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Chapter 15 一年後

1


 メイが作る絵に書いたようなレシピ通りの朝食。味は悪くないが、毎日外食している気分になってしまう。十年以上もこんな内容の食事をしていると言うのに、一向に慣れない。


 いや、前にも増して味気なくなった気がする。


 メイの味は決してぶれない。だから、ぶれているのは自分の気持ちだ。


 たった一ヶ月とはいえ、『人』が作る気持ちのこもった料理を食べていたのだ。自分には影響が大きすぎた。


 あの悍ましい事件から一年。愛が、この家に戻る事は遂になかった。


――もう、私に関わらない方がいいと思う……


 ビッグサイエンスの施設。自分から視線をそらし、そう言った愛。


 「そんな事は無い!」と慌てて言おうとした自分の言葉を愛は遮った。


――私ね、明日、フロンティアに戻されることになったの。だから、多分、もう逢うことは無い。住む世界が違ったの。今まで、ありがと。さよなら――


 そう言い残し、部屋から出て行く愛に向かって「愛はそれでいいのかよ!」と叫んだ。


 その瞬間、愛が一瞬だけ見せた表情が頭から離れない。


 須郷は一命を取り留めた。脊椎は砕け散り、多数の内臓が破裂していた須郷。一生、車イスの生活を余儀なくされるだろう。


 けど、同情の気持ちなど一切ない。むしろ、その業を背負う事になった愛が可愛そうだ。


 愛はあの時『身体が言う事をきかない』と言っていた。


 後に分かった事だが、原因は想定を超える損傷によって、肩関節の近くのメイン電源ケーブルがショートし、バッテリーからの電力が直接可動部に流れ込んだのが原因だったそうだ。


 全ては自業自得だ。悪いのは須郷であって愛ではない。実際、愛は法的な罪を問われてはいない。


――けど……


 ウィンドウの中で、ビッグサイエンスの重役たちが、頭を下げる映像。ビッグサイエンスは、須郷に対し一生涯の生活の支援を約束した。やりきれない感情が湧き上がる。


 加熱される報道。無視される前後の因果関係。愛がこの上なく残酷な方法で須郷に重傷を負わせた事実だけがクローズアップされる。


 『国際的に禁止された手法によって誕生したAIを埋め込んだヒューマノイドが、一人の少年を瀕死の重傷にいたらしめました』


 『フロンティア。無人作業ユニットの悪夢、再び』


 ウィンドウに映し出される駆動部が剥き出しになった血まみれの腕。


 その映像に続くのは決まって、愛が嘗てメディアの前で思いを語った時のものだ。


――私は人です。貴方達と同じ人なのです――


 今まで大いしてメディアが取り上げることが無かった愛の思い。それが、最悪の映像と組み合わされ、ウィンドウから流れる。


 情報が捻じ曲がった感情と共に世の中に広がっていく。


 法律を無視した時間に出歩いた事。バイクのシステムアシストを違法に解除した事。家のセキュリティーに干渉した事。全てが裏目に出た。


『一緒にいた少年によって、相手方の少年二人が顔に大怪我を負っていますが、この少年も素行が悪く、トラブルの絶えない生徒だったようですね』


 これと同意味のセリフを報道番組で何度も聞いた。荒れていた時期の自分が起こしたトラブル。それが、当日犯した法令違反と共に繰り返しウィンドウから流れる。


『少年の母親と姉は、十年ほど前に生体脳電子化措置を受け『他界』しているということですが、この事実が少年の行動に影響していた可能性はあるのでしょうか?』


『これが、少年が武器に使用したとされる物です。この鋭い端子は『他界』に接続するために脳にインプラント処置を受けた者が……』


 一号観護措置。通っていた高校は中退。父の強い意向で通信制の商業高校へと編入した。


 外すことの許されないGPS内蔵の腕輪をはめられ、殆ど家から出ない生活を送る自分。それによって、トレーダーの父と顔を会わせる機会が多くなってしまった。父との関係は相変わらずだ。


