37話 目覚めはブブル
目が覚めるとそこは、知らない天井だった。
「……どこだろ? ここ」
上半身を起き上がらせて周りを見渡す。どこかの屋内の様だ。
悠斗が寝ているベッドの他にいくつか別のベッドがある。ただそれだけの部屋だった。
奥に扉があるのを発見した悠斗は、床に足を降ろして扉に向かう。
途中で気づく。扉近くのベッドに誰か寝ていることを。
気になって見てみると、オーゼンが眠っていた。
「オーゼンさん!?」
悠斗はおもわず大きな声を出して近づいた。
すぐに口に手を当てて静かにオーゼンの様子を伺った。
「……すー……すー」
「なんだ……寝てるだけか……」
安堵する悠斗。
そのまま隣のベッドに腰かけてしまう。
ふと自分の体の怪我の事を思い出した。
体中を軽く触るが、少し骨が痛むだけで、動くには問題なかった。
どうやら【高自然治癒】が働いたようだ。
つくづく便利なものだなぁ、と悠斗は感心する。
「けど……強かったな、あの魔物」
悠斗が苦戦した魔物。サイクロプスのガガルゴだ。
スピード、パワー。どれをとっても一級品の能力を持っていた。
その強敵に勝てたのは、力押しと偶然が重なったことによる、運が良かっただけの勝利だった。
今の戦い方に悠斗も頭を悩ます。
「今のままじゃ駄目だ……。もし、あの魔物より強いのが現れたら……きっと負ける。最悪切り札を使うけど、それじゃあ負けたのと同じだ。ずっとは続かない。このままじゃ駄目なんだ……でも」
どうしたらいいんだろう? その言葉が出る前に、部屋の扉が開かれた。
「おや? 起きたのかい」
入ってきたのは、白衣を着た老婆だった。悠斗はおもわず立ってその老婆を見つめた。
老婆はゆっくりと悠斗に近づき、悠斗の体をペタペタ触り始めた。
「わわっ!? な、なんですか」
「いんや、あれだけの怪我を負ってたのに、もう動ける事にびっくりしてねぇ」
カラカラと笑う。そして触っていた手を離した。
「うん、多少痣があるだけで怪我はほぼ治ってるね」
「はい、動くと少し骨が痛むくらいですね」
「そうなのかい? まぁ重症だった体をたった一日で治したんだ。それだけでも凄いよ、坊やは」
悠斗の体をつま先から頭まで見る。
納得したかのように頷き、手をポンと叩く。
「言ってなかったね。ワタシの名前はメイだよ。この街、ブブルの街で医者をやってるんだ」
「ここはブブルの街だったんですね。僕はハルトって言います」
「ああ、冒険者に聞いてるよ。坊やとそこの男の様子を見に来たけど、坊やは大丈夫そうだ。後はそこの男なんだが……」
そこで言葉を切り、チラリとオーゼンを見る。
おもむろに近づき、いきなり頬を抓った。
「さっさと起きな。目が覚めてるのはわかってるんだよ」
「いたたた! 起きる起きます! だから離してって!」
オーゼンの必死の言葉に抓っていた手を離す。
そのまま上からオーゼンを見下ろす形で声をかける。
「まったく、ただ寝るんだったら宿でも行ってきな」
「酷いなぁ……。僕はさっき目が覚めたばかりですよ?」
「うるさいよ。体に異常が無いんだったら、そこの坊やとギルドへ行ってきな」
「……うん、大丈夫そうです。それじゃあハルト君。さっさとギルドへ行こうか、そこのお婆さんがうるさいからね」
そう言ってベッドを降り、急いで悠斗を扉の方へ引っ張っていく。
部屋の出て、扉を閉めると中から怒声が聞こえてきた。
「怒ってる怒ってる。ほら、すぐ行かないとあの人が追いかけてきちゃうよ」
「は、はい!」
愉快そうに笑いながら走るオーゼンについていく。どうやらここは二階建ての建物の様だ。
階段を降り、外に出るとカルンと似たような街並みが見える。
「うわぁ……やっぱりブブルって広いんですね」
「まぁね。僕たちが住んでるカルンより人口が多いからね」
