1ミステリーにおける小説要素の追求
ここで述べる創作論は、あくまでも僕の自己流のものであり、これを参考にしても、僕のミステリー作品の作風にしかならないのでくれぐれもお気をつけください。
久しぶりのミステリー談義ということで、お話しさせていただきます。トリックやロジックやハプニングが大切だと僕は常々に述べてきました。
特に、トリックやロジックだけでなく、ハプニングも大切なのだ、と述べてきました。
①トリック
②ロジック
③ハプニング
この三つは、純然たる探偵小説・推理小説・ミステリー要素といえるでしょう。しかし、これと同時に重視しなければならないものとして小説要素があります。
僕は、なんちゃって本格ミステリー風の変格ミステリーを書いている人間です。変格ミステリーの自由なプロットの小説に、本格ミステリーのトリックとロジックとハプニングを放り込んでいます。
それは簡単に言えば、ちゃんこ鍋にハンバーグをぶち込んでいるようなものです。
そういう意味では、ガチガチの本格ミステリーではありません。
これからしばらくの間は、トリックのようなミステリー要素と、文学の小説要素をどう一体化させてゆくべきか、僕が考えてきたことを語ることにします。
ところで、ロジカルな理論を持つものについては述べられるのですが、勝手に妄想してしまうものについては、なかなか理論を語ることができません。キャラクターと世界観については、僕は生まれてから、あまり理論を考えたことがありません。なんとなくでやってきました。それは自然発生的なものであり、要するに単なる妄想の延長線上にあるものです。これに対し、トリックや、ストーリー展開については、自然にはまったく浮かばない人間なので、後天的に理論を揃えてきたところがあります。その点では、文章論も練ってきました。
そのせいでしょうか、僕は、世界観が、わりと一番最初に浮かんできます。こういう場所があるのだ、というところから妄想が始まります。僕の作品には、紫雲学園、白月浜町、五色村という架空の場所が登場するのですが、この着想がなによりも先に生まれて、そこを自由に旅したいと思うわけです。そういう意味では、僕は、ずっと旅情ミステリーを書いているつもりであります。そういう架空の場所をキャラクターたちに旅させることが僕の小説の使命だと思っています。そうです。自分でも書いている意味がよく分かりませんね。
なんにせよ、そうしてつくった魅力的な世界に、キャラクターたちを放してあげます。放しますって、わんちゃんじゃないんだから、と思うかもしれませんが、本当に自由にさせてあげます。しかし、自由にさせすぎると事件が一向に解決しません。そこで、物語を展開させるエンジンが必要になります。それが僕にとっては「謎」です。
ミステリーのストーリーとはもっとも単純には、
①謎が提示される
②それについて推理をする
③真相が明かされる
の三段階の集合体なのです。
これが、僕のストーリー展開の軸になっております。
ミステリーを純文学的にとらえると、二つの物語を同時に表と裏で進める小説のことであります。その表と裏とは、探偵サイドと犯人サイドです。この二つの流れが、時々、互いに接触しながら物語を展開してゆきます。
①探偵サイド
②犯人サイド
実は、探偵サイドが「読者が主に読む部分」で、犯人サイドが「真相」に当たります。前半では探偵サイドを中心に描き、後半になって、種明かしがあり、犯人サイドを描いてゆくのが、従来のミステリーの形式になります。倒叙は反対になります。
しかし、前半においても、舞台裏で、犯人サイドの物語が同時に進行していることを絶対に忘れてはいけません。その犯人サイドの躍動感が、探偵サイドに自然と伝わってきてこそ、ミステリーは面白くなると思います。
ミステリーとは、二つの物語を、表と裏で同時に進行させてゆき、時々接触させては、また裏側の物語が見えなくなるものだと思います。
表の探偵サイドと、裏の犯人サイドは、どちらも重厚なヒューマンドラマが展開していますが、前半においては、それは大きく離れていて、裏の犯人サイドのことはよく見えません。しかし、わずかに見えているものがある。これが「謎」となります。
しかし、中盤あたりから、二つの物語が接近を開始します。この時に、猛烈な化学反応が起こらなければ、やはり、その物語は面白いとは言えないのだと思います。引き離されていた二つの物語が接触し、ラストでついに一つの物語になる時、感動が生まれなくてはならない、と信じています。
その点では、事件編と解決編とで、はっきりと分ける書き方を、僕はあまりしません。
だんだんと裏の物語が明るみに出てくる形式を取ることが多いようです。
でも、そうすると、やはり本格ミステリーとしてはつまらないので、犯人とメイントリックは伏せたままにしておいたりします。
こういうことを常々考えている次第であります。