 それでも、父が社会的な地位や信用が重要な仕事でなくて良かったと思う。そのような職種であったら、父は自分のせいで仕事を失っていたかもしれない。これほどの事件を起こして尚、関係がさらに悪化しなかった事だけでも感謝するべきなのだろう。


 海外から駆け付けた両親の元へ戻ったはずの朝倉。だが、目を離すと発作的に自殺しようとする朝倉は現在、市内の精神病院に入院中だ。


 人に対する激しい恐怖心。特に父親を含め、異性を見ると身体が激しく痙攣する。社会復帰には長い年月を必要とするらしい。


 自分たちは朝倉に何が有ったのかを誰にも話してはいない。大人達にすら。そうすることで、自分達が不利になる事は分かっていても、それを言ってしまったら、自分達が行動した意味すら失ってしまう。


 でも、今じゃそれも解らなくなり始めてる。自分達は何をしたのか。誰も救われてはいないどころか、失ったものが大きすぎる。


――何故…… こんなにも捻じれてしまったのだろうか……


 あの事件によって、フロンティアの名を訊く機会は悪い意味で増えた。お陰で、『生体脳電子化技術』の国際的な使用禁止へと向かう流れが、皮肉にも良く分る。


 決定は一か月後、国際会議にて決議される見通しだ。


 それに伴い最近では、フロンティアの者が起こすメッセージ性の強いハッキング行為と共に、『生体脳電子化技術の用禁止』に反対する『フロンティア内に肉親を持つ人達』の運動が、盛んに報道されている。


 けど、その報道のされ方はフェアじゃない。殆ど異端集団扱いだ。一部の者が起こした暴力事件や、違法行為ばかりを散々報道した後で、合法的なデモ活動を行う集団の映像が流される。


 『現場は異様な熱気に包まれています』


 ウィンドウから聞こえる決まり文句。もう聞き飽きた。


 自分も本来なら、彼等と共に訴えたい。愛が伝えたかったことを伝えたい。今更、異端扱いされても構うものか。どうせ世間は敵だらけだ。


 けど、それすら叶わない。未成年である自分が政治的意図を持つ集団に加わる事は法律的に禁止されている。


 自分には何もできない。そしてあまりにも無力だ。あの日と同じく。


2



 唐突に視界に開いたウィンドウ。そこには『千葉 彰』からのコールに出るか否かを問うメッセージが表示されていた。


 彼ともあれ以来連絡を取っていない。そもそも仲が良かったわけでもない。


 彰人は躊躇いながら、コールに出た。


「まだ、このアドレス使ってたんだな。通じると思ってなかった」


 かけて来ておいて、この一言。ある意味で彼らしい。


「何か用か?」

「お前、前に俺をビッグサイエンスの超解像度ダイブシステムに誘ってくれたの覚えてっか?」

「ああ…… けど、もう一年近くも前の話だ」

「あれ、『考えさせてくれ』って言ったままだったよな。俺も、ようやく決心がついたんだ。連れて行ってくれるよな?」

「え……?」


 返事に戸惑う。自分はあれ以来、携帯端末を使ってですらフロンティアにダイブしていない。フロンティアは愛がいる世界だ。その事実が自分をフロンティアから遠ざけている。


 あんな別れ方をしたのだ。気持ちの整理はまだついてない。


 フロンティアにダイブしたからと言って、愛に会ってしまう確率は低いだろう。そんな事は分かっている。まして、自分と愛の関係は何も特別なものでは無かったのだ。


 なら、自分は何を恐れているのか。解らない。


「じゃあ、土曜、9時に大森駅の北口で待ってる。じゃあな」

「お、おい!」


 閉じられてしまうウィンドウ。なんて強引な奴なのか。


 彰人は消えてしまったウィンドウが有った空間を忌々し気に眺め、深いため息を吐いた。


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