バーチャルでは代用できないコト
ご隠居と八っつぁんは、「割れ鍋に綴じ蓋」と呼ばれるほど仲のいいコンビではあるが、だからといって四六時中一緒に行動しているわけではない
時には単独で行動することもある。
その際たる時。ソレは――
「おっと……すまねえ、ちっと“外”行ってくらあ」
「あー……どっちだ?」
「長い方だ」
「わかった。ゆっくり行っといで」
――いわゆる、ご不浄である。
八っつぁんを見送ったご隠居は、“外”から戻ってくるのを待っている間、何をするでもなく、ただ物思いにふけっていた。
そして、大体10分程経った頃。
サッパリした顔で戻ってきた八っつぁんは、自分とは対照的に難しい顔をしているご隠居と対面していた。
「いやー、すっきりした……ん? どしたい変な顔して」
「変な顔たあ、御挨拶だね。いや、どれだけバーチャルの中身が充実しても、風呂とトイレはどうにもならんな、と考えてたんだよ」
「あー、風呂とトイレは、言われてみりゃ“外”に行く必要があるなあ」
言われて気づいた、という風に相槌を打つ八っつぁんは、考えなしで話を続けた。
「……流動食みたいに機械に任せにできないもんかね」
ご隠居も、「機械ねえ」とつぶやきながら、話に乗ってきた。
「昔の万博では、全自動風呂なんて展示が、あったらしいがね」
「昔って、いつの話?」
「あー……大阪だったかな?」
「そんな、生まれる前の話をされてもよう。なんて反応すりゃいいんだい?」
「そんなら、一人用サウナなら分かるかい?」
「んー、なんか晒し首になってるような写真を見たことがある気がするが、それであってる?」
「晒し首って、時代劇じゃないんだから。まあ、あってんだけどな。その写真を思い出してみりゃ、プレイ風景がどうなるか、想像付くだろ?」
唸り声を上げてプレイ風景を想像した八っつぁんが、一言つぶやいた。
「……ヘルメット被った生首が並ぶのは壮観だねえ」
「壮観って話で済みゃいいがね」
その能天気な感想に、冷静なご隠居の突込みが入る。
言われてむっとした八っつあんは、取り