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Chapter 8 AI


1



「良かった、ここにいた」


 不意に背後から、それもかなり耳元に近い位置で話しかけられ、彰人は


「オワッ!」


 と悲鳴を上げた。


「何もそんなに驚かなくたって……」


 呼吸を整えつつ振り返り、思いの他、愛と自分の間に距離が有る事に気付き混乱する。


「いや、何か耳元に気配を感じた気が……」

「ごめん」

「え?」


 不意に謝れてしまい、更に混乱する。


「声に指向性を持たせたの、フロンティア内の『思考伝達』と同じような使い方が出来ると思ってたんだけど。微妙に違うみたい」


 愛の言葉に、メイにもそんな機能があった事を思い出す。けど、それをメイが使用することは滅多にない。


 この機能が最も活躍するのは雑音がひどい場所だ。イベントホールなどに配置されたヒューマノイドが多用する。


「学内ネットワーク参照したらオフラインになってたし、先に帰ったんだと思った。門の外に出るのに大変な思いをさせたんじゃないかって心配だったの。だから、良かったここに居てくれて」


 言いながら僅かに微笑んだ愛。


「ああ、悪りぃ、端末壊しちゃったんだ」

「え?」

「落とした挙句に、踏んづけた」


 言いながら僅かに愛から視線をそらす。愛の瞳を見ていると、心が読まれてしまうような気がする。


「何それ」


 愛が噴出した。


 小さなウソがばれなかった事にホっとする。


「笑い過ぎだ」

「ゴメン、ゴメン。意外にドジって言うか。なんかやっぱり可愛いところがあるなって思っちゃって」


 その言葉に思わずムッとなるが、ムキになって反論すると、よりからかわれてしまいそうなので話題を変える。


「で、朝と同じように迎えは来てくれんの?」

「うん。さっき迎えを呼んだから、十分もたたずに来ると――」


 言いながら、辺りを見渡すように視線を走らせた愛の言葉が途中で途切れた。


「ねぇ、あの子達、いつごろからあそこに居るの?」

「え?」


 不意に話題が変った事に戸惑いつつ、愛の視線の先を追う。そこには数名の女子生徒の姿があった。


「俺がここに来て、わりと直ぐに来たから、一時間前後ってとこかな? なんで?」

「あの子達、私のクラスの子なの。ちょっと気になってて」

 愛の言葉に女子生徒達に意識を集中する。


 女子生徒達の立ち位置に感じる違和感。一人が壁際、残りはそれを囲むように立っている。


 そして気づく。囲って居る側の女子生徒の中に、学年の違う自分でも知っているくらいたちの悪い奴がいることに。彼女、『瀬田 彩香』もそうだが、その彼氏、『須郷』がより厄介だ。


