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捨て猫みーちゃん

それはゆみがまだ小学校一年生の頃の事でした。


ある夏の夕方、降りしきる雨の中で一匹の子猫が玄関の所でミャーミャーと必死に泣いていました。


玄関の引き戸を開けると、そこには体長15センチ程のちっちゃな三毛猫がいました。


三毛の模様が綺麗に現れていて、目はくるりんとしてとても可愛い顔をしていました。


「あっ!」ゆみはその猫を見て、思わず声を上げました。


それは、昼間近所の空き地で男の子達に棒で叩かれたり、土の塊や石を投げ付けられたりして、いじめられていた猫でした。


その子猫の足を見ると、怪我をしていて血が流れていました。


そして、顔のヒゲがはさみで全部チョキンと切られていました。


体は痩せ細り、お腹はぺちゃんこで、体中泥だらけでした。


玄関の所に座り込んで、気の狂った様にミャーミャー泣いています。


でも、ゆみは、家では多分飼って貰えないだろうな?と思って、シッシッと手で追い払いました。


子猫は追われて立ち上がるとしょんぼりと玄関から離れて行きますが、足取りがよろよろして、すぐに雨の降る地面に倒れ込んでしまいました。


ザーザー降りしきる雨に打たれて暫く力無く倒れていましたが、またよろよろと玄関迄やっとたどり着くと、必死にミャーミャーと泣き叫んでいました。


また追い払うと、よろよろと玄関から離れて、またすぐにどしゃ降りの雨の中で倒れてしまいました。


そして、暫くすると又、よろよろと倒れながらも何とか玄関にたどり着きました。


声もかれて小さな声しか出なくなっていましたが、ゆみにすがり付く様に小さな声を必死に張り上げて泣いていました。


集落の外れにあるうちに来ると言う事は、多分他の家でも追い払われたんだろうな?


きっとうちが最後の頼みで、追い払われても何度も何度も玄関迄やって来るんだろうな?


そう思うと、ゆみは子猫が可哀相で何とか助けてやりたいと思いました。


足の血は雨に濡れて、まだ赤く流れています。


そんな時に、夕食の支度をしていたお母さんが台所からやって来ました。


ゆみは多分飼ってくれないだろうな?と思って、また子猫を手でシッシッと追い払いました。


しかし、子猫は最早立ち上がる元気も無く、雨の吹き掛ける玄関のコンクリートの上にへたり込んで、微かに聞こえる小さな声でミャーミャーと泣いていました。


ゆみが飼ってくれないだろうな?と思ったのは、お父さんが猫を好きではなかったからでした。


ゆみがもっと幼い頃に、猫を飼った事がありましたが、お父さんは猫を見かけると足蹴にしていました。


そんな事で、猫もお父さんの顔を見かけるとコソコソと逃げ出していました。


そんな様子に、お父さんは益々いらだち、思いっきり蹴飛ばした事も度々ありました。


猫も人の表情や心が良く分かります。


嫌っている人の所には近付こうとしないのです。


ゆみは駄目だと知りながらも「お母さん、この猫うちで飼ってもいい?」と聞きました。


すると、ゆみの思っていた事に反してお母さんから帰って来た言葉は、「そうね。このままじゃ死んじゃうよね?お父さんにいじめられるかも知れないけど、飼ってあげようか?」と言ってくれました。


ゆみは「本当?」と、お母さんからの思いがけない言葉に、目を輝かせていました。


ゆみは、ぐったりしている子猫を抱え上げて玄関の中に入れました。


そして、タオルをお湯で濡らして来て子猫の体の汚れを拭き取りました。


何度も何度も丁寧に拭き取った後に、乾いたタオルで水気を拭き取りました。


そして、足の傷の部分に消毒液をスプレーして包帯を巻きました。


お母さんが台所から、またやって来て、子猫をしげしげと眺めていました。


「ゆみ、この子、お尻の所が汚れてるわね。」ど言いました。


今迄拭く事に夢中になっていて気付きませんでしたが、言われてみるとお尻の白い毛の所がまっ黄色に染みが出来ていました。


「ゆみ、もしこの子が家の中で粗相する様なら飼ってやれないからね。」とお母さんに言われ、ゆみは心の中で「神様、どうかこの子がトイレのしつけが出来ています様に。」と必死にお願いしました。


