表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/32

Chapter 1 3カ月後 彰人

1


「お父さんの様子はどう?」

「相変わらずだよ」


――俺に興味がないのは……


 彰人は言葉の続きを頭の中だけに押しとどめた。


 部屋に浮かぶウィンドウの映像。交通事故により姉と共に『他界』した母の姿が映し出されている。十年前と変わらない姿。自分の歳は母に追いついていく。


 彰人はその事実が溜まらなく嫌だった。


 母も姉も法律的には死んではいない。だが、母と姉の身体は既に火葬され、この世に無い。その事実は母達が生きているのかどうかを分からなくする。だから以前は母しか知らないはずの昔話を好んだ。けど現在ではそれを通り越して、母と話す事が苦痛になりはじめている。歳をとらない母の姿は、母達がこの世にいない事を否応にも認識させられた。


 『多重理論分枝型生体思考維持システム=フロンティア』。


 ビッグサイエンスが所有する巨大な量子コンピューターが作り出す超解像度仮想空間。


 母と姉はその世界の住人なのだ。


 フロンティアを指す俗称は『他界』『あの世』と、どれも死後の世界を連想させるものが多い。それらは母達の住む世界を象徴している。


「今週末はこっちに来てくれるわよね?」

「ああ、親父はそのつもりでいるよ。多分」


 仮想空間内での月一度の家族の再会。母はそれを何よりも楽しみにしている。けど自分にとっては程遠い。母が生きる世界は全てがポリゴンで構成され、ゲームの中の様にリアリティーがない。同様にポリゴンで構成された人形のような母や姉を見る事が何よりも苦痛だった。


 姉は姉で感じる事が有るのかもしれない。最近はウィンドウ越しに姿を現す事も殆ど無くなった。現実と他界では大きな隔たりがあるのだ。どちらに生きる者も何もかもを受け入れるのは難しい。


 理論上、フロンティアで生きる者は、現実と変わらない解像度でその世界を体験しているとされる。だがそれが真実か自分には解らない。


 何故ならその世界をその解像度で体感できるのは、肉体を捨て、実体のない思考パターンプログラムと化した者のみだからだ。


 自分達のような生身の人間は、それより遥かに低い解像度でしかフロンティアを見れないし、感じられない。


『彰人様。お夕食の用意ができましので、リビングにお来しください』


 ウィンドウから流れた無機質な声。メイと名付けられた『マネキン人形』の声だ。


「悪りぃ、母さん。飯だってさ」


 それだけ言って、母の返事を待たずにウィンドウを閉じる。そして深いため息を吐いた。


  


2



「彰人様、御父様から御伝言があります」


 感情のこもらない声。彰人はローテーションメニューのシチューから、視線をその作り主へと移した。


「全くなんで親父は直接俺に言わないんだ。ったく!」

「お忙しいのではないでしょうか?」

「そう言う問題じゃねぇよ。まぁ、お前に言ってもしかたねぇか」

「申し訳ありません。ご不快にさせてしまいましたでしょうか?」


 淡々と言葉を返す彼女は、驚くほどの美人だ。整い過ぎた顔立に、大抵の女性が憧れるであろう細く白い手足。


 赤外線を捉えるオプションの赤い瞳と、彼女達の特徴である白銀の光を反射するガラスファイバーの髪。それらが人形染みた美貌と合わさって、異界からやって来たのではないかと思わせる雰囲気すらある。


 けど、感情の宿らないその瞳の動きは、酷く不自然だ。なまじ完璧な容姿をしてるが故に、マネキンが家の中を動き回っているようで気持ちが悪い。


 『動くマネキン人形』彼女を一言で表すなら、これ以上ピッタリな言葉は無いだろう。


 むしろ一目でロボットだと分かる容姿の方が良かったのではないだろうか?


 無意識にそんな事を考えてしまう。


「ああ。不快だよ。充電器に座ってていいよ、もう」

「申し訳ありません。ですが私はまだ御父様の御伝言をお伝えしておりません」

「いいよ。後で自分で聞くから」

「申し訳ありません。ですが……」

「あぁっ! 分かったよ聴くよ。聞けばいいだろ?」


 彰人はぶっきら棒に言い放った。


「申し訳ありません。ご不快にさせてしまいましたでしょうか?」


 会話がループする可能性に気付き、深いため息を吐く。


「で? 何?」

「ご来客のようです」

「は?」


 意味が解らず思わず聞き返す。が、その瞬間チャイムの音が部屋に響きわたった。家のセキュリティーとリンクしている彼女故の発言だ。


「出迎いに行ってまいります」

「親父の伝言はよ?」

「優先順位が変わりました。それにもうお話する必要は無いと判断します」


 それだけ言うと彼女は歩きだした。


 再び、深いため息をつく。そしてリビングから出ていく彼女を横目で見送った。それと合わさる様に階段を降りてくる足音に気付く。


 父が下りてきたのだ。そしてその足音はリビングに近付くことなく、玄関へと向かって遠ざかる。


――親父がじきじきに出迎えに行った?


