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Chapter 10 深夜


1


 薄暗い部屋で一際明るく輝くウインドウ。彰人は横になった体制でそれを眺めていた。


 最近は眠れないことが多い。自分などが考えても仕方ない事を永遠と考え続ける。それは愛の影響だろう。


 自分一人では到底どうにもできない流れ。けど、愛はそれに一人で立ち向かっている。正直見ている方が辛くなる事が多々あるほどに。


 生体脳電子化技術の使用禁止。この流れは愛がどう頑張っても止められないと感じる。一人の少女がどうこう出来る問題ではないのだ。


 その先にある未来。それはフロンティアと現実世界の戦争。いや、一方的な虐殺か。


 彼等に対して現実世界の人々は神にも等しい力を持ち、その意思ひとつで世界そのものを消し去れる。そこまでしなかったとしても、ネットワーク自体を物理的に遮断すれば、彼等は現実世界に何も出来ない。


 実際、フロンティアのネットワークは厳しく管理されていると言う。それは過去に作業ユニットを用いた抗議活動が度々起きたからだ。


 それらは自分達を雇用する会社に対しての不満だったり、現実世界への不満だったりと些細なものだ。皮肉な事に彼等の活動が『生体脳電子化技術の使用禁止へと向かう流れ』を加速させる結果となった。


 人の数倍もある巨体。油圧ポンプによって駆動する鋼鉄の腕を持ち、数トンの瓦礫を片手で持ち上げるような存在が、列を成して街を練り歩く。響き渡る電子音声の怒号。


 それが当時の人達にとってどれほどの恐怖だったのか。


 国際会議の場で読み上げられた議題提示文章。そして保険適応の取り消し。


 世界が急速に生体脳電子化技術の使用禁止へと向かう中で、政府は大規模なデモ活動を阻止する目的でフロンティアのネットワークを管理する法律を制定した。


 それは実質的な隔離だ。現に、その後フロンティアの存在は急速に世間から忘れられて行った。


 けど、それでも、彼等は自分達が黙って滅びるなど受け入れはしないだろう。


 滅ぼそうとすれば、例え神であろうとも牙をむく。到底勝てないと分かっていても。


 けど、希望もある。それは愛を現実世界へと導いたテクノロジー。そして、愛の父が開発している仮想空間と拡張現実の双方を用いて、フロンティアの者と現実世界の者を同一空間に繋げる技術。


