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絆か枷か【Bond】

 縁側から心地よい風が吹いてきて、もう春であっという間に夏だなあ、と、今俺が体験している現実から目をそらすかのようにほのぼのしてみる。

つるん、と喉を通っていくそうめんがうまくて、大きなガラスの器に浮かべられた氷が綺麗で、風鈴の音に癒される。


「これ、小早川が?」

「お前の目はビー玉か何かか?」


アジのタタキやフライが綺麗に盛り付けられた大皿を指差しながらの問いは、即座に小早川によってリターンされた。いや、台所に立っていた小早川の姿を見たのは確かだけれど、やっぱり確認したくなるのが人の性ってもんだろう?

だって、あの「小早川」なのだから。


「釣って料理するまでが釣り。この人の受け売り」


小早川が示したのは老紳士で、この二人をみてぱっと関係を思い浮かべることができたら、そいつには隠された何かの能力があると思われる。それぐらい共通点が無い二人。その老紳士は穏やかな笑みを浮かべ、静かにこちらに話し掛ける。


「同じ会社の方でしたか」

「はぁ」


僅かに驚いた口元に、それでも上品さを損なわない表情を作る白髪の男性は、あろう事か小早川の父君だそうな。

なぜだか、自分は小早川の実家に上がりこんで図々しくも昼飯などをご馳走になっている。どうしてこうなったかは思い出そうとしても思い出せないけれど、門をくぐってこの人に出会ってからは、催眠術にでもかかったかのようにふらふらとあがりがまちをまたいでいた。

豪快にそうめんをすすっている横で、上品に食しているこの人がその小早川の製作元だなんて、真面目な顔をして言われた後でも信じる事ができない。

コレは余程母親のDNAが強いのかと思ってみても、仏前の写真は華奢で瀟洒な女性が儚げに微笑んでいる。

先祖返りか?という失礼な言葉を辛うじて飲み込む。


「比呂は上手にやっておりますか」

「……。やっておるもおらないもないですが。人望もありますし、出世頭でもあります」


悔しい事にこれは事実だ。

豪快だけれどもがさつ過ぎず、女を武器にしない小早川は大部分の女子社員からも慕われている。そして、そのカラっとした性質は男性社員も一目を置いている。どちらかというと体育会系の部活仲間の雰囲気を呈してはいるが、彼女のいる部署のチームワークも業務成績も社内では一二を争っている。

もっとも、そういうところが気に入らない、と、古臭い考えをねちねちと抱え込んでいる上司がいないわけでもないが、その辺りも小早川は手際よく捌いているように感じる。


「高峰に褒められるなんざ、明日は雨だな」

「失礼な、俺はいつだって嘘はつかんよ」


ははは、と、品のよい笑い声をあげ、小早川の父君が箸を置く。


「もういいんですか?」

「いやいや、年寄りにはこれぐらいでちょうどだよ」

「何年寄りぶってんだよ」

「もう年寄りなの、充分に」

「どうだか、釣りがしたいってこの家を買ったくせに」

「それもこれもおまえがちっとも落ち着いてくれないから」

「どうしてそっちの方向に話をもっていく?」


親子の仲の良い口喧嘩を眺めながら、随分と帰っていない実家を思い出す。

が、どう考えても実家のあれは、これほどほのぼのもしみじみもしなかった事が即座に脳裏に思い浮かび、あらためて月日による懐かしき物への美化、といったものを感じてしまう。


「高峰君、どうかな、この子に合いそうな人がいないかな」

「合いそうな人、ですか?」


突然話をふられ、小早川の方へ視線を走らせながら、社内のメンバーを順繰りに思い浮かべる。

どのペアリングもかかあ天下の漫才コンビか、ツバメを愛でるマダムのような組み合わせになってしまう。

どう考えても小早川の強さに負けないだけの何か、を持っている野郎はわが社にはいそうもない、と、申し訳なさそうに父君の方へと顔を向ける。

派手すぎず、こざっぱりとセンスの良いシャツを着こなして、年相応の髪の色を染めもせず、それでも手入れだけは充分にされているのが窺える。眼鏡から覗く瞳は穏やかで、こういう人が先生だったら俺は従順になんでも聞いてしまいそうだな、と、思わせる匂いがある。 いや、俺はこういう人が父親だったらいいなあ、と思って、うっかりこんなところで小早川と三人で昼飯を食べるはめになったんだと、改めて自分の深層心理をなぞっていく。

