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Chapter 14 捻じれる思い

1



「須郷! お前、朝倉に何をした!?」


 正面から向かってくる須郷に向かってどなる。会話で成るべく引き伸ばしたい。これで須郷が自分の悪行を自慢気に語り始めれば、かなりの時間稼ぎになる。


 自分の言葉に嘲笑を浮かべた須郷と彩香。開かれる須郷の口。


――かかった!


 が、須郷から発せられた言葉は


「やれ」


 の短い一言だけだった。


 自分達を囲む男達が猛然と走り始める。


――まずい!


 咄嗟に愛に駆け寄る。直後、振り下ろされる鉄パイプ。何とか躱わした先端が地面に当り火花を上げる。


――本気か!? こいつ等


 こんなものを真面に食らったらただじゃすまない。当たり所が悪ければ即死だ。


 異様だと感じた。今まで何度も勝てる見込みのない喧嘩はしてきた。けど、そのどれもに言えるのは、相手が死んでしまう可能性があるようなことはしない。当たり前だ。そこまでの覚悟を背負う意味は無い。


「おーおー怖ぇーな、薬中は手加減を知らねぇ」


 須郷の声。


 さらに薙ぎ払われる鉄パイプ。それが腹を霞めた。ダウンのジャンバーが引き裂かれ、羽毛が舞う。


 男の動きに意識を集中する。自分の前に居るのはこいつだけだ。大半の男達が愛へと集中してる。


 途轍もなく嫌な予感がする。


 次の瞬間、聞こえる愛の悲鳴。男へと集中していた意識が愛の方へそれる。


 視界の片隅で振り下ろされる鉄パイプを捉える。意識がそれたために僅かに反応が遅れた。


――避けきれない


 身体を後ろに引きながら、左手を防御のために上げる。喧嘩三昧の日常で利き手を温存する癖が染みついた。


 左腕に感じる激しい衝撃。それが腕から瞬間的に体中へと伝わる。立っている事も困難なほど激しい苦痛。それに歯を食いしばって耐える。


 折られた左腕。それを右手で咄嗟に覆い。後ろへと飛びのく。激しい息切れ。


「押さえつけろ!」


 須郷の声が響き渡る。


 次の瞬間、背中に感じる衝撃。それによって後ろにも敵がいた事実を知る。けど、もう遅い。


 そのまま地面に倒され、うつ伏せに押さえつけられる。折れた腕に走る激痛。


 視界の先で須郷が、口元に笑みを浮かべながら歩いてくる。そして彼の足が自分の頭に乗せられた。


「おめぇらのせいで、俺の人生は滅茶苦茶だ。朝倉以上の地獄を味あわせてやんよ。退学になったんだ。もう、怖い物はねぇ」


 言葉とは裏腹に、一度強く自分の頭の上で押し込まれた須郷の踵はどけられてしまう。


 その言動と行動の矛盾に、より強く感じる不気味な不安。


「貸せっ!」


 須郷は自分の腕を折った男から鉄パイプを取り上げた。その先が自分の顔へと向けられる。殴打を覚悟したが、鉄パイプの先端は地面へとだらしなく着けられた。須郷が鉄パイプを引きづりながら自分から遠ざかる。


 一瞬の安堵。


 が、須郷が歩いて行く先で、愛が引きずられるようにして、無理やり立たされるのが見え、彰人は溜まらず叫んだ。


「やめろ!」


 振り返る須郷。その口元浮かぶ笑み。


「そのままデク人形をしっかり押さえてろよ」


 言葉に反応して愛を両脇から押さえつける男達が姿勢を治す。愛へと真っすぐに向けられる鉄パイプの先。


 必死で身体を動かす。折られた腕へ走る激痛。それに抗い身体をよじる。だが、背中から、がっちりと押さえつけられてしまっているため、ビクともしない。


 鉄パイプを愛に向けたまま、猛然と走り出す須郷。須郷の口から漏れる狂気じみた雄叫びが、彼が本気であることを物語っている。


 この状況下だと言うのに須郷を睨むかのように見据える愛の瞳。


 動く右手を必死に動かし前に進もうとするが、指は虚しく地面を掻きむしるだけだ。あまりに無力な自分。


 響き渡る鈍い音。次の瞬間、鉄パイプはあまりに簡単に愛の身体を貫いた。


「……そ、そんな……」


 愛の身体から引き抜かれる鉄パイプ。貫かれた脇腹から火花を上げ、愛がその場に力なく倒れる。


 倒れた愛を見下ろした須郷。そして口元に残酷な笑みを浮かべたまま、しゃがみ込む。


 須郷の手が愛へと伸ばされる。


――まだ、何かする気なのか!?


