの日、失われた多くの命を背負って。自分は助かったのだから。


「倒壊した大型アンテナの下敷きになった事で、大腿部が圧迫されて出血が抑えらた。それでも君が、あの施設にいた多くの人のように携帯端末をニューロデバイスに接続したままだったら、電磁波による過電流の直撃を受け助からなかっただろう。


 君が助かったことが幸運と呼べるのか。私には分からない。


 このような状態にしてでも、生命を維持するのが私の職務だ。そして君の父親はこうすることを望んだ。その意味を考えてほしい」


 医師の言葉が蘇る。


 ダイブ施設を離れる事を拒否し、最後までAmaterasuの盾となりフロンティアと共に在ろうとした人々。その命の盾をも貫いたものは何だったのか。恐怖、憎悪、もしくはもっと下劣で醜く、打算に満ちた『何か』だったのか。分からない。


 けど、これだけは言える。それは決して『天罰』などと言う、神聖かつ公平な力などではないと。


 自分は『彼等の思い』を背負い、生きる。


 父はフロンティアの存続を信じているに違いない。だから父はこのような状態にしてまで自分を生かす必要があったのだ。


「……ありがとう。親父」


 父に逢える日がまたくるのか。


 分からない。


 けど、次にまた逢えたなら、その時は今度こそ色々な事を話し合おう。今まで積み上げてしまった高い壁を、一つ一つ取り除き思いを伝えよう。


 そして父があの時、途中で飲み込んでしまった思いを聞こう。


――Run 

――フロンティアへ――


4


 失われた感覚が蘇っていく。それと共に仮想の実体を得ていく身体。光の粒子が集まり、次々と本来あるべき構造を組み上げていく。腕が伸び、その先へ続く手の平、そして遂に指先が形成される。


 空中に蘇る自分の身体。緩やかに重力が増していくかのような感覚。ゆっくりと地面に着地する。


 視界の先で、規則的な音を立てていた機械が警報をならした。波形を失った心電図。この瞬間自分は死んだのだ。


 けど、自分の中に確かに感じる鼓動。


 慌ただしく開け放たれる病室のドア。入って来た医師と看護婦が実体の無い自分の身体を突き抜け、横たわる抜け殻へと駆け寄る。


 数分に渡って蘇生処置をしていた医師達はやがて手を止めた。始まる死亡診断。読み上げられる時間。


 ここには二度と戻れないのだと実感する。けど、これは終わりじゃない。これから始まるのだ。


 医師達が出ていき。一人取り残される。


 父が座っていた席に座り、役目を終えた自分の身体を見つめた。驚くほど何も感じない。この身体に宿っていた意識と今の自分は同一なのか。誰もがその疑問に苦しむと聞く。


 魂とは何か。命とは何か。


 生命にしか宿らないと言うのなら、生命体ですらなくなった自分は何者のか。永遠に苦しみ続けるのだ。


 けど、自分は信じると決めた。目の前の肉体に宿っていたものと別物だったとしても、自分と言う存在は確かに此処に在る。それで十分だ。それこそが自身の魂が此処に存在している証拠なのだから。


 自分の背後で空間の一部が激しく輝くのが分かる。


 懐かしい光。一時期何度もこの光を見た。だから振り返らなくても何が起きているのか分かる。


「馬鹿だよ…… こんなにボロボロになって」


 嗚咽交じりの震えた声。後ろから伸びてきた白い腕がそっと自分を背中から抱きとめる。広がる温もり。


「いいんだ。これでもうこの世界に思い残すことは無い。俺は君の隣で君が紡ぐ未来を見届ける」

「うん……」


 背中から自分の肩へと預けられる愛の額を感じた。


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