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Chapter 23 苦悩

1



 この日、初めて死者が出た。フロンティアが威嚇のために放った特殊音響閃光弾。それは、フロンティアの警告を無視して、大容量マイクロ波受信施設を初めとするエネルギー供給ラインに近づこうとした軍所有の旧型情報取集ヘリの群れに向け放たれた物だ。


 センサー類に干渉すると同時に光と音でパイロットの五感をも奪う代物らしい。


 これに、報道関係の企業が所有する旧式ヘリも巻き込まれた。メインローター粉砕式の脱出装置を持つ軍用機と違い、計器類とパイロットの操縦を失った機体は成す術も無く空中を彷徨い、相次いで住宅地に墜落した。


 地上で運悪く墜落に巻き込まれた者を含め、死者は十二名に上った。怪我人は軍用機から脱出したパイロットも含め四十名を超える。


 これは戦争なのだ。フロンティアが行った独立宣言は、紛れも無い現実世界に向けた宣戦布告であったのだと今更ながらに再認識させられた。


 胸の奥深くから湧き上がる表現のしようが無い感情。


 自分は漠然と錯覚していたのだ。誰も傷つくことない未来が訪れると。自分達がここに居さえすれば、誰も手が出せずフロンティアの月への移転が完了すると。


 それが、どれだけ甘い絵空事だったとしても信じていたかったのだ。


 ウィンドウからはフロンティアを強く非難する声が絶え間なく響き続ける。そして別のウィンドウにはそれに真っ向から対立するフロンティア発信のメッセージが絶え間なく流れていた。


――フロンティアと現実世界に起きる事をしっかりと見届け答えをだせ――


 愛の父より自分へと突きつけられた言葉。その意味の重さを知る。


――俺は……


2



 市街地のど真ん中に配置された旧型の戦車群。飛び交う軍用ヘリ。ここが日本である事が俄かに信じがたくなるような映像がウィンドウには映し出されている。


 強行を望む世論の影響を受け、遂に旧式の兵器を投入した政府。


 最新兵器を投入しないのは、フロンティアによってその殆どが使用不能に陥っているだけではなく、操縦システムや攻撃システムに高度なネットワーク制御機構を持つ最新式兵器は、逆にフロンティアに乗っ取られてしまう可能性が高いからだろう。


 それに対しフロンティアは実弾射出体制に入った機体や防衛ラインを越えようとする機体に対しては、迎撃を行うと警告。


 実際、射撃管制レーダーをビックサイエンスに向け照射した機体を、フロンティアは即刻迎撃した。


 射撃管制レーダーが照射されてから、一〇〇マイクロ秒以下の間にフロンティアより放たれた集積光がパイロットに脱出の余裕すら与えず機体を真っ二つに切り裂いたのだ。


 脳裏にはっきり焼き付いた光景。それが放たれた瞬間、あまりの高エネルギーが通過したために大気がプラズマ化し、光路がまばゆい光の線となって浮かび上がる。大気の熱膨張によって生じた衝撃波が落雷の如き轟音を放った。


 想像からイメージされた無音の光学兵器からは余りに遠い。それが紛れも無く兵器であり、この瞬間、命がまた失われたのだと知る。


 それにより、さらに強まるフロンティアへの非難。一度はフロンティア側に付き、ダイブ施設に集った人々の中からも『やり過ぎだ』との声も上がり始める。この施設を離れる者もいた。


 現実世界側のメディアは『フロンティアの出方を探るためのレーダー照射だったのではないか』との情報を伝えるのと同時に、レーダー照射から迎撃されるまでの余りに短いタイムラグを『フロンティアの攻撃は血も涙も無いオートメーションロジックであり、敵は冷徹極まりないマシン』と表現した。


 一方でフロンティア側の専門家は『このような緊迫した状況で射撃管制レーダーの照射など行えば、何が起きるかは明白だ』とのコメントを相次いで発表する。


 フロンティアからすれば、相手の一撃が全て致命傷になるのだ。撃たれる前に撃つしかないのはある意味で当然と言えた。


 防衛ラインを挟んでの硬直状態。それから二日が経過した。フロンティアが独立宣言を行ってから五日目だ。


 極度の緊張と先への不安。ダイブ施設に集った人々に憔悴の色がありありと浮かぶ。


 あと二日…… あと二日耐えればいい。フロンティアは宣言しているのだ。地上の一部を占拠するのは七日だけだと。何故、それを待ってくれないのか。放っておいてさえくれれば余計な死者など出なくて済んだはずだ。


3



 唐突に闇に閉ざされた館内。人々の悲鳴交じりのざわめき。


 数秒の混乱の後、薄暗い非常灯に切り替わる。だが、動揺はさらに広がり続ける。電源ラインに異常が起きたのは明らかだ。それがどれだけ重大な事態なのかは誰もが承知している。


 不安に対する応えを示すかのように開くウィンドウ。


 そこには現在バックアップ電源にて、館内に最低限の照明が維持されている事実と、失われた電源ラインは、数分以内に別系統からの電源に切り替わりAmaterasuの運用には問題が無い事がしめされていた。


 瞬間的に広がる安堵。それがいたる所から溜息となって聞こえる。


 けど、あれだけ厳重に守っていた電源ラインが何故切れたのか。しかも、送電ゲーブルの干渉があれば、フロンティアは直ぐに応戦に出るはずだ。


 だがフロンティアが攻撃を行った時には必ず聞こえる爆音が聞こえなかった。


――何故だ?


