23話 師との出会い
「それじゃあ案内するよ。服屋でいいんだよね?」
エリナは悠斗の目的地を再確認する。
「そうです。今着てるこの服しか持ってなくて……」
そう言って自分の制服をつまむ。もう二日も着っぱなしの制服。先日の戦闘で土やビッグラットの血がついている。幸い、制服は黒色なので血はあまり目立ってはいない。土は払い落してはいるがやはり茶色い汚れは気になる。いつまでも制服でいても不衛生なだけなのですぐにでも着替えたい、そう思う悠斗だった。
「ふーん。見た感じ、その服結構いい素材を使ってるけど、別の服買うんだ?」
「はい。これの他にもいくつか持っておきたいので」
得心、といった風に頷くエリナ。
「確かに、服はいくつあっても困るものじゃないしね。とりあえず案内するよ」
前を歩き出すエリナ、そのあとについていく。
十分ほど大通りを歩いていくと、いかにも服屋といった看板が見えてきた。服のマークがそのまま看板になっている。大きさは一軒家ほどだろう。普通の店の様だ。見ていると老人や若い女性などが店に入っていっている。それなりに繁盛しているのだろう。といっても、この街で二つしかない服屋だ。繁盛しないと潰れてしまう。
「あそこですか? すごくわかりやすいですね」
「でしょ? 如何にも『服屋です』って感じだしね」
「とりあえず二着は買いたいですね。いきましょう」
そう言って悠斗は店の中へ入っていく。
「いらっしゃいませー!」
店に入った瞬間、元気のいい声が二人にかけられる。
十二、三歳の少女だ。この店の店員だろう。ニコニコしながらこんなことを言われた。
「カップルですか? 彼女さんに服のプレゼントならこの服がよろしいですよ?」
爆弾を落とされた。エリナはキョトンとして悠斗を見る。案の定悠斗はパニックになり赤面している。
「えっと、その、僕たちは、カップル、ではないです……」
「はい? なんて言いましたか?」
「だから、カップル……ではないです!」
カップル。その単語だけ小さくなってしまう。日本にいた頃悠斗は、彼女はおろか、女子と手を繋いだことすらない。そんな少年だった。見た目は可愛いのだが、見守るという手段を取った女性がほとんどのため、特にこれといった女性の知り合いもいない。もっとも、強引に悠斗をお持ち帰りしようとした女性もいたが、何者か達に邪魔をされていて近づけなかったようだ。なので、悠斗にはそういう免疫は少ないと言えるだろう。
「ハルト君ハルト君。肝心なとこが声小さい」
悠斗の耳元で囁く。
「ひっ!? 僕たちはカップルじゃありません!!」
耳に囁かれて息がかかる。その行為に驚き、そのままの勢いで言い放つ。
大声で言ったため、店内にその言葉が響いた。
すると店内で服を見ていた客たち数人がこちらに目を向けてくる。
「っ!!」
「あー、そうです。カップルではないですけど、私たち友達なんです。だから今日はこの子の服を買いに来ただけなんですよ」
またや赤面し、体がプルプル震えている悠斗。その姿に見かねてフォローするエリナ。
「そうでしたか。それは失礼いたしました。では、当店の商品をお楽しみください」
そう言って店員は店の奥にあるイスに戻っていった。元々、わからないことがある客に対応するための店員だったのだろう。
客達の目も服に戻っていく。その中に老人もいたが――ジッと悠斗を凝視していた。
「うーん、ハルト君の体格に合うのは子供服ばっかだね。……これなんてどう?」
スッと悠斗の体に合わせるように服を持っていく。
「はい、確かにピッタリですね。それより、さっきはありがとうございました」
「まぁね。カップルって言われたときはいいかもって思ったけど、途中からハルト君が可哀想になってきちゃったから助け船だしちゃった」
「えぇ……。僕とカップルなんてそんな、嫌じゃないですか?」
「いや? ハルト君可愛いし、私は好みだけど?」
当たり前といった感じの顏でそう返される。
「………ありがとうございます」
「あれ、顏赤くなんないんだ?」
「……素直な好意は、ちゃんと受けとめろって親に言われてまして……」
「へぇ~。いい親御さんだね。じゃあ付き合ってくれるの?」
「!! いや、そこはちょっと、なんというか……」
やはり赤面する悠斗。なんともヘタレな感じが出ている。
「あはは。冗談だよ冗談」
「冗談ですか……全く」
笑いながらそう告げたエリナ。悠斗は不服そうに服に目を向けなおす。
「怒った? ごめんね~」
「怒ってないですよ。ちょっと不満だっただけです」
「そう? ならその不満を服にぶつけよー!」
などとよくわからないことを言いながら、二人は服を選んでいった。
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服の会計を済ました悠斗達は店を出る。
「残金は銀貨四枚と銅貨六枚、か……。また依頼しないとなぁ」
手元のお金を見てそう言った。服は五枚買っていた。 値段はどれも銅貨五枚だ。
どれも簡単に作られたような布の服だ。ただ、着て歩くくらいなら問題ないような服だ。普段着にするならちょうどいいだろう。その買った服は、店のサービスで貰った袋に入れてある。
「お金ないんだったら依頼だね。ギルドはそんな冒険者をお待ちしているよ!」
ピシっと悠斗を指す。
「はは、またいかせてもらいます」
苦笑を漏らす。
「よし、ギルドへの催促も終わったし、私は仕事に戻るよ。用事はそれだけでしょ? リンがカンカンに怒る前に戻らないとね」
「はい、お仕事頑張ってくださいね。あと、服選び手伝ってもらってありがとうございました」
「どういたしまして。ハルト君ってお礼ばっか言うね」
最後にそう告げられてエリナはギルドの方へ走っていった。
「ちょっとからかわれたけど、優しい人だったな」
エリナの印象はそんな感じだった。
(さて、もうやることはないし宿に戻ろうかな)
宿の方へ歩こうとした瞬間、後ろから声がかけられる。
「坊主。今ちょっと時間はあるかいの?」
「え?」
後ろを振り返りながら声をだす。そこにいたのは老人だった。その老人の外見は全身を包むローブのようなものを着て、長い髭を蓄えていた。
「えっと、あなたは……」
「あぁ、ワシのことは後でいい。もう一度聞くが、時間はあるかいの?」
「はぁ。暇ですけど……」
「そうかそうか。ならワシについてきてくれ」
老人は嬉しそうに頷くと、歩き出した。
それに慌ててついていく悠斗。
(なんだろう? 僕に用事でもあるのかな)
五分ほど歩いたところで老人は止まった。そこは簡単に言うと小さな一軒家だ。ここが老人の家なのだろう。
「ふぅ。この歳になると歩くのも辛いのぅ。さぁ、入っておくれ」
家の中へ老人は入っていく。悠斗も後を追うように中へ入っていった。
老人の家の中はとても『不思議』だった。小さな机と小さなイス。そこまではいいだろう。
だが、広さが違う。家の外見から測れる内部とは全く違っていた。その広さは悠斗が泊まっているあの宿の三倍ほどだろうか。もしかしたらそれ以上かもしれない。そんな広さだ。そこら中に本棚が置いてある。床には本が散乱していたり、なにかが書かれた紙も落ちている。
「えっ? えっ? なんでこんなに……」
当然、外見とのギャップが悠斗を混乱させる。
「落ち着け。ここに人を入れたのは久しぶりじゃ。特別な者しかいれんのじゃぞ? 坊主もその一人となったわけじゃが。坊主、おぬしは魔術を使ったことはあるかの?」
微笑を浮かべて悠斗に述べ、唐突にそんな質問をされる。
「……魔術ですか、使ったことはないですね」
少し冷静になった悠斗は質問に答えた。
「ほーぅ。そうかそうか……。それはもったいないのぅ。―――坊主の体には凄まじい魔力が眠っているんじゃがのぅ……」
真剣な眼差しで悠斗の身体を見る。
この老人の目には、悠斗の体の内にある魔力が視えていた。密度が高く、そして量が多い。そんな魔力が。
「僕の魔力がわかるんですか!?」
その言葉に悠斗は咄嗟にそう口を出した。
「ほっほっほ。まぁのぅ。ワシは特別な『目』を持っとるからの。他人の内なる魔力が視えるんじゃよ」
「それは……すごいですね。紋様術の類ですか?」
「いんや。これは特殊な魔術を使った結果なんじゃよ。一歩間違えると失明する危ない……魔術じゃ」
「えっ……それは……」
その目に対して気になって質問した悠斗は、思ってもみなかった答えに戸惑う。
「そんな顏をしなさんな。ワシは別に失明しておらんよ。ただ、他人の魔力が常に見えてるからの、鬱陶しいくらいじゃわい」
そう言って愉快そうに笑う老人。見ている限り、目による不自由はなさそうだった。
「あの……」
「おっと、ワシの名前を言ってなかったのぅ。マローじゃよ、坊主」
「その、マローさんがなぜ僕をここに連れてきたんですか? 僕の魔力が視えて連れてきたというならなにかするために……?」
「そんな警戒しなくても大丈夫じゃよ。少しばかり、【詠唱魔術】を教えようと思ってのぅ」
魔力が視える、そんな能力を持っている老人に警戒していた悠斗だが、その提案に拍子抜けする。
「【詠唱魔術】をですか? けど、今は【紋様魔術】が主流になってると聞いたんですけど……」
「かーー! 坊主、【紋様魔術】より【詠唱魔術】の方が劣っていると言いたいのかの?!」
「いや、そんな事は……ないと思いますけど」
「今の間はなんじゃ! えぇい! それなら【詠唱魔術】が【紋章魔術】より優れていると教えてやるわいっ!」
「えっ!」
突然怒りだし、悠斗に魔術を教えると言い出したマローは奥にある本棚の塊に走り出してしまった。
「歳のせいで歩くのも大変だって言ってたのに……」
そんな事を心配していた。
誤字などあれば修正します。




