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意志か意地か【Will】

――おかしい。

何度目かの心の思いは、呟きとして漏れ出してしまったらしい。

傍らで眠っていた彼女が、くすりと哀れみの笑みを浮かべる。

いや、彼女は本当に同情しているだけで、こちらを蔑んでいるのでも見下しているのでもないことはわかっている。

だが、ちっぽけな男のプライドが、そう思わずにはいられないところにまで追い込められているだけだ。

絡め取られた左腕をやんわりと振り払い、起床には早すぎる時間だというのに身支度を整える。


「もう帰っちゃうの?」

「ああ……」


女の子特有の柔らかい声質も、今日の自分には追い討ちをかけられているようにしか思えないだなんて結構重症だ。

さよならも言わずに、まだ暗い街中へとふらふら歩き出す。

タクシーを使う、という選択肢さえ浮かばず、あの悪夢から一週間の間に起こった出来事を思い起こす。

やっぱりおかしい。

そもそも、あの小早川と関係を持ってしまったこと事態がおかしなことともいえる。

女成分ゼロパーセントどころか、どう考えてもあいつは学生時代巨大同性ハーレムを作っていたに違いない、という小早川の男らしさは誰もが知るところである。仕事上のパートナーならいざしらず、ソレでも主導権を握れないもどかしさから遠慮はしたいところだが、私生活のパートナーなどありえない。

ましてや遊びで食べたい相手では断然、絶対ないといえる。

どうして泥酔した上に、俺の理性ははじけ飛んでしまったのだ?

なにより、どうして俺のそれは、あれ以来一度もいう事を聞いてくれないのだ?

先ほどの彼女の微笑が突き刺さる。

やっぱり、アレは俺を馬鹿にした笑いだと、日が昇るころだというのにますます自虐的な思考に陥っていく。

そんなはずはない、あの子はそういう子ではない、と思い直してはみるものの、自信喪失のショックは大きいらしく、ちっともその思いを拭い去ることができないでいる。

女の子は大好きだ。

柔らかい肌も、ちょっと甲高い声も、小さくってかわいい体も、何もかも好きなところだらけで、男に生まれてよかったとここで叫んでも構わないほど大好きだ。

親に感謝するべきか、もって生まれた容姿のせいで女性に毛嫌いされる事もなく、どちらかというと本命チョコレートを年に数個は貰う程度にもててくれている。おまけに社会人になってからは人生で一番のモテ期にはいったのか、ひっきりなしに女性の方からお誘いがかかってくる。

それで面倒くさい事になったことも一度や二度ではないけれど、それでも女性と付き合うことはやめられない、とばかりに、俺はこのライフスタイルを変えるつもりはない。もっとも、ここまでくると社内のネットワークのせいなのか、俺と波長の合う女性ばかりが寄ってくるようになり、そういう修羅場的な面倒くささはここ一二年はご無沙汰だ。

だからこそ、これからもその夢みたいなばら色の人生が続いていくはずだったのに、と、つい先週の人生唯一ともいえる灰色の思い出が蘇り、鳥肌がたったような気がした。


「とりあえず、着替えよう」


うっすらと白んだ空を睨みあげ、ようやくタクシーを捕まえて家路に着く。

どうして、俺の下半身はダメになってしまったんだーーー、という心の叫びを抱えながら。




「おう」

「……おはようございます」


全く事前も事後も変わることなく、本当にただの同僚に対するように接してくれる小早川は、絶好調とばかりに朝から元気である。

一方の俺は仕事以外の連戦連敗をひきずって、業務にも支障をきたしそうなほどしょぼくれている。

そんな俺に気合を入れたいのか、背中を一発ばしんとたたき、珈琲を片手に小早川は自らのデスクへと戻ってしまった。

はあ、と、ため息がでる。

くたびれきった俺には、今日が金曜日だという事だけが救いだ。

今日は月曜から続いた女の子との親しいお付き合いとその失敗を繰り返さないように、とりあえず家でおとなしくしていよう、と、やる気なさげにパソコンの電源を入れる。

仕事は仕事だ、とスイッチをなんとか切り替える。

それでも、なぜだか目の端っこに小早川が映りこむ事を不快に思いながら。




 腕を振り回して、コリをほぐす。

一日中デスクワークの時にはついついやってしまう親父臭い仕草だが、コレが意外と気持ちがいい。

ぐりぐりと肩甲骨の辺りを押さえ、ソレが目の神経まで繋がっているようなかすかな痛みにうめきそうになる。


「高峰さん」


ゆっくりと帰り支度をしていると、子鹿のようなかわいらしい女の子が近づいてきた。

社内で「愛人」にしたい女性ナンバーワンを誇る総務部の中村さんだ。ちょっとだけお近づきになりたいと思っていた彼女の接触は、本来ならば大変喜ばしいことともいえる、本来ならば、だ。

そんな彼女がにこにこと俺の後ろに立ったまま、何かを言いたそうにしている。

おそらく、飲み会か食事の誘いだろう。

自惚れではなく、俺にそういう粉をかける女性陣は大勢いるし、ここのところは割切った関係を求めるさばけた女の子達ばかりだとはいえ、何も知らない新入社員などは、真剣な相手として俺を指名することも多いと聞いている。

実際に行動を移すのはまれな方だけれど、それでも、こうやって人前で堂々と声をかけられることも珍しくはない。

案の定はにかみながら、良かったら食事にでも、とかわいらしく誘ってくれる。

そんな誘いに飛びつかないわけはない。

が、この女の子はまず間違いなく危険だ。

あくまでも恋人にしたいやお嫁さんにしたい、ではなく、あえて愛人にしたいという冠がつく雰囲気の女の子と言えば相場が決まっているし、なにより、俺の本能が危険を告げている。

食事をして軽く飲んで、お決まりのようにホテルに行ったが最後、俺はこの子に一生とり付かれるに違いない、そうガンガン警鐘を鳴らしている。

正直なところ、その辺りのアンテナの精度は抜群だ。

間違えたことはない、間違えたことはないけれど、うっかりはまって大変になったことは少なからずある。その、大変な目を思い出し、当り障りのない断りの文句を考える。

さあ、傷つけない程度にはっきりとお断りをしよう、とした瞬間、小早川の嘲笑をまたもや目の端っこに捕らえてしまった。

あんなことをしたのに、だとか、あんなことになったのに、小早川はこちらのことなど一顧だにせず、相変わらず小早川は小早川のままで、俺はあいつの前で右往左往している。

俺にとってもあれは、なんでもないことだったはずだ。

そう思った途端、俺は目の前の彼女の誘いにあっけなく乗ってしまった。

小早川は、笑っても怒っても呆れてもおらず、ただ俺に「おまえってもてるなぁ、やっぱり」と言う素直な感想を残してくれた。

嬉しそうな彼女と、こちらを振り返らない小早川。

このときの俺は、見えない何かに対して意地になっているとしか思えなかった。

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