 だとすれば余程のことだ。リビングを素通りして応接間に通す事になるだろう。


 その間に自分はこの部屋を出るように言われる筈だ。玄関から微かに話し声が聞こえる。結構な人数が来ているようだ。



3



 数分後。全く予想外に扉が開いた事に彰人は硬直した。メイなら必ず先に「失礼します」 との言葉があるはずだ。それが無かったとなると扉を開けたのは父だ。彼が客人を直接この部屋に通した事になる。


 開き切った扉の向こうに広がる光景に、彰人は飲んでいた紅茶を盛大に噴出した。


 その様子を見た父が微かに片眉を上げる。


 父の後ろについて歩いてきた少女。メイだ。だがそれと全く同じ容姿の同機種がもう一体横に並んでいる。


――勘弁してくれよ……


 彰人は軽い眩暈を覚えて額に手を当てた。


「彼女を暫く家で預かる事になった。詳しい事はメイに聞いてくれ」


 それだけ言うと父は自分に背を向けた。


「ちょっと待てよ親父!」


 その言葉に父が立ち止まる。が、


「私をその下品な言葉で呼ぶのはやめろと何度も言っているはずだ」


振り返る事すら無く、父はそう言い残し階段の方へと消えてしまう。


――全く何なんだよ!


 全てが嫌になりそうな自分の視界で、メイが自分へと向かって歩いてくる。もう一体は父が消えて行った方向を見つめていた。


「愛様。こちらへ」


 彰人はメイの不自然な言葉に顔を顰めた。メイは自分と同型のヒューマノイドに敬称をつけたのだ。


 その声に促されもう一体が歩いてくる。近づいてくる『それ』に彰人は違和感を覚えた。目線が定まっていないのだ。まるで部屋の様子をうかがう様に瞳が動いている。


 やけに人間染みた動き、逆に言えば自然すぎて、メイを見慣れている自分は違和感を覚える。新型のソフトウェアーがインストールされているのかもしれない。


 彼女はメイの隣に並ぶと、目線を自分に合わせた。


 その瞬間、強烈な何かを感じて彼女から目が離せなくなる。メイと全く同じ容姿。だが根本的な何かが違う。


「今日から暫く、お世話になります。葛城 愛です。よろしくね」


 そう言って微笑む彼女。その笑顔に思わずドキリとしてしまう。


「え……」


 彼女に与えられた美貌に見合った素晴らしい笑顔だった。


「敬語じゃなくていいよね? そのほうが貴方も気が楽だろうし、私の方が一応年上だし」


 その彼女から出た信じられない言葉。思考が混乱を通り越して停止しそうになる。


 マネキン人形が家に居つく生活は、母達が『他界』して以来十年に及ぶ。父が子である自分も含めて家事の一切を、マネキン人形に任せるようになったからだ。メイで既に三機種目。


 だから目の前の彼女がどれだけ異常な発言をしたのかが分かる。


 彼女は他人の感情を勝手に予測した上に、返事を待たずに実行したのだ。


 彰人は呆然と彼女を眺める。


「貴方はニュースとか見ないの?」


 彼女の言っている事が分からない。それ以上に、明らかに呆れた表情をした彼女。その表情がさらに自分を混乱へと誘う。


 一切の違和感が無い表情。しかも、呆れる。怒る。軽蔑する。などの相手を不快にさせる可能性が高い表情を彼女達がする事は無いのだ。そもそもプログラムされていないのかもしれない。使い所を間違えば相手の逆鱗に触れ、クレーム物だ。


「ニュース?」


 混乱した思考の中でどうにか彼女の言葉からキーワードを抜き取り聞き返す。


「私の事知らないんでしょ?」


――聞き取りミスか? 


 反射的にそう判断し


「俺が何時そんな事を言った?」


 とメイにするように突っかかる。


「顔見れば分かるよ。知らないって書いてあるもの」


 予想を遥かに超えた答え。もはや理解の限界を超え、自分が夢を見ているのではないかと思えてくる。人の表情をこれほど的確に読むヒューマノイドが存在する訳がない。有りえない事だらけだ。そんな物が存在したら、世の中は大騒ぎだ。それこそニュースで大々的に報道されるはずだ。


 そこまで考えて彰人はハッとした。


――そう言えば最近、そんなニュースを見たような……


 彰人はただでさえ大きく開いた目を、さらに見開き、愛と名乗ったヒューマノイドを見つめた。


「まさか、君は……」

「解ってもらえたみたいね」


 再び彼女の顔に満面の笑みが浮かぶ。そして握手を求めるように右手が差し出された。


「じゃあ改めて、よろしくね。アキト君」


 彰人はややためらう様にその手を握った。


 満足そうな笑みを浮かべた彼女。その笑みに彰人は日常の崩壊を予感した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