4 第二工程にシチュエーション・謎を追加
さて、第一工程でオリジナリティーを出せなかった人は、どうにかして第二工程でオリジナリティーを出さなければいけないということになるだろう。そして、まさにこの工程で、魅力的なシチュエーション・謎に持っていかなければならないのだ。これがなかなかしんどい。
第一工程で完成したのは、一例を挙げれば、次のようなものだろう。
「犯行推定時刻では不可能とされているが、実際には犯行推定時刻より以前に殺人は行われていたので可能」
このようなものを「トリックの着想」と呼ぶことにしよう。
これを具体化してゆく、シチュエーションを作り出してゆく作業が第二工程であることはすでに記した。
問題は、これを物理的・心理的に「合理的にしてゆく」作業と、「魅力的なシチュエーション・謎に仕立ててゆく」作業の二つをバランスよく同時に行うことである。
①物理的・心理的に合理化してゆく
②魅力的なシチュエーション・謎にしてゆく
以前、記したように僕は「意外な真相をつくってから、それを合理化してゆく」創作法を選んでいる。
この場合も、魅力的なシチュエーションや謎をつくってから、合理性が足りなければ、シチュエーションや謎を変える。つまり、リアリティーに妥協する。しかし、リアリティーはあるが、面白いシチュエーションや謎が失われてしまうのなら、いっそのこと、非現実的でもいいと思っている。
僕の創作法では、この第二の工程が終わると、その後は「ロジックの用意(手がかりの配置)」と「真相が分かった後につじつまの合うような事実を追加する」ことに進むので、トリックそのものは、第二工程を終えると、ほとんど完成という話になる。
だからその時には、謎も大方出来上がってしまうので、その後になってから首なし死体や、見立て殺人といったシチュエーションを追加しようとしても遅い。いや、トリックに支障が無ければ追加も出来るのだが、できない場合の方が多いわけだ。
もしも、密室殺人のトリックを作ってから「首吊り死体」を「首なし死体」に変えようと思いついたら、犯人が密室トリックを使おうと思った動機自体に問題が出てしまうことがある。首吊り死体ならば、自殺に見せかけようとしたのだとすぐに分かるが、首なし死体では、自殺に見せかけようとした訳ではないことが分かってしまう。
これはホワイダニット(動機)の問題なので、犯人側に何らかのハプニングがあったという方向に持っていくか、それとも、そうすることで意外な利益があったとするのか、なのだが……どちらにしても、首なし死体一つ追加するだけでも、これだけの変更を余儀なくされるのである。
だから、トリックが確定してから、シチュエーションを変えるのは難しい。
第二工程では、トリックをつくりながら、シチュエーション・謎の設定も行うようにしている。
ちなみに、この作業を怠ると、つまらない作品になってしまう危険性がある。
例えば「犯人は二歳児」だったという、ど派手な真相を用意していたとしよう。(相変わらず、極端な例だが)そうして、その為に細かい設定まで詰めて、ようやくまとまったとしよう。
これだけ緻密に練った上、真相は衝撃的なのだから、名作になること間違いなし、と思ってしまう。しかし、謎やシチュエーションをまるでひねっていなかったから、その作品はこんなあらすじにしまったのだった。
あるマンションに住んでいる三人家族。父親は三十代の会社員。母親は育児に専念している。二歳の子供は元気に育っている。ある日、父親が帰宅すると、母親は死んでいた。犯人は誰だろうか。
真相を知っている者からすると、勝手にワクワクしてくるが、何も知らない読者は、なんて地味な事件なんだ、と思うだろう。
真相は意外だけど、シチュエーションや謎は地味。こんなことになってしまう。
何にせよ、この第二工程では、シチュエーション・謎も同時に考えて、盛り上げてゆかないと、真相は上手くいっても、まったく謎やシチュエーションに魅力のないミステリーにできあがってしまう。
つまり、シチュエーション・謎の理想にすり寄せながら、さらにトリックの方も合理的にしてゆくという作業となる。
その時には、トリックが合理的になってしまったら、もうあまりシチュエーション・謎の変更の余地がなくなるので、おおよそ、次のような順番で作るようにしている。
①トリックの着想をつくる。
②それを可能にする為に、基本的な要素を固める。
③シチュエーション・謎の希望を放り込む。
④トリックの全体を整える。
さて、魅力的な謎とはどういうものだろうか。もちろん、怪奇性や不可能性が強調されているものはまず魅力的だろう。
しかし、謎というのは、フーダニット(犯人)ハウダニット(方法)ホワイダニット(動機)の三種類に分かれるのだ。この内、フーダニット(犯人)は、事件全体の謎であって、犯人は誰かという謎である。これは全体の謎であるがゆえに、後から付け足すことは難しいかもししれない。これに対し、その他の謎を取り上げると、ハウダニット(方法)とホワイダニット(動機)は、後から増やしたり減らしたりの調整が可能なものになる。
つまり、
①誰が、こんなことをしたのか。
②どうやって、こんなことをしたのか。
③なぜ、こんなことをしたのか。
たとえば、殺害現場に花が落ちていたとして、読者はこれを「誰が落としたのか」「どうやって落としたのか」「なぜ落としたのか」という三種類の推理を開始する。
この時に「落とせるはずもないのに」「落としたいと思うはずもないのに」とった、不可能さ、不合理さを併せ持つことが怪奇性につながる。
先ほどの謎は、
①犯人の謎
②不可能性の謎
③心理的必然性の謎
そして、僕は①よりも②、②よりも③の方が、怪奇性・装飾性が高い謎だと思っている。
最近では単に「不可能」というだけでは、謎の魅力が少ないと思われやすいのではないか。可能か、不可能かという程度の謎でしかないからである。だから、これからのミステリーの謎の多くは、ホワイダニット(動機)の謎によって、支えられることが多くなることだろう。
ホワイダニットの謎……。
例えば、被害者が死ぬ時に、ただ死ぬのではなく「ジャンバラヤ……サバ味噌……」と呟いて、絶命したとする。すると「なぜ、被害者はその言葉を死に際に呟いたのか」というホワイダニットの謎になる。
あるいは、犯人は殺害現場に必ず焼売を置いていったとしよう。「なぜ、犯人は現場に焼売を置いていったのか」というホワイダニットの謎になる。
不可能の謎だけではなく、ホワイダニットの謎を追加するとよいぞ、と勝手に思っている次第である。