 強烈に嫌な予感がした。関われば、この上なく面倒な事になる。そしてそれは、これからの愛の学校生活に大きな影響を及ぼすだろう。


 愛は女子生徒達の方へ真直ぐに身体の向きを変えた。そして歩き出そうとする。


 彰人は咄嗟に愛の手を掴んだ。


「関らないほうがいい。分かるだろ?」

「見過ごせない」


 愛が手を振りほどこうとする。彰人はさらに手に力を込めた。


「あっちでは、それでも何とかなって来たのかもしれない。でもここじゃ違う! ここでの君は――」


 彰人はその先を慌てて飲み込んだ。


「分かってる。それに、それは向こうでも同じ――」


 愛の手が遂に振りほどかれる。


「向こうの世界でも、私を『人』と認めてくれない人は大勢いる――」


 愛が振り返った。


「だからこそ私は…… 私は、自分を『人』と信じたいから、人として間違ってると思う事をしたくない」


 その瞳に宿ったあまりに強い意志に言葉を失う。これ以上、彼女は何を言っても聞き入れないだろう。そして何よりも間違っているのは自分だ。


 愛が踵を返し、女子生徒達のほうへ歩いて行く。


「あーもう! どうにでもなれ! また転校だよ! クソっ」


 彰人は叫ぶと、愛の後を追った。


2 その夜



「擦過傷が七箇所。打撲が十二か所。外観から判断できるのはこれが限界です。彰人様、病院に行かれた方が良いのではないでしょうか?」

「必要ねぇよ」

「ですが」

「必要ねぇって言ってんだろ!」


 言葉に感情を乗せたために、力んでしまい相手の蹴りが炸裂した腹部が、ズキリとい痛む。彰人は思わず


「痛っ」


 と呻いた。


「ゴメン……」


 と愛。


「ああ、散々だ。たくっ!」

「ゴメン……」

「だいたいにしろ、教師を呼ぶなり、何なり、他の手があっただろ」

「それじゃダメ。あの場は何とかなったかもしれない。けど結局、彼女は次の日から、違う場所で同じ目に合う。標的が私に移らなければ意味が無い。そう思った」


 その言葉に彰人は深いため息を吐いた。昨日から溜息ばかりだ。


「自分が犠牲になるってのも結構な事だけどさ、俺を巻き込むな! 


 今の学校じゃ、問題を起こさないように何とかやって来たんだ。けど、お前のせいで一歩間違えれば、また転校になってたとこだ」


 予想通りの展開だった。囲まれていた女生徒を助けるべく、輪に割って入った愛。一しきり揉めた後、例の彼女『綾香』は須郷を呼んだ。見るからにヤバそう輩を引きつれて現れた彼。


 こうなってしまえば、泣き叫ぼうが土下座しようが行き着く先は一緒だ。この場で二、三発殴られて、今日が終わったとしても、明日の授業が終わるころに彼等は教室の出口で待ち伏せするだろう。そんな毎日が続くのだ。


 応戦して勝てたとしても同じだ。日に日に待ち伏せする人数が増えるだけだ。


 どちらも結果が同じなら、黙って殴られるなど御免だ。


 胸倉を掴まれた瞬間、先制を決めるべく右腕を引き絞った。だが、その拳は打ち出される前に愛に掴まれてしまった。


「絶対に手を出しちゃダメ!」


 そう言った愛。唖然とし、彼女を見る。だが、その瞳に宿るあまりに強い光にそのまま動けなくなってしまった。


 後はタコ殴りもいいとこだ。愛が呼んだ浮遊車両が上空に現れなければ、この程度のでは済まなかったはずだ。


 けど、結果としてそうなった事が、彼等を退学にまで追い込んだ。愛が自らの自動記録デバイスのデーターを学校に提出したのだ。


 ヒューマノイドが持つ自動記録デバイスの映像は、監視カメラ同様、強い証拠能力を持つ。


 愛のデバイスには、女子生徒達の恐喝の証拠と、後から来た男達の暴力の全てが記録されていた。それらの行為は、学則に照らし合わせれば確かに一発退学だ。


 別れ際に彩香と須郷が見せた張り付くような視線が頭から離れない。両方とも執念深くて有名な奴だ。


 けど、退学になった彼等と自分が関わる事は、もう無いだろう。


「本当にゴメン…… 屋上であの子を見かけた時、『何とかしなきゃって』そればっかりで彰人の事、全然考えてなかった。


 『人として間違ってると思う事をしたくない』なんて言っておいて、結局、彰人を巻き込んで…… この家に居候してるだけでも彰人には大変な思いさせてるのに……


 私、間違いだらけだね……」


 愛の瞳が伏せられる。


「申し訳ありませんが、御父様がお呼びですので行ってまいります」


 メイが立ち上がった。


「ああ……」


 リビングから出ていくメイを横目で見送る。要件は目に見えてる。今回の一件に対する父の嫌味を携えて、彼女は戻ってくるだろう。


 伏せられたままの愛の顔。言い過ぎたと感じた。彼女は間違っていない。


 けど、言葉が出てこない。


「ああ言う場面には慣れてんだ……」


 彰人は、絞り出すように言った。


「え?」


 愛が驚いたように顔を上げる。自分でも何を言い出しているのか? と思ってしまうが止まらない。


「御袋や、姉が『他界』して、親父とはこんな状況だ。荒れるなって方が無理だろ。だから、喧嘩三昧だったよ。問題を起こすたびに親父は俺を強制的に転校させた。


 今の学校じゃ、確かに今までうまくやってきたつもりだったけど、でもやっぱりその内同じことを繰り返してたかもしれない。


 俺は愛みたいに強くないから、自分が辛いのに『正しく生きる』なんて発想が無かったんだ。周りの人に当り散らして、それで満たされないって解ったら。今度は色々な事に目を背けるようになった。