 双方ともまだ課題は多い。けど、完成すれば現実世界とフロンティアの境目は限りなく薄れるだろう。


 愛を現実世界へと導いたテクノロジーは、双方の世界に互いが自由に出入りする事を可能にするものだ。


 そして、愛の父が開発するシステムはある意味でその究極だ。フロンティアを現実世界に融合させるものなのだから。


 愛の父を初めとする技術者の『思い』を強く感じる。


――フロンティアは医療システムだ。現在の医療で生きる事が困難な者にとっての希望であって欲しい――


 彼等はそこを目指して研究を続けている。


2


「まだ、起きてる?」


 不意に聞こえた愛の声。同時にウインドウが、ホームネットワーク内からのアクセスを知らせるものへと切り替わる。


「ああ……」

「ねぇ、そっち行ってもいい? ちょっと相談に乗ってもらいたい事があって……」

「今からか?」


 言いながらウィンドウの時計を確認する。時刻は午前一時を過ぎたところだ。


「だめ?」

「別に構わないけど…… 何か……」

「なんか?」

「その…… 不純じゃないか?」

「ちょっ! ちょっと変な勘違いしないでよね!?」

「違っ!」

 思わず叫ぶ。


「なんかあったら責任とってもらうんだから」

「責任?」

「フロンティアへ強制連行。それしか責任取れないでしょう?」

「げっ! てか、いつの時代の話してんだよ! いまどき責任なんて!」

 わめくように言った自分に愛が笑い出した。


「冗談だって、信用してる。でも、やっぱり彰人って面白い。変な所、純情って言うか」


 自分がからかわれていたことに気付く。


 彰人は深いため息を吐いた。


3


 自分の隣でベットに腰を下ろした愛。予想以上に落ち着かない。今更ながらに、何故、勉強机に備え付けてある椅子に座る様に指示しなかったのかと悔やまれる。


 可愛らしいピンクのパジャマに身を包んだ愛。おまけに、僅だけど石鹸の香りまで漂わせている。


 これでは意識するなと言う方が無理だ。自分でも視線が泳いでいるのが分かる。


 彼女の行動の全ては可能な限り人に近いのだ。『必要が有る無い』の問題ではないのだと言う。だから、汗をかかなくても頻繁に着替え、入浴すら毎日行う。


 自己洗浄はメイも行うが、それは月に一度シャワーを使う程度だ。


「ねぇ、聞いてる?」


 不意に視界の先で愛の手が降られる。


「え? ああ…… 悪い、なんだっけ?」


 自分の反応に僅かに頬を膨らませた愛。慌てて言い訳しようとするが、言葉が出てこない。


 愛はそんな自分を見て溜息をついた。


「この前助けた子、覚えてる?」


 愛が話を先に進めてくれたことにホッとする。


「忘れたくても忘れらんねぇよ」

「そっか、そうだよね……」

「それで?」

「あの子、最近学校に来てないの。もう一週間くらい」

「……え?」

「先生に聞いたら体調不良だって言ってたけど。何か……」

「先生が体調不良だって言うなら、そうなんじゃねぇか? 別に彼女もあの後、クラスに馴染んでないような事は無かったんだろ?」


 大抵の虐めの場合、虐められる方にも原因がる。けど、彼女『朝倉 春奈』は違う。もともとは生徒会の役員を務めるほどの人物だ。


 事の発端は彩香が生徒会の決め事が気に入らないと因縁を付けたのが始まりだったと言う。


 朝倉はそれに対して毅然とした態度で臨んだ。だが、それが裏目に出たのだ。相手が悪すぎた。


 後はお決まりパターンだ。見て見ぬ振りをする友人達。相談をされた教師すらも、『決定的な証拠がない』などと言い、のらりくらりと逃げる始末だ。


 やがて友人達は、巻き込まれるのを恐れて彼女から遠ざかる。孤立していく。


 そして虐めは日常になり、誰も気にも留めなくなった。


「それなら良いんだけど…… 良くない噂を聞いて……」

「噂?」

「学校の帰り、春奈が須郷や彩香達のグループと一緒にいるのを見たって……」

「有りえるな……」

 あいつらなら、そこまでする可能性は十分にある。むしろあの場で終わった事が不思議なぐらいだ。


 彼等の恨みの矛先は間違いなく自分達だろう。けど、自分達は浮遊車両で登下校を行っているのだ。外出だってここ一カ月、ろくにしていない。つまり彼等には自分達に手をだせない。


 朝倉を待ち伏せしたとなれば、それは腹癒せだ。そしてもし、それが『彼女が一週間も学校を休んでいる事』と関係があるのなら、事態はかなり深刻だと言う事だ。


「どうしよう……」


 いつになく弱々しい声が愛から漏れた。


「どうするって…… 今のままじゃ、何も出来ないよ。情報が未確定過ぎて」

「そんな」

「変な気起こして勝手にまた暴走すんなよ? 何もしないって言ってる訳じゃない。情報が未確定過ぎて何も出来ないって言ったんだ。


 まず、その噂が本当なのか解らない。本当だったとして、それが『彼女が一週間も学校休んでる理由』なのか分からない。


 あいつ等はすでに退学になってんだ。後出来るのは警察に通報するぐらいだろ。けど、それにはやっぱり証拠がいる。


 それに、一週間も学校休んでんなら親が流石に不信に思うだろ? 彼女のような優等生を持つ親なら尚更。


 子共に興味が無い親でも無い限り、何かしらの行動起こすだろ。悪くても、無理やり学校に行かせるなり何なり


 だから、情報集めの意味も込めて、朝倉に連絡とってみれば? 学内ネットワーク経由すれば、個人端末のアドレスわからなくてもSNSは届くんだからさ」


「そうだね……」

「本当にくれぐれも勝手に暴走すんなよ? 相談にはいくらでも乗る。何時だってかまわない。どうせ寝れないし。


 それと、どうしても無茶しなきゃ行けない時は、俺にも参加させろよ?」


 愛が目を見開く。そして僅かに微笑んだ。


「ありがと……」

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