だから、俺が、ついうっかり、取り返しのつかないことをその場で言ったとしても、それは仕方がなかったことなのだと、後になって思う。

人はそれを後悔と呼ぶのだろうけれど。




 円卓のテーブルが見える。それぞれに好奇心一杯の笑顔を載せた会社の連中や、親戚がギンギンこちらの方を見つめている。

どうして、と、小早川と触れ合ってからは何度も思ったけれども、今日が恐らく史上最大のどうして、だろう。

俺の隣には色内掛けを着た小早川がちゃっかり座っている。

そういう俺も本日は羽織はかまなんぞを着せられて、まるでこれでは新郎新婦だ。

いや、嘘でも狂言でもなく、俺は今日小早川と結婚式を上げ、披露宴真っ最中のぴっかぴかの新郎だったりする。

初めてあった小早川の父君についうっかり、「俺がもらいますから」などと口走ったあの日の心境はさっぱりわからない。

だけど、隣に座る小早川の事を綺麗だよな、などと思ってしまう自分の気持ちはわかるような気がしてしまうからうっすら恐ろしい。

おまけに、奥の方のテーブルで招待客の若いお姉さんに声をかけて、速攻おふくろに制裁されている親父の姿が見えて、うんざりする。

ああ、俺はどこからどこまでこの人にそっくりだったんだな、と。

お姉ちゃん好きで、年中ふらふらしていた親父がお袋に会った途端、絡めとられるようにして落ち着いて、今現在の立派なかかあ天下な家庭を形成することとなった。もちろん、病気が簡単に治るはずもなく、というよりも、現時点でも全く治ってはいないが、どっしり構えたお袋の要所要所ぴりっとした締めで、あの夫婦は喧嘩らしい喧嘩をすることもなく円満に夫婦というものを今でもやっている。子どもにとってみれば、担任の女教師にちょっかいをかけようとする父親なんざ、どこかのゴミの日にでもまとめて出しておきたいぐらいの存在ではあったが、それはそれでどこか憎めない雰囲気をもっているのが、この男の恐ろしいところだ。

それに、母親は母親で、俺はこの女の人ほど豪胆な女性は見たことがないと、小早川に会うまでは思っていた。そして、小早川に出会って、お袋以上に豪快な女が存在するという事実に驚いた。

世の中って広い、そして、そんな女をよりにもよって嫁にするだなんて。

俺の中にはそういう遺伝子情報がインプットされているのだろうか。

しょぼんとしている隣でやっぱり若い女の子にきょろきょろ視線を走らせながら、速攻で義理姉さんに牽制されている兄さんを見て思う。

ああ、とうとう母さん、義理姉さんそして、どこまでも母さんにそっくりで、女癖以外の部分が父さんにそっくりな夫を連れてきた妹と、とことん似たタイプが揃ってしまった。

誰か一人ぐらいタイプが違う人間がいたっていいじゃないかと、抵抗につぐ抵抗を試みたものの、結局落ち着く先はここだったのかもしれない。

小さな写真立てを膝の上にシッカリと抱え、うっすらと涙ぐんだ小早川の父親をみて、この人を義理でも父親と呼べることを嬉しく思う。

それ以上に俺は、この隣に座っている人と夫婦になれることを嬉しく思っているだなんて、あの朝には想像もしなかった。

自分の右腕に銀色の腕輪が見えたような気もするけれど、しかもそのチェーンの先を小早川がしっかり握っていそうな気もするけれど、これはこれで幸せだという事で気にしないでいることにしよう。


どうか、この枷が永遠をつなぐ絆となりますように、なんてことを思いながら。


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