ゆみの家は貧乏だったので、猫が好きそうな肉や魚とかはありませんでした。


お父さんは日雇いの土木工で、この日は雨の為休みで、パチンコに出かけていました。


お休みの日はお酒を飲んでよくお母さんと喧嘩になるので、ゆみはお父さんのいない時の方が好きでした。


お母さんがかつお節に、水で薄めたお醤油のかかったご飯を持って来ました。


子猫に差し出すと警戒してか?寒さからか?ガタガタ震えて、ゆみとお母さんの顔を怯えた表情で見上げてなかなか食べようとしませんでした。


ゆみは子猫を抱き上げると、胸に抱いて温めてやりました。


少し温まった所で、もう一度ご飯の乗ったお皿の所へ下ろしてやると、少しずつ食べ始めました。


そして、何日もなんにも食べていなかったのか?アウアウと言ってガツガツ食べ始めました。


お皿の横にお水の入ったお茶碗も置いてやりました。


それは、小さな体には似つかわしく無い様な食べっぷりでした。


ゆみは、ご飯を食べてくれたので一安心しました。


そして、飼っていいと言ってくれたお母さんにも感謝していました。


子猫は三毛の模様が綺麗に現れていたので、みーと名付けました。


みーは本当に可愛い顔をした女の子でした。


ゆみが空になったお皿を台所に洗いに行ったら、お母さんに洗い物を頼まれました。


洗い物をしてゆみが玄関に戻ってみると、みーがいませんでした。


「あれ?」ゆみは、どうしたんだろう?とちょっと心配しましたが、家の中をあっちこっち探すと、和室の布団の上にちっちゃく丸まって、ちょこんと寝ていました。


余程疲れていて、安心したのか?小さな寝息を立てて熟睡していました。


夜になってお父さんが帰って来ると、案の定、みーを見て嫌そうな顔をしていました。


ゆみは、お父さんがみーを蹴ったりしないか?気が気ではありませんでした。


ゆみは、お父さんに気付かれない様にこっそりみーを抱えて自分の部屋へ連れて行くと、布団の中へ入れて抱き締めて寝ました。


みーは包帯の事が気になるらしく、少し経つと口で包帯をほどいてしまいました。


ゆみは、その度に包帯を何度も巻き直しました。


翌朝早く、ゆみはみーのお漏らしの事が心配で布団を捲ってシーツの上を確認しましたが、シーツは綺麗なままでした。


ゆみはホッと胸を撫で下ろしました。


みーはお父さんにはなつかず、顔を見るといつもコソコソと逃げ出していました。



みーはすくすく育ち、三毛の模様も更に綺麗に出て、益々可愛いらしくなりました。


近所の猫を見ても、みー程の可愛らしい顔の猫はいませんでした。


それが、ゆみの何よりの自慢でした。



ある夏の日、ゆみはお母さんと一緒に隣村の盆踊りに出かけました。


ゆみにすっかりなついてしまったみーは、この日もずっと付いて来ました。


ゆみは「うちにいなさい。」と言ったのですが、家にはお父さんがいました。


ゆみは何度もみーを家の方へ向かせて「うちに戻りなさい。」と言っても、少しは戻りますが、すぐに引き返して付いて来てしまいました。


会場へ連れて行ったら、人混みに恐れてどこかへ行ってしまうだろうからと心配して、何度も言い聞かせましたが、付いて来てしまいました。


10分以上歩いた所で、人が多くなって来たので、もう一度ゆみが「うちに戻りなさい。」と言うと、みーは立ち止まって、草むらの中へ入って行きました。


やっと諦めてくれたか?と思って、更に10分程歩いて会場に着きました。


会場は隣村の人達が色々出店とか出して賑わっていました。


ゆみとお母さんは盆踊りを楽しんで、出店で綿菓子や冷えたスイカなどを買って食べました。


一時間以上楽しんでから、家への道を引き返しました。


帰り道でお母さんが知り合いの人と出会って、そのおばさんの家へ寄りました。


おばさんはお茶とお菓子を出してくれました。


おばさんと暫く話してから、家に帰る事になりましたが、おばさんの家からは別の道の方が家への近道だったので、お母さんはそっちの道から帰ろうと言いました。


でも、ゆみはみーが待っているといけないからと、遠廻りでも元来た道から帰る事を譲りませんでした。


お母さんは、もう二時間以上経っているからみーは家に戻っていると言って近道を帰ろうとしましたが、最後は折れて元の道から帰る事になりました。


ゆみはみーと別れた辺りに差し掛かると「みー」と大声で名前を呼びました。


お母さんは「もういないわよ。」と言いましたが、ゆみが「みー」と何度か呼ぶと、草むらから「ミャー、ミャー」とみーが現れて、ゆみに向かって走って来ました。


ゆみはそんなみーが可愛くて、思いっきり抱き締めてしまいました。


そして、瞳からは涙が溢れて止まりませんでした。


ゆみの家は、回りを畑に囲まれた田舎の小さな平屋の家でした。


それは、ゆみのお母さんが実家のお父さんに建てて貰った物でした。


敷地は小さいながらも庭もありました。


庭には鶏小屋があって、鶏を十数羽飼っていましたので、鶏の餌を狙ってねずみが住み着いていました。


みーは、そんなねずみをよく捕まえては美味しそうに食べていました。


捕まえたねずみをゆみの部屋の床の上で転がし、近付くと取られると思って『ウ~ッ』と唸るとまたガブッとくわえます。


そして、離れるとまたじゃれて遊んでいました。



