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優しさか弱さか【Tender】

 なんでこんなところでこんなことを。

ため息と一緒にもれ出た俺の呟きは、大海原へと消えていった。

といっても、ここは典型的な漁港用に整備された港であり、視界に広がる海ですら沖波戸によって区切られている。

だけど、キャンプなぞ中学以来で、アウトドアといえばスノーボードぐらいしかやったことはない俺としては、十二分に大自然の中に放り投げられた気分だ。

スノーボードですら、格好をつけてウェアと道具を揃えたものの、あたりまえだがあまりに寒いので一回きりでやめてしまった。その俺が、どうしてこんなところにいるのかというと、その元凶がツバの広い帽子をかぶって、色気も何もなく無地のタオルを首に巻きつけて釣り竿をもって隣に存在している。

なぜだか自分も釣り竿を持たされており、時々ぴくりとくる振動に驚き、魚が掛かった日には慌てふためくという醜態をさらしてしまっている。


「たばこ吸っていいか?」

「ああ?携帯灰皿もってんのか?」

「一応」

「だったら好きにすればいい」


ざっと見渡しても麦藁帽子を被ったじいちゃんたちが煙草を吸いまくっている環境の中、こんなことを一応相手に聞いてみる俺は、なんとなく小早川を女の子扱いしているようで、鳥肌が立ちそうだ。

そう、小早川だ、小早川。

あの日、気分良く誘った俺を、まっさかさまに陥れてくれた張本人は、次の週にはあっさりと俺に「おまえって朝強い?」と見当違いの質問を口にしてくれた。

それをうっかり「強い」などと答えてしまった俺も俺だが、その回答から導き出された結論が、今日の今、俺が味わっている経験になるだなんて誰が想像できるだろうか。


「お!」


そう言って立ち上がった小早川は手慣れた様子でリールを巻き上げ、あっという間に何かぴちぴちうごめく青色の魚を釣り上げた。


「鯖だ、鯖。群れがいるな」


そう言いながらも、素早く鯖の首をおり、鮮血を迸らせながら内蔵を出している。

その光景があまりにも小早川に似合っていて、思わずこいつが猟銃をもって山を駆け回っている姿まで想像してげんなりする。


「良く平気だな」

「ん?鯖はこうしとかないと腐るだろ?せっかく刺身で食べられそうな食材をもったいない」

「リリースするとか、ほら、あるだろ?色々」

「美味い魚なのにか?あほだろ、お前」


あっさりと言い切り、血ヌキの終わった魚をビニル袋にいれ、クーラーボックスヘと投入した。そのボックスの中には、俺が人生初めて釣り上げた小鯵も入っている。どうしていいのかわからず、釣り針から外すところから、締めるところまで小早川にやってもらった代物だ。

まったく料理をしないと言い切った俺に、とりあえず食えるようにして土産にしてやるから、と、親切にも請合ってくれた。

どういうわけか、小早川は料理もできるらしい。

いや、朝ごはんをご馳走になっておいて、こんなことを思うのも阿呆ではあるが。

なんとなくしっくりくるような、しっくりこないような。捻りはちまきに男物の着物を着て、でかい魚を捌いている姿は想像できるのに、エプロンにかわいらしくプチトマトなんかを切っている姿を想像できないのは、俺の小早川像はどこまでも女らしくすることを拒否している。


「で、どうするよ」


風もなく、暖かいというより暑くなってきた日差しの中、ぱったりと周囲の動きが止まる。

じいさん達曰く、潮が止まった、らしい。

どこがそうなのかはわからないが、小早川は煙草を一本取り出しながら、片付け始めた。


「おつかれさん、初めての割には良く釣れたな」

「はあ、どうも」


褒められれば悪い気がするはずもなく、なんとなく気分が上昇する。

自販機で買ってきた冷えたお茶を渡され、それを飲む。思った以上に喉がかわいていたらしく食道を通る冷たい感触がとても心地よい。

足手まといにしかならない俺をぽつねんと残しながら、てきぱきと後片付けをしている小早川は、適当に家族連れできていた子供達を相手にしながら、豪快に笑っている。

曰く、これは毒がある魚だから危ない、だの、これはから揚げにすると美味い、だの、聞かれるままに小さな子供達に笑って説明する姿は、会社に居る時には想像もできない姿で、なんとなく心臓がどきどきする。


「はい、終了、帰るか?」

「ああ」


荷物を持って彼女の隣に立ったとき、ふいに違和感を覚えた。

それが、どこからもたらされるのかがわからず、もやもやが広がる。

彼女の四駆に乗り込んでいる姿を見るとはなしに眺めていると、その違和感の正体がはっきりと姿を現した。

彼女はいつも履いている靴とは違う靴を履いている、というあたりまえの相違点。

黒のパンプスを愛用している小早川は、常ならば俺と同じ視線で立っている。

だが、ヒールも何もない運動用の靴を履いた小早川の視線は、俺のそれよりわずかばかり低い。

こいつって、俺より背高いわけじゃなかったんだ、と、当たり前の事に気がつかされ、また一つ、小早川を女の子扱いしてしまいそうな自分に戸惑う。


 まだ午前十時をわずかに回ったところを指している腕時計を外すと、そこにはくっきりと焼け残された白い肌が覗く。

こんな一日も悪くはない。

戸惑いよりも何よりも、そう思いながら俺は小早川の車に乗り込んだ。


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