 次の瞬間、愛の脇腹の傷に須郷が手を突っ込んだ。ビクリと痙攣する愛の身体。


「あった、これだ」


 言いながら、口元の笑みをさらに強くする須郷。須郷の手が引き抜かれようとする。痙攣する愛の身体は更に強さを増し、抑え込んでいる男達の一人が弾かれた。


「馬鹿野郎が! しっかり押さえてろって言っただろ!」


 男が直ぐさま起き上がり愛を押さえつける。


「やめろ!」


 必死で叫ぶが、彼等は止まらない。


 須郷の手が抜かれるにつれて、ブチブチと愛の身体の中で何かが断ち切られる悍ましい音がする。


 そして、遂に引き抜かれた須郷の手には、つい先まで愛の身体の中に有った何かが握られていた。


「これだ、これ。これのせいで俺等、退学になったんだ。こいつさえ無けりゃ」


 須郷が吐き捨てるように言った。その言葉によって須郷が何をしたのかを知る。


 須郷の手に握られているのは愛の自動記録デバイスだ。


 けど、そのために、ここまでやるのか。


 甘かった。自分はやはり屋上で愛を止めるべきだったのだ。彩香と須郷の執念深さは有名だった。ちょっとしたことした事に逆上し、相手を徹底的に追い詰める。それこそ彼等に、人格を壊された生徒は数多くいるのだ。


 退学になって当然だと思った。朝倉を助けた時には、昂揚感すら感じた。


 けど、朝倉はそれによって、より酷い目に遭い、愛は瀕死の重傷だ。彼等を退学にすることで、彼ら自身を押さえつけていた枷を外してしまった。


 須郷達への憎悪と共に、自分に対するやり場の無い怒りが込み上げてくる。


2


――私はまだ大丈夫


 不意に頭に響く声。その声に目を見開く。


 視界に出現する光のサークル。長い黒髪が光の粒子を纏いながら舞い上がる。何度も見ている光景。さながら、女神の降臨を思わせる美しい光景に目を細める。心を満たしていく安堵感。


――電源ユニットは無傷だから大丈夫。暫く、あの身体には戻りたくないけど。良くも悪くも私はこっち側の人間じゃないの――


 言いながら目を細めた愛。


――今だけは、それが救いに感じるよ

――それより、彰人の腕の方が心配。こんな目に遭わせちゃって本当に…… ゴメン……膝を付き、左腕を手の平で覆った愛。


実体の無い愛の手。けど、確かに触れられている感覚がする。感じる温もり。


 それが端末を通して自分に伝わる幻だったとしても、左腕の激痛がやわらいで行くような錯覚を覚える。


3

 


「まさか、こんなにうまく行くとわね」


 わざわざうつ伏せ状態の自分から見える位置まで歩み出て、嘲笑を浮かべながら言った彩香。


「だな。この女が意外に強情でてこずったがよ」


 言いながら須郷が朝倉の髪を引っ張り上げた。腫れが酷く、表情が読み辛いにも拘らず、はっきりと解るほどの恐怖に顔を引き攣らせた朝倉。


「お前、俺達が朝倉に何したか聞きたがってたよな? 教えてやんよ。朝倉がこんな目に遭ったのは全てお前等のせいだ。こいつも、あのままだったら、日に一万、親の口座からくすねるだけで、快適な学園ライフおくれただろうにな。


 オラ、見せてやれよ! 死にたいほど辛かったって言ってやれよ!」


 須郷が言いながら髪をさらに引っ張り、朝倉を強引に立たせる。そして彼女の袖口を引きちぎった。


 露わになる痣だらけの腕。けど、それ以上に目立つ手首に付いた多数の線上の傷。リストカットの後だ。


「こいつ、意外に強情でよ。抵抗しないくせに、何度殴っても『お前等を呼び出す』ことだけは頑なに拒否すんだよ」

「だから、教えて上げたの。強情な女の追い詰め方。特に育ちの良い子にはこれが良くきくの」


 勝ち誇ったように強調される彩香の笑み。朝倉が目を見開く。


「お願い! 止めて! 言わないで!」


 涙を流し、叫ぶ朝倉。


「あら? でも彼等は聞きたがってるわ。言ってあげれば良いじゃない? あんたが一晩で何人の男と関係を持ったか。誇れるわよ?」

「て、ことだ。十人くらいで回してやったんだよ。もちろん録画しながらな。最後のほうにゃ、泣き叫びながらも感じてたようだぜ? 薬打ったせいかもしんないけどな。

 けど、こいつその日の夜から死のうとすんだよ。だから言ってやったんだ。『お前等を呼び出せば死んでもいい』ってな、じゃなきゃ『お前が乱れる姿をネット上にアップしてやる』ってな」


