攻略キャラ全員で頑張ったのにヤンデレは治りませんでした
これは「親友が世界を救ってくれたのにヤンデレ化は不可避でした」の後日談です。
そちらを先にお読みいただかないと分かりづらいと思います。
カイル王子視点です。
「卒業旅行?」
魔法学院の卒業式から数日経ったある日、俺は幼なじみのアイナから提案を受けた。
曰く、卒業記念に親友や先輩たちと一週間ほど別荘で過ごしたい。
「カイル様もぜひご一緒に」
「断る。知っているだろう。俺がそういう集いを嫌っているのを」
俺には親しい友人がいない。
周りには将来を見越して媚を売ってくる輩ばかり。うんざりだ。
平民から貴族、王族まで貧富の隔てなく門戸を開く魔法学院にすら、俺が特別仲良くしたいと思う者はいなかった。
友人と呼べるのはアイナくらいだろうか。
だがそれも今だけだ。数年後には別の関係になる。
「そんなことおっしゃらずに。ベルフェ殿下もいらっしゃる予定なんですよ」
「兄上が? なぜ?」
「私たちの婚約を祝福したいとのことです。久しぶりに気兼ねなくお話しされたいご様子でした」
他の参加者の名前を聞いて、俺は面食らった。
将来の騎士団長と目される魔法騎士のデュラン。
魔法医学会の若きホープと言われているギルバート。
アイナの兄で闇魔法の申し子と謳われるメイザー。
そして、卒業の儀式で学院の落ちこぼれから一転、奇跡の聖女となったイオン。
これは困った。
次期国王である第一王子の兄上を含め、断りづらい顔ぶれだ。
だが、高等魔法学院への入学までにやっておきたいことは山ほどある。
研究も進めておきたいし、本も読みたいし、この前できたという魔動博物館にも視察に行きたい。
「悪いが、俺は――」
「別荘までは魔動四輪で向かうそうですよ。まだ騎士団や軍でも正式採用されていない最新のお車です。ご興味ありませんか?」
「……仕方ない。後学のために参加しよう」
俺が渋々という体で了承すると、アイナはいつになく爽やかな微笑みを浮かべた。
可愛らしいはずのその笑顔で、なぜか背筋に悪寒が走った。
アイナは俺の幼なじみで、闇の魔法使いだ。
魔法学院の卒業と同時に婚約し、俺が高等魔法学院を卒業したら結婚することになっている。
アイナのことは嫌いではないが、この結婚に愛はない。
俺はこの国の王と愛人の間に生まれた子どもだ。
父は平民の母を深く愛しており、子どもができたことを期に周りの反対を押し切って母を側室として強引に迎え入れた。
それが正室の王妃の怨念に近い怒りを買うと考えもせず。
俺は生まれてすぐ、王妃から呪いをかけられた。
泣き声をあげる度に命が削られていくというむごたらしい呪いだ。赤ん坊の俺は死を避けられない状況だった。
命を救ってくれたのはアイナの父だ。
この王国でも有数の呪いの専門家である。
魔族復活に関わる禁忌魔法に手を出していると専らの噂だったが、国王は藁にもすがる思いで彼を頼った。
結果、呪いの解呪に成功し、俺は生き永らえた。
この件は表沙汰にならず、王妃は表向きには病に伏していることになっている。実際は王城の地下に幽閉されており、今も俺と俺の母への呪言を唱えているとかいないとか。
まぁ、そんなことはどうでもいい。
王室ならではのドロドロとした生い立ちゆえ、俺は愛というものに懐疑的だ。
稀代の賢王と言われていた父は、母と出会い腑抜けてしまったらしい。
平民のことを第一に考えるようになり、国庫に負担をかける無茶な政策ばかりを敷くようになった。
民からの支持率は微増しているが、各地の領主や役人からの不満の声は無視できないレベルで大きくなっている。
昔の父ならその危険性を察せたはずだが、今の父は母を喜ばせることしか考えていない。
愛は人をダメにする。
だから愛なんていらない。
それが俺の結論だ。
だが、いずれ誰かと結婚しなければならない。
延々と縁談を持ちかけられるのも鬱陶しい。
そこでアイナである。
俺とアイナは八歳まで同じ屋敷で育った。
王妃の手の者が再び呪いをかけにくることを警戒し、アイナの家に匿われていたのだ。
だからアイナとは兄妹のように育ったし、家族同然に大切に思っている。
時折、「きゃわたん」とか「フラグがー」とか、奇妙な言葉を口走るが、基本的に心優しい常識人だ。
王子である俺へ礼節を弁え、出過ぎない。
その一方で、周囲の人間が誰も気づかない俺の変化に敏感に見抜き、さりげなく気にかけてくれる。