 最近じゃ、御袋や姉ですら、まともに話す気になれない。だから、親父を遠ざけたのもきっと俺だ。


 今回もそうだ。間違ってるのは俺だ。愛は間違ってない。正しい事をしようとした。


 巻き込まれたってのも、擦り付けたかっただけだ。嫌だったら、あの場から黙っていなくなれば良かったんだ」


「でも、彰人はそれをしなかった。ありがと……」


 愛はそう言って僅かに微笑み、続ける。


「私、嬉しかったんだ。彰人が来てくれたって解った時、凄くうれしかった。彰人の家を選んでよかったって心からそう思った。


 向こうの世界でも私を『人』として、認めない人は多くいる。ましてこっちの世界じゃ、こんな身体だから。


 ……覚悟はしてたはずなのに。


 けど、彰人は私を『人』として見てくれてる。私を心配して付いて来てくれた。だから、嬉しかった。


 彰人は私を強いって言ったけど。全然そんなことない。


 この家を選んだのだってここが椿の家だって知ってたから……」 


「え?」


 愛の言葉に思わず目を見開く。椿は自分の姉の名だ。


「椿は私にとっては親友。私がどういう存在なのかを知っても彼女は何も変わらなかった。彰人と同じように。


 だから、ビッグサイエンスから渡されたホームステイ先リストの中に此処を見つけた時、此処しかないって思った。


 本当はビックサイエンスの施設にずっといるべきだったのかもしれない。私が出歩けば色々な人に迷惑が掛かるから……


 ビックサイエンスの人にも大分無理を言った」


 愛の瞳に宿った強い憂い。


 彰人はやや躊躇いながら口を開いた。


「なぁ、愛は何故、こっちの世界に来ようって思ったんだ? こっちの世界に来ようとさえしなければ、愛は向こうの世界では普通の『人』でいられたんだろ?」


 愛は頷いた。


「確かにそう。でもそれじゃ、自分にウソをついてる気がして……


 私ね、父と母が真実を話してくれるまで、父と母が本当の親だって知らなかったの」


「え?」


 愛の言葉の意味が解らず混乱する。そんな事が有りえるだろうか。


「フロンティアでは親子の間に血の繋がりが有るのは稀なの。


 向こうの世界じゃ子共が出来ないでしょ? だから、血の繋がりがあるのは親子そろって不幸に巻き込まれてフロンティアへ渡ってきた場合だけ。


 殆どの場合は幼少期にフロンティアへ送られてきた子を引き取って自分の子とするの。だから自分も、そうなんだってずっと思ってた。


 だからね、出生の由来が人工だった事実よりも、自分が父と母の本当の子であることが嬉しかった。


 私を生み出したテクノロジーには、父と母のフロンティアに対する思いが込められてる。


 けど、父と母の思いは届かなかった。


 私がこの世界に来た理由は、『私と言う存在』を知ってもらうため。それがフロンティアを知ってもらうことでもあるし、使用禁止となったテクノロジーがフロンティアにとってどれだけ大切なものかを訴える事に繋がる。そう、思った。


 私は父を初め、フロンティアの思いを背負って現実世界へ行くと決めた……


 でも、それはただの建て前なのかもしれない。私はただ、父や母が生きた世界を見たかっただけなのかもしれない。そんな気がする」


 僅かにうつむき加減で思いを語った愛。少しだけ愛が背負っている物が何なのかが分かった気がした。


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