 腫れ上がり開かない瞼を、これ以上ないくらいに見開き、両手で耳を塞ぎ震える朝倉。自分の中に憎悪が渦を巻いて湧き上がるのを感じる。


 こんな奴等、人間じゃない。


――酷い……


 頭に響く愛の声。


「けど、お前等はこんなもんじゃすまねぇ。特にあのデク人形はな。大分調べたよ。こいつが何なのか。


 こいつ、あっちこっちで自分を『人』だって宣言して回ってるらしいな。けど、化けもんじゃねぇか。どうせ、今も痛覚全て閉じて、気絶したふりして、何処かにとんずらこいてんだろ? え? ひでぇよな、相方はこの有様だってのにな――」


 須郷の言葉に愛が唇を噛みしめる。


――気にしなくていい

――分かってる


「だから、必死で考えたよ。どうしたら、このブリキ人形に苦痛を与えられるか。そんで思いついた。


 こいつも一応女だろ。女、調教すんには何が一番いいのか朝倉で分かったからな。ぶっといのを突っ込んでやんよ。って言っても俺は、機械とやる趣味はねぇ。


 だから、これで楽しませてやんよ。機械でも、きっと痺れんぜ?」


 言いながら、須郷は懐から何かを取り出した。手に握られた警棒のような物体。次の瞬間、柄から先が激しい電光を放つ。警棒型のスタンガンだ。


 バチバチと激しくスパークする悍ましい音を発する警棒を、だらりと垂らし、須郷が愛の身体へと近づいて行く。


――彰人、約束して、私に何が有っても手をあげないで。時期に警察が来る。自動記録デバイスが無くたって、この状況を見れば証拠なんていらない。

――けど!


 あんなものを身体に押し付けられれば愛はただでは済まない。下手をすれば頭部の量子回路が焼けてしまう。


「お、丁度いい穴があんじゃねぇか。最初はこっちからにすっか」


 須郷が、おどけたように言い、鉄パイプによって空いた腹部の傷にスタンガンを突っ込んだ。


 視界上の愛に激しいノイズが走る。自身の身を抱きかかえるように様にして苦痛に耐える愛。限界まで歪められた表情。


 横たわる愛の実体は、ガクガクと震え、関節から煙が上がり始める。


「どうだ? 痺れたか?」

――愛! 愛!

 必死で呼びかける。


――私は、まだ…… 大丈夫…… だから……


 肩で荒い息をしながら、苦しそうに答えた愛。


 が、それに追い打ちをかけるように、須郷が口を開く。


「出力上げて、もう一回いってみっか」


 常喜を逸した須郷の表情。


――ああっ!


 遂に愛の口から悲鳴が上がった。それはやがて断末魔の叫びとなって頭の中に響き渡る。その叫び声は更にひび割れ初め、エフェクトの掛かったノイズ交じりの叫びとなる。あまりの苦痛に目を見開き、身体をよじりながら絶叫する愛。


――限界だ!


 自分の中でどす黒い何かが、激しい渦を巻き湧き上がるのが分かる。


 意志に反して、押さえつけられ、動かない身体。


――何か! 何か無いのか!?


 何だっていい。愛を助けられるなら。こいつ等に、愛以上の苦痛を与えられるなら。そして気づく。自分が武器になりそうなものを身に着けている事に。


 彰人は耳にはめてあったデバイスを乱暴に引き抜いた。


 視界が激しいノイズに覆われ、愛の姿から立体感が失われる。同時に視界に右脳への接続が絶たれた事を知らせる警告メッセージが表示されるが、それを無視して、鋭く尖ったデバイスの端子が指の間から突き出るように握り直す。