そんなみーも、ゆみが小学校二年生になった時に三匹の赤ちゃんを産みました。


その頃になると、大きなお腹をしてゆみの部屋に入り浸りになっていました。


ゆみは段ボールに古着を敷いてみーの出産場所を作ってやりました。


生れたて三匹の赤ちゃんは、みーに似てどの子もみんな可愛い顔をしていました。


赤ちゃんがやっとよちよち歩く様になったある日の事。


お父さんがゆみの部屋から段ボールを持ち出すと、そのまま近くの川へ持って行って、川の中へ投げ入れてしまいました。


ゆみが学校から戻ると、赤ちゃんの入っていた段ボール箱が無くなっていました。


ゆみが外へ出てあっちこっち探していたら、近所のおばさんが、お父さんが段ボールを川に投げ入れたと教えてくれました。


ゆみはお父さんに抗議したかったのですが、怖くて言えずシクシク泣いていました。


ゆみはこれ迄に、お酒に酔ったお父さんに何度も殴られた事がありました。


ゆみだけで無く、お母さんもよく殴られていました。


そんな時は、ゆみも間に入りましたが、一緒に殴られてしまいました。


みーは赤ちゃんが急にいなくなって、気がふれた様に一日中家の周りをニャーニャーと泣いて探し回っていました。


そんなみーの姿を見て、ゆみも悲しくて悲しくて仕方なく泣いてばかりいました。


そんな事があって何ヵ月か過ぎて、お父さんとお母さんが大喧嘩をして、お父さんはそのまま家を出て帰って来なくなりました。


これが、ゆみがお父さんの姿を見た最後でした。



ある雪の降る日、屋根に登ったまま、みーが降りられなくなって気が狂った様にニャーニャー泣いていました。


ゆみはお母さんに頼んで、一緒にはしごを屋根にかけると、お母さんの制止を聞かずに屋根に登りみーを連れ戻しました。


後から、「ゆみ、お前が屋根から落ちたらどうするの?」と大分怒られましたが、ゆみはそんな事全く気にしていませんでした。


すっかり冷えきったみーを、お湯で濡らして絞ったタオルで何度も拭いてやり、その後乾いたバスタオルにくるんで抱き締めて一緒に布団に入って寝かせました。


屋根から降ろす時に、怯えたみーに手の甲を何ヵ所も引っ掻かれていましたが、ゆみはみーが無事だった事が嬉しくて、そんな引っ掻き傷の事なんかちっとも気にしていませんでした。


ある日お母さんが、みーが赤ちゃんを産んでもうちではこれ以上飼う事が出来なくて可哀相だからと言って、獣医さんの所へ行って避妊手術をして貰って来ました。


お父さんがいなくなってからは、みーはゆみの部屋だけでは無く、居間や廊下でもいつものんびり幸せそうにお昼寝をする様になっていました。


お父さんと別れて仕事が忙しくなったお母さんも、帰って来るとみーを可愛がっていました。


ゆみの家は相変わらず貧乏なので、みーの食事も相変わらず粗末な物でした。


キャットフードや鶏のささみ、魚や豚肉、牛肉なんてとてもあげる事なんか出来ません。


味噌汁かけご飯の時も結構あります。


魚の骨やチキンの骨なんてがある時はご馳走です。


でも、そんな粗末な食事でも、みーは幸せそうに顔を撫でてから、お昼寝をしていました。


ご馳走は自分でねずみを捕まえて来ていました。



みーはそれから何年も生きていましたが、次第に老化が進み、チロッと舌を出して寝る様になりました。


それでも相変わらず可愛い顔をしていました。


でも、以前よりは大分おばあちゃんになった様な感じでした。



ある夏の激しい雨の降る午後、近所のお母さん位の年配のおばさんが家にやって来て、みーはそのおばさんの後を付いてバス停の方へ行きました。


それが、お母さんがみーを見た最後でした。


みーはそれっきり帰って来ませんでした。


翌日、ゆみは心配になって、お母さんと一緒にバス停のある県道の方へとみーを探しに行きました。


すると、暫く行った所に車にひかれて血だらけのみーの姿がありました。


ゆみは涙をボロボロ流して、大声で泣きました。


そして、みーの遺体を抱き上げると、服に血が付くのも気にしないで、泣きながらお母さんに連れられ家に戻りました。


家に着くと、小さなシャベルで穴を掘って、みーの遺体をバスタオルでくるんでそっと中へ入って寝かせました。


そして、静かに土を被せると、お線香を立てて、涙を流しながら手を合わせました。


その時、たまたまお母さんのお父さんが柿の木の苗を一本持って来てくれていました。


ゆみがみーを埋めている所を見て、墓石代わりだと言って、穴のそばに柿ノ木の苗を植えました。


この木がみーの代わりになって、ゆみを見守ってくれるだろうと言って。



そして、年月が過ぎて・・・


そのおじいさんも亡くなってしまいました。


そして、おじいさんの植えた柿ノ木がどんどん成長して実を結ぶ様になりました。


その柿ノ木は毎年大きな実を結んで、それはお店で売っているどの柿よりも、とても甘い実を付けてくれます。


社会人となったゆみは、毎年この柿の実を食べながら、みーとおじいさんの事を思い出しています。


そして、つらい事があった時でも、柿ノ木の幹に触れると不思議に元気が出ました。


いつもおじいさんとみーが見守ってくれている様に感じるのです。


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