街についての会話をしながら歩いていく。すると、腹の虫が鳴いてしまった悠斗。
その様子を見て、「丁度いい」と言いながらオーゼンは屋台で食べ物を買ってくる。
買ってきたのは鳥の串焼きのようなものだ。それを貰い、感謝の言葉を口にして食べる。
その串焼きを食べながらギルドへ向かった。
それだけだと物足りない二人は、色々と買い食いをしていきながらギルドへ辿り着いた。
流石に悠斗も奢られるのは申し訳なく感じ、二つ目の屋台からは自分で食べ物を買っていた。
「ここがギルドですか? やっぱり大きいですね」
「そうだよ。人口が多いとそれだけ冒険者の数も多くなるからね」
目の前の建物はカルンのギルドより、三倍ほど大きかった。
外装もそこそこ立派だ。入り口も大きくなっている。
「いつまでも外にいても仕方ないしね。入るよ」
「はい」
二人はギルドへ足を踏み入れる。
そこには、沢山の冒険者がいた。
陽気に酒を飲みながら話し合う者。半裸になって踊っている者。酔って喧嘩をしている者。
喧騒や怒号が飛び交っていた。
「……にぎやかですね」
「確かに、カルンだとこんなに騒がしくできないもんねぇ」
キョロキョロと周りを見た感想を言う悠斗。
オーゼンはそれに返しながら人を探している。
「あっいたいた。ハルト君、こっちだよ」
一つのテーブルに指を指し歩いていく。
悠斗もついていくと、そのテーブルには見知った顏がいた。
「ん? ハルトとオーゼンじゃねェか! 怪我はもういいのか?」
「僕は元々擦り傷くらいしか無かったしね。ハルト君の怪我は治ってるみたいだよ」
「はい、まだ少しだけ痛むんですけど、ほぼ治りました」
「そうか! まぁ少しくらいなら我慢しろ! 男は我慢だ!」
そのテーブルにいたのはバーキィだ。一人で酒を飲んでいたらしい。
二人の怪我の様子を聞き、安心すると悠斗の肩を叩きだす。
「にしてもよかったぜ! 重症でメイの婆さんとこに運ばれていったって聞いたときはびっくりしたぜ!」
バンバンとかなり強い力で肩を叩かれる悠斗。
涙目になりながら声を出す。
「いたた! 痛いです、痛いですバーキィさん!」
「お? おお、わりぃわりぃ。つい嬉しくてな」
「こらバーキィ。ハルト君は病み上がりだよ。それに酔ってるだろ、バーキィ」
バーキィの頭を軽く小突き、注意する。
酔っていることも指摘され、バーキィは唸る。
「うっ……。しゃあねェだろ。戦いが終わってから一日かけて後始末。昨日の疲れを癒すためにギルドで騒ぐのが一番いいんだよ。ちょっとくらいハメ外してもいいじゃねェか。なぁハルト?」
悠斗に同意を求めるバーキィ。
同意を求められた悠斗は、叩かれた肩を摩りながらジト目でバーキィを見る。
「……っかー、俺が悪かった。悪酔いしてた。許してくれ」
そのジト目に耐えられず、謝罪するバーキィ。
すると悠斗は苦笑した。
「冗談です。叩かれたのは痛かったけど、心配してくれてたんですよね?」
「まぁ、な。同じ街の仲間だからな。心配はもちろんするぜ」
少し照れくさそうに小声で言った。
それを見てオーゼンは噴き出す。
「ぶふっ」
「あ!? なんだオーゼン! なにがおかしいんだよ!」
立ち上がってオーゼンに向かって怒声を出す。
オーゼンはテーブルの空いている席に座ってウェイトレスに注文し始めた。
「おねえさーん。ここに軽い食事とエール持ってきてくれる?」
「はーい。畏まりました。少し待っててくださいね」
愛嬌のある笑顔を振りまいて、ギルドの奥の厨房へ消えていった。
その様子を見届けてバーキィの方へ顏を向けた。
バーキィは当然、不満顏になってオーゼンを睨んでいた。
「ごめんごめん。それでなんだっけ?」
「テメェ!」
今にも掴みかかりそうな勢いでオーゼンに詰め寄る。
それを悠斗は必死に制止し、バーキィは席に戻った。