 それを力いっぱい、自分を押さえつける男の靴に突き刺した。


 その瞬間、聞こえる短い悲鳴。


 自分を押さえつける力が緩んだ瞬間、身体をよじる。途端に左腕にはしる激痛。だが、それを遥かに上回る怒りが、身体を突き動かす。


 身体を起こすやいなや、自分を押さえつけていた男の左頬を力いっぱい殴りつけた。指の間から突き出た針が男の頬を切り裂く。


 先とは比較にならないほどの、耳障りな悲鳴を上げた男。だが、知った事ではない。


――こんな奴等、どうなったて構わない


 かみ締められた奥歯の間から、うなり声となって漏れる憎悪。それを開放するかのごとく彰人は叫んだ。


「須郷ぉぉぉぉぉぉ!!」


 須郷は振り返り、片眉を僅かにを上げたが、直ぐにまた人を小馬鹿にするような表情を浮かべた。


 須郷との間に数人の男達が立ちはだかる。


 最初に向かってきた男に、砂を蹴り上げ浴びせる。顔を手で覆い、動きの止まった男。その無防備な後頭部目掛けて、蹴り上げたままの足の踵を叩き落とした。


 鈍い音と共に無様な悲鳴を上げ、地面に顔から突っ伏す男。その男の頭を踏み台にし、さらに次の輩に飛び掛る。


 引き絞った針の突き出た拳を相手の鼻の下目掛けて突き出す。


 愕然とした表情で目を見開く男。


 だが、もう止まりはしない。拳は男の口を直撃する。さらにそのまま拳をなぎ払うように振り切った。歯茎にまで突き刺さったチタン合金の端子が、相手の唇を引き裂く。


 次の男が倒れたことによって、再び見える須郷の姿。


 遂に愛の身体からスタンガンを引き抜き、身体ごと自分に向けた須郷。その彼に向かって一心不乱に突っ込む。


「おおおぉぉぉぉっ!!」


 呪いを込めるかの如く咆哮が口から発せられ、引き絞った拳が須郷に向かって打ち出される。その刹那に薙ぎ払われたスタンガン。


 拳が通過する寸前をスタンガンが掠め、自分の拳が須郷の顔面を捉える。


 ……はずだった。


 彰人はありえない光景に目を見開く。スタンガンが薙ぎ払われた瞬間、おぞましい光りを発する柄から先が、倍以上に伸びのだ。


「なっ!?」


 須郷のスタンガンが自分の手首を直撃する。その瞬間全身を這い回るような激しい衝撃を伴った苦痛が貫く。全身の筋肉が意思を無視してのたうち始める。


 たまらず顔から地面に突っ伏す。直ぐに起き上がろうとするが、身体は依然として痙攣を続け言うことを効かない。


「いいだろ? これ。単純な仕組みなのにな。殆どの奴が間合いを読み間違えんだ。お前のように」


 顔にいやらしい笑みを浮かべ、電源の切れたスタンガンの長さを、さながら警棒のように戻した須郷。


「――にしても、派手にやってくれたな。予想以上だ」


 頬と唇をそれぞれ引き裂かれ、悶える男達を見下ろし、須郷は満足気に笑みを浮かべた。


「一方的なリンチと、不良同士の抗争じゃ捕まった後の展開が違うんだよ。こんだけやってくれりゃぁ、十分以上だ。重傷者の数はこっちの方が上だ。


 お前の事も調べたよ。前の学校じゃ相当暴れたらしいな? え? 偉そうに、お前もこっち側の人間じゃねぇえか。格好つけやがって!


 全て計算済みなんだよ。馬鹿が!


 このブリキ人形は死にさえしなければ、器物破損扱い。朝倉は何も言えない。


 だろ? 朝倉」


 須郷の言葉に朝倉の身体が再び震え始める。


「知ってか? レイプ実証すんにはな、それこそレイプ以上の屈辱を味わうんだってよ。何人もの人間が見てる前で、又おっぴろげて精液の採取。その無様なさまを証拠として録画されるんだと。証拠品として下着の提出まで求められるって話だ。


 それでようやく証明されんのは何だと思うよ? 『私は、十人以上の男に犯された女です』って証明されんだ。


 そんな思いしたくねぇだろ? 朝倉? あ? それとも快感だったか?