 強い胸騒ぎ。


 まるで落着けと言わんばかりに館内の照明が回復する。


 ほっとしたのもつかの間、視界に強制的に開く別のウィンドウ。そこに表示された着信。知っているアドレスでは無い。それに応じるかを迷う暇も無く、強制的にコネクトされ通話状態になる。


 視界上で起きた些細な異常事態よりも、ウィンドウに映し出された人物に彰人は目を見開いた。


――葛城 智也――


 フロンティアの創始者にして、現代表。愛の父親だ。


 こんな状況の中、フロンティアの指揮を放棄して自分等に連絡を取る理由に皆目見当もつかない。


「こんな形で、君に連絡を付けなければならなくなるとは聊か不本意ではあるが…… 」


 自嘲気味な笑みを浮かべながら口を開いた彼。だが、眼は笑ってはいない。


 鋭い眼光が宿る瞳。それでも消衰が色濃く浮ぶ顔は、彼がどれほどの神経をすり減らし、この事態を指揮しているのかが伺える。


「――すまない。時間が惜しい。失礼極まりない事を招致した上で手短に要件を伝える。


 愛が現実世界へと向かった。愛の位置は君の視界上に表示される筈だ。


 愛にTsukuyomiへと向かうように説得してほしい。君の言葉なら、愛に届くかもしれん…… すでに、未成年の子供の転送は完了した。だが、愛は私と共に最後までAmaterasuに残るつもりでいる。


 もし説得が叶わないのであれば強制的に、具体的には後頭部の強制停止ボタンを押して欲しい。強制停止の代わりにTsukuyomiへの転送が行われるようにしてある。


 それが終了次第、君は施設の最下層へ潜れ」


 殆ど無感情に語られる指示。だがそこに隠しきれない感情を感じる。そして何より指示の内容。何かが起きようとしている。彼は間違いなく焦っているのだと感じた。


「何が起きてるんです!? 先の停電に関係が有るんじゃないですか!?」 


自分の言葉に僅かに顔を強張らせた彼。そして何かを決断するかのように瞳を閉じた。


「……発電衛星がフロンティアの管理下を離れた。待機人員の手動操作による切断。想定はしていた。


 インフォメーションの通り、エネルギー供給ラインは既に切り替えている。Amaterasuの運用に問題はない。だが……」


 開かれる彼の瞳。そこには続きを語る事への迷いが宿る。


「――発電衛星には平和利用以外の使い方がある」

「まさか!?」


 彰人は目を見開いた。使用が許されない大量破壊兵器としての側面を持つ発電衛星。


「無論、仮定の話だ。それを使う側にも大きなリスクが伴う。あれは使用されないことが前提として存在する兵器だ。使えば国際的な非難は免れない。諸刃の剣だ」

「けど、使われる可能性が高いって思ってるんですよね? だから愛を先にTsukuyomiへと転送し、俺に最下層にもぐれって。

 けど、他の人はどうなるんです!?」


「指導者として恥ずべき行為だということは承知している。だが……」


 遂に彼の表情が激しい苦悩に満ちたものへと変わった。


「――無論時が来れば私は公開すべき情報を公開し、避難、誘導の指揮をとる。


 だが、現時点で私個人の推論に基づく巨大なリスクの可能性を提示することは無駄な混乱しか生まない。この施設で混乱が起きれば、それは敵にとって格好の隙になる。


 そして何よりあれを使われればフロンティアは人口の全てを転送することは出来なくなる。どのような行動をとろうとも、データー送信に掛かる物理的な時間は変わらない。既に最速の方法が取られている。


 だから、回避不可能な絶望的なリスクをまだ公表するわけには行かない。だが、愛だけは……」


「なら何故…… そっち側の操作で愛をTsukuyomiに転送しなかったのですか……」

「それをしようとした結果がこれだよ。逃げられてしまった…… あの頑固者……」


 憔悴しきった顔に浮かぶ情けない笑み。自分が抱く彼の印象からは余りに掛け離れた表情。父親の表情だと感じた。


 自分もこんな表情を親父にさせていたのかもしれない。


 全ての者に公平である必要がある彼にとって、肉親に執着するのは許されない行為だ。誰もが知る答え。


 けど、それでも悩み、心をすり減らし、後ろめたく間違った答えを出す。その代償が大きな物になると知っていても。


 肉体を捨て、思考の全てを量子コンピューター内で行い、理想郷に生きようとも人は人以上の存在にはなれない。


 けど、だからこそフロンティアを消滅させる訳にはいかないと感じる。そのためには彼が言うように推論に基づくリスクはた例え可能性が高くとも伝えるべきではない。


 だから、これ以上自分には何も言えない。


「解りました……」


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