ちょびちょびと酒を飲み始め、つまみを食べて黙ってしまった。
オーゼンの注文した食事と酒が来ると、それを食べ始める。
黙々と食事を続けるオーゼンと酒を飲むバーキィ。
その空気の中に悠斗はいるが、座って俯いていた。
(……どうしよ。僕が話題振ったほうがいいかな……うん、そうしよう)
「あの……」
「二人に、話しとかないといけないことがある」
悠斗の声とオーゼンの声が重なる。
「ん? どうしたのハルト君」
「あっいや、なんでもないです! どうぞ続けてください」
慌ててオーゼンの話の続きを促す。
その様子にオーゼンは首を傾げるが、真剣な表情になり話を続けた。
「二人に話すと言っても、もしかしたらギルド長にも報告しないといけないかも」
「……そりゃ一体どういう話だ?」
酒を飲むのを止めて、オーゼンの話に耳を傾ける。
「ハルト君は知らないと思うけど、僕たち二人は森の中にいたんだよ」
「森の中ですか?」
「そう、なんだか変な音が聞こえたでしょ? あの正体を確かめるために森に入ったんだ」
「おう。俺たちがそこで見つけたのはローブ羽織った変なやつでな。魔物に守られてたから俺は囮になって魔物を引き付ける役割をした。詳しい話はオーゼンが知ってるだろ?」
オーゼンの方へ首を向けて話をふる。
「うん、そのまま引き付けてもらって僕は逃げていったローブの男を追ったんだ」
「ローブの男? その、逃げていったのは人間だったんですか?」
「……正直言うと、わからない。追ってる途中に闘気が切れてね、倒れてしまったんだ。その時、僕に近づいて話しかけてきた。そこで初めて男ってわかったんだ」
そこで酒を飲んで話を切った。
ほんのりと頬が赤くなっているオーゼン。
「それでね、その男に僕は『お前は何者だ?』って聞いたの。するとなんて言ったと思う? ヒントならあげてもいいとか言われたんだ! 僕はカチンときたね。けど、闘気が切れてるから動けない! ああ悔しい!」
どんどんオーゼンの声が大きくなる。だが、周りもうるさいのであまり目立ってはいなかった。
その酔っている様子を見て悠斗は驚く。いつも冷静なオーゼンの珍しい姿を見てバーキィも驚き、テーブルにある自分の酒を見た。
「あ、こいつ……」
「どうしたんです?」
バーキィは酒瓶を掴んで逆さにする。
酒が一滴落ちていった。
「俺の度数が高い酒、間違って飲んでやがる。どうりで酔ってるわけだな……」
「オーゼンさんはあまり酔わないんですか?」
「酒は普通に飲むやつだぞ。ただし、あんまり強いのは酔うと言って普段は飲まないんだが……飲むとこの有様だ」
二人はオーゼンを見る。ほんのり赤かった頬は真っ赤に染まっている。というより顏も赤い。
目の焦点も定まっていなさそうだ。オーゼンは自分のエールを飲みながら大声で喚き散らす。
「聞いてんの二人とも?! 僕の話を聞いてくれよ~~!」
二人の顏へ近づいて言い放つ。
それを適当に返し、バーキィはつまみを口に放り込む。
悠斗はオーゼンを席に押し返すと一息ついて額の汗を拭う。
「だからさぁ…………ぐー……」
突然テーブルに突っ伏し寝始めた。
その瞬間に悠斗はテーブルに乗っていた食器と酒瓶を持って上にあげた。
「……寝ちゃいましたね」
「ああ、こうなったら夜まで起きねぇからほっとくぞ」
バーキィは席を立つとウェイトレスに代金を渡し、ギルドの外へ出ていった。
慌てて食器を別のテーブルに置き、ウェイトレスに後片づけを頼むとバーキィについていった。
その後はこの街の宿へ行き、悠斗とバーキィはとりあえず三泊分の銀貨を払い、自分の部屋へ行くと
それぞれ休憩を始めた。その後、あっという間に夜になり、悠斗とバーキィは一緒にギルドへ向かっていった。
誤字や脱字、おかしな部分は気づき次第修正します。