 もっとも、お前が喋ったら、俺の仲間があの動画ネットにアップすっけどな」


「……いや! やめて!!」


 耳を塞ぎ、身体を激しく震わせる朝倉。


 須郷はまるで現状が可笑しくて溜まらないと言うように、下品な笑い声を上げた。


「たまんねぇ! マジでたまんねぇ!」


 言いながら尚も笑い続ける須郷。その手に持たれた警棒が再び、激しくスパークし始める。


「ブリキ人形の反応は、単調でつまんねぇ。お前はもっと楽しませてくれるだろ?」


 須郷をにらみ付ける。身体は依然として痺れ動かない。


 須郷の左手が迫り、自分の頬を鷲づかみにした。スタンガンの先がまっすぐに口へと向けられる。


「オラ、口を開け!」


 頬を掴む須郷の手の力が増す。おぞましい光りを放つ警棒が自分へと迫る。常喜を逸しった須郷の笑み。


 スタンガンが口へと捻じ込まれるその刹那。須郷の動きがピタリと止まった。


「サセナイ」


 罅割れた合成音。それでも愛の声だと気づく。見れば愛は須郷に背中から抱きつくようにしがみ付いていた。


「離せ! オラ!」


 須郷が身を捩る。再び伸ばされる警棒。


「そんな状態でそれを使ったら、お前も感電すんぞ……」


 痺れの残る口を何とか動かし、須郷をけん制する。動きが止まった須郷。だが、他の男達が、すぐさま愛の身体を鉄パイプで殴打し始める。


「愛!」


 叫ぶのと同時に、震える身体を動かし起き上がろうとする。が、別の男に背中から押さえつけられ、再び顔を地面に打ち付ける。


「おめぇら、解ってんじゃねぇか」


 須郷の顔に戻る下劣な笑み。


 愛の皮膚が剥がれ落ち、セラミック骨格が露出し始める。見ていられない。それでも愛は動かない。


「ゼッタイニ、ハナサナイ」


 須郷を抑える愛の腕が腹部に食い込んでいく。遂に苦悶の表情を浮かべた須郷。


「は、離せ!」


 振り下ろされた鉄パイプの一つが、愛の露出した肩の稼動部に深く食い込む。その瞬間、バチッと肩の関節から火花が上がった。


 だが、愛の腕は勢いを増し須郷の腹に食い込む。


「ガハッ!」


 胃を締め上げられたせいか、嘔吐した須郷。その手からスタンガンが落ちる。


「愛! もういい! 十分だ!」


 彰人は叫んだ。このままでは須郷が危ない。


 だが、愛の腕はさらに食い込んでいく。


 須郷の身体は遂に痙攣し始め、吐瀉物と共に口から泡を吹き始めた。


「愛! もういいんだ!」


 損傷した肩の関節から激しく火花を散らし、その先に続く全ての関節から煙が上がり始める愛。


 返ってくるヒビ割れた雑音。愛が何を言っているのか解らない。さらに食い込む腕。須郷の身体から骨が軋むような異音がし始める。須郷の意識は既に無い。


「愛!」


――ダメ…… カラダガ、イウコトヲキカナイ……


 歪んだ声が、頭の中に響き渡った。


 次の瞬間、口から大量に吐血した須郷。


「いやぁぁぁぁぁ!!」


 彩香の叫び声。


 自分を押さえつける男の腕の力が緩む。そのタイミングを逃さず男を突き飛ばすようにして起き上がり、須郷の腹に食い込んだ愛の腕を引っ張る。触っている事が困難なほど異常な熱を帯びた腕。それが万力の如き力で須郷に食い込んでいく。


 自分一人の力では到底どうすることも出来ないように思えた。


「おい! 誰でもいい! 愛の腕を引っ張れ、このままじゃ!」


 男たちが互いの顔を見合わせる。うち一人が強張った顔を横に振り、後ずさりし始めた。そして、踵を返すかの如く走り出すと、後は蜘蛛の子を散らすかのように全員が逃げ出していく。


 残された彩香は呆然と立ちつくしている。


「おい、手を貸せ!」


 彩香に向かってどなる。


「いや…… こんなはずじゃなかった…… 私のせいじゃない。私は悪くない。私は…… 違う……」


 眼を見開き、激しく首を横に振った彩香。


 夜の公園に響き渡る絶望的な音。固い何かが粉砕されたような異音。須郷の上半身が有りえない角度で愛の腕から垂れ下がった。


4



 ほんの僅かに期待した未来。愛の望み。全てが音を立て崩れ去り、闇へと飲み込まれていく。


 響き渡るサイレンの音。大人たちの叫び声。


 合法的に切断される愛の腕。制服を着た大人達によって引きずられていく自分。駆け付けてくれた千葉の唖然とした顔。


 全て遅すぎたのだ。何もかも。


――ゴメン…… ゼンブ…… ワタシノセイダネ…… ダカラ、モウ……


 強さを失った雑音交じりの歪んだ声は途中で途絶えてしまう。


 視界には愛とのリンクが切れた事を知らせる通知だけが、ことさら鮮明に浮かんでいた。


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