権力や金に全く興味がなさそうで、一緒にいても苦痛を感じない稀有な女だった。
だから、父に他国の姫との婚約話を持ちかけられたとき、それを回避するためにアイナと婚約することを選んだ。
あいつにとっても悪い話ではないはずだ。
あれで国内の有力一族の娘だ。アイナも政略結婚は避けられない。どうせ愛のある結婚などできないだろう。
知らない男に嫁ぐくらいなら俺と一緒になった方がいいはずだ。
それに。
自惚れだと笑われるかもしれないが、アイナは多分、俺に惚れている。
ちょっと見つめているだけで、熟れたプラムの実のように真っ赤になるのだ。
我ながらどこが良いのかまるで分からない。男を見る目はないようだ。
例え一方通行でも、好きな男と結婚できるならそれなりに幸せだろう。
まぁ、本当にアイナの幸せを考えるなら、恋愛結婚になるように俺が価値観を曲げる努力すべきなのだが、そんなことをするくらいなら魔動回路を組み立てていたい。
悪いな、アイナ。
子どもが欲しいなら協力するし、他に好きな男ができたと言われても怒らない。
だが俺に愛を期待するのはやめてくれ。
旅行の日、顔には出さなかったが、俺はとても浮かれていた。
最新の魔動四輪の助手席に乗れる機会などそうそう訪れない。
七人の魔法使いと荷物を載せても衰えない馬力に、俺は感動を覚えた。
護衛兵がいないというのも自由でいい。
徹底したお忍びだし、メンバーが全員が凄腕の魔法使いなのでこのような奔放な旅が認められた。
「カイル様、車酔いは大丈夫ですか」
「ああ、問題ない。揺れも少なく、素晴らしい性能だ」
運転席で魔法騎士のデュランが頷く。
真面目で常に冷静な男だ。運転も丁寧でそつがない。
道に角イノシシの親子が飛び出してきても、眉一つ動かさずハンドルさばきだけで回避したときは俺の方が驚いた。
「我が弟よ。クールぶっているが、実は浮かれているだろう? このような機会を得られたこと、僕に感謝したまえ」
二列目の座席で兄上がふんぞり返った。両脇に美少女を携え、浮かれているのはお前だろうと突っ込みたくなる。
アイナとイオンは苦笑いを浮かべているが、満更でもなさそうである。兄上が美形だからかもしれない。二人からは「さすがメインヒーロー」「人気投票一位の輝き」と意味の分からない呟きが漏れた。
「兄上……今日のところは素直に感謝の意を示します」
「そうだろう、そうだろう。もっと敬うがいい。僕も可愛い弟の役に立てて嬉しいぞ」
兄上と俺は腹違いの兄弟なのだが、特に確執はない。
むしろ執拗に可愛がられている。
俺がアイナの家から王城に戻ってきたときも、いろいろ気を配ってなじめるようにしてくれた。ちょっとしつこくて暑苦しかったから、兄上には極力近づかないようになったが。
とにかく、兄上は頭空っぽのように見えて、実は懐の広い聡明な方だ。
俺も昔は兄上のことを本気で馬鹿なのではないかと思っていたが、アイナは否定した。
「ベルフェ殿下はわざと愚か者を演じて、侮られることで相手の油断を誘っているのだと思います。本当に信頼できる方を探しているのでしょう」
なるほど、と俺は唸った。
確かに兄上は周りをよく見ている。
「ときに、イオンさん。ギルバートと付き合っているのかい?」
「あら……バレました?」
「お揃いのネックレスをしておいて何を言っているんだい。ああ、残念だ。国の命運を担う聖女殿とせっかくお近づきになれたのに。だが、もしもギルバートに飽きたら僕のところへおいで」
兄上がウインクをすると、イオンはにやりと笑った。実に聖女らしくない微笑みだった。
「ちょ……ちょっと待ってください、殿下。イオンは俺の……です」
三列目の座席からギルバートが控えめに抗議した。その顔には朱色が差している。
「あー、分かってる、分かってる。冗談だ」
「冗談だったんですか?」
イオンが目を細めると、兄上は楽しそうに肩をすくめた。
「美しい女性が隣にいるのに、口説かないのは失礼だろう? ねぇ、アイナさん」
「は、はい」
「きみも我が弟に嫌気が差したら、いつでも僕に泣きついておいで」
アイナは曖昧に笑って俺を見た。
俺は何も答えない。
「弟よ。なんだその無表情は。もう少し嫉妬の色を見せたまえ。婚約者が僕の毒牙にかかろうとしているんだぞ」
「毒牙って……俺は別に。どうでもいいことです」
俺が何気なく言った言葉で、車内の空気が一変した。
イオンだ。イオンから凄まじい怒気が溢れている。
「どうでもいい? アイナのことをどうでもいいって言った? このど――」
「あー! い、イオン。落ち着こう。深呼吸して。なぁ?」
ギルバートに宥められも、イオンは俺を睨み付けている。
正直驚いた。王族の俺にここまで遠慮のない怒りをぶつけてくるなんて、彼女は本当にアイナのことを大切に思っているらしい。
ここは謝罪したほうが良さそうだ。
口を開きかけたそのとき、俺より先にアイナが言いやった。
「イオンちゃん。もう少しの辛抱だから……ね?」
落ち着いた声音だったが、聞く者を震撼させる冷たさがあった。
俺も、兄上も、イオンも、思わず息を飲む。
おかしいな。最近アイナの様子が変だ。不穏な気配がする。
「ひぃ……太陽怖い、車怖い、アイナちゃん怖い……!」
三列目の座席の隅で、アイナの兄のメイザーが小さな悲鳴を上げた。
水音で俺は目を覚ました。
「うっ」
頭がずきりと痛んだ。咄嗟に押さえようとして、手足が動かないことに気づく。
俺は台の上に仰向けに横たわり、手足を拘束されていた。
「な、何なんだ。ここは……?」
ろうそくの明かりが踊り、わずかに周囲の様子が分かった。
石造りの壁に囲まれている。まるで地下牢のようだ。
俺は頭痛を堪えて記憶を辿った。
確か別荘に着いて、みんなで夕食を取った。アイナとイオンが腕によりをかけて作ってくれた料理だ。
それを食べた後、異様に眠くなって……。
「お目覚めですか、カイル様」
牢の暗闇からアイナが現れた。
にこやかな笑顔だが、ロウソクの陰が濃くて大層恐ろしい。
「あ、アイナ? これは一体どういうつもりだ。説明を――」
その瞬間、明かりがついた。
眩しさに俺は顔を顰める。
「我が弟よ。すまないね。だが、これも全てきみの為なのだ」と兄上。
「不忠をお許しください」とデュラン。
「できるだけ傷が残らないようにいたしますので……」とギルバート。
「アイナを蔑ろにする発言を後悔させてあげる」とイオン
「じゃ、じゃあ……始めるよ、アイナちゃん……」とメイザー。
アイナは「お兄様、お願いね」と可愛く笑う。
メイザーは実の妹にびくっと怯え、魔法陣の中で呪文を唱え始めた。
「ちょ、ちょっと待て! なんだ!? 何をする気だ!」
「これからカイル様の呪いを解きます」
アイナは言った。
俺にはまだ王妃の呪いが残っている。
このままだと俺は誰かを好きになると、その気持ちとは裏腹にその人を傷つけてしまうようになるらしい。
「は? それがどうした。俺は誰も好きになんてならない。だから困らない」
「私が困ります。結婚するんですよ、私たち。やっぱり愛し合いたいです」
アイナの白く細い指が俺の頬を撫でた。ひやりとした指先に身が竦む。
「これからいっぱい誘惑して、たっぷり媚薬を盛って、尽くして尽くして尽くして、私のことを好きになってもらう予定です。その前に呪いを何とかしないといけません。だって私、あんまり痛いの好きじゃないんです。カイル様のいじめに耐えられそうにありません」
恍惚とした表情でアイナは言い放った。
「それに……他の女の呪いがカイル様の中にあるなんて、そんなの許せません。放っておいたら八つ裂きにして取り出したくなっちゃいます。だから、ね?」
「ね、じゃないだろう!」
ぞっとした。
幼い頃から知っているはずの女の二面性に。
心優しい常識人だったのに、もはや見る影もない。
呪いどうのこうのより、アイナの方がヤバい。
本気で命の危険を感じる。
そうこうしている間に、メイザーの詠唱で発生した黒い霧が俺の体に纏わりついた。
俺の体に入り込み、何かを無理矢理引きずり出そうとする。その度に鈍い痛みが走った。
「兄上! 助けて下さい! アイナはどうかしています!」
俺の必死の訴えに対し、兄上はケロリと答えた。
「ダメだよ。僕も可愛い弟に愛されたいからね。呪いを解いてもらった方が良い」
「この……クソ兄貴っ!」
「ああ、いいよ! 兄弟喧嘩! 一度やってみたかったんだ!」
ブラコンね、とイオンが鼻で笑った。
俺は何とか拘束から逃れようと手足を動かした。すると、デュランが俺の体を押さえつける。
「くっ……デュラン! なぜお前まで!」
「カイル様の御身の為でもあります。暴れると余計な傷が増えます。……それに、アイナ嬢はこの三年、呪いを解くために必死に訓練してきました。師としては弟子の悲願を果たさせてあげたいのです」
余計なことしやがって。しかもすごい馬鹿力だ。
こんな男に弟子入りしていたのか、アイナ。
「ギルバート! お前は!?」
「俺は……イオンに頼まれたので、断れなくて」
もじもじと恥ずかしそうにはにかむギルバート。
ダメだこいつ。
俺は代わりにイオンを睨み付けた。
「お前か? お前の影響でアイナがおかしくなったのか!?」
魔法学院に入る前までアイナはちょっと奇妙な言動があるものの、普通の女の子だった。
おかしさに拍車がかかったのはイオンと仲良くなってからだ。
「いーえ! アイナがこうなったのはカイル王子のせいですよ。あなたがアイナを闇堕ちさせたんですから」
「な、何を言っている?」
イオンは遠い目をした。
「でもまぁ、親友ですからね。堕ちるときは一緒」
「ありがとう、イオンちゃん。ごめんね?」
「いいのよ。あたしだけギルと幸せになんてなれないわ。それに焚きつけた責任あるし」
女子二人が「きゃっきゃっ」している間に、俺の体からもやもやした物体が引きずり出されてきた。
これが呪いの本体らしい。痛みでどうにかなりそうだ。
「メイザー! もうやめてくれ!」
「ひぃっ」
俺の声に驚き、魔法の威力が少し弱まった。
「お兄様? もっと集中して。さもなくば――」
「分かりましたアイナちゃん! 頑張ります!」
一気に魔法の威力が跳ね上がり、激痛とともにそれは這い出てきた。
『憎いぃ……っ! カイル王子とあの女がァ……』
それは、姿絵でしか見たことのない王妃の生霊だった。
俺は汗にまみれになりながら、呆然と宙に浮かぶ女を見上げた。
「ベルフェ殿下、殺っちゃっていいですか?」
「無論だ。サクッと終わらせてくれたまえ。見るに堪えん醜悪さだ」
アイナは可憐に微笑み、デュランが持ち出した大剣を受け取った。
「我が家に伝わる宝剣だ」
「お借りします、師匠」
白銀の光を放つ剣に、アイナの魔力が注がれる。すると、見る見るうちに闇属性を帯び、剣が禍々しく変形していった。
「カイル様、今、楽にしてあげますからね」
王妃の生霊が咆哮し、アイナに向かって飛びかかった。
危ない、と俺が叫ぶ間もなかった。
アイナは軽く床を蹴り、自分の身の丈ほどもある大剣で生霊を一刀両断した。
魔力の余波が部屋全体に広がり、生霊は「おのれェ!」とザコっぽい断末魔とともに掻き消える。
振り下ろされた大剣が俺の首元でぴたりと止まった。
俺は頬をひきつらせ、生唾を呑み込む。
ヤバい。
こいつの魔力も戦闘力も、王族である俺より上だ。
俺の脳内議会は『どうやってアイナと婚約破棄するか』という議題で紛糾していた。
「と、とりあえず、拘束を解いてくれ」
「え? まだですよ。これからが本番です」
アイナは大剣を肩に軽々と担ぐ。
「王妃の呪いが残っていないか徹底的に調べます。ついでに変な病を持っていないか、ギルさんとイオンちゃんに骨の髄まで診てもらいましょう。その後は二度と呪いにかからないよう、結界魔法を五重にかけます。その間、私が人の愛がどんなに尊いか、この身を以て教えますね」
愕然とする俺に向かってアイナは瞳を潤ませて告白した。
「心からお慕いしております、カイル様」
その後、一週間にわたってその部屋に俺の悲鳴が響き渡ったのは言うまでもない。
月日は流れ、俺は魔法高等学院を卒業し、アイナと結婚した。
……逃げられなかった。
不幸中の幸いと言えば、呪いを長年身に受けていたおかげで闇魔法への耐性がついたことだ。
アイナの催眠、あるいは催淫魔法は俺には効かない。媚薬の類もだ。
「カイル様、浮かない顔ですね。今日も……なしですか?」
夜。夫婦の寝室で、アイナは切なげな瞳で俺を見上げた。
俺は小さくため息を吐き、アイナの肩を抱いた。
「いいかげん、腹をくくらないとな」
あの悪夢の一週間が嘘のように、アイナは健気に俺に尽くした。
俺を魔法でどうにかできないと分かってからは、特にストレートに愛情を表現する。正攻法が一番俺に効くと知っているのだ。忌々しい。
いや、分かっている。アイナから受けた精神的肉体的ダメージは全て、俺にためにやったこと。恨むのは筋違いだ。
俺はその献身に応え、一歩踏み出さなければならない。
「覚悟しろよ。俺は最近、好きな女ほどいじめたくなるという心理が分かるようになった」
愛は人をダメにする。
だけど愛は必要だ。
なくなったら物足りない。
それが俺の行き着いた答え。
失いたくないと思ったらもう逃げられない。
俺はアイナに病みつきになってしまったのだ。
お読みいただき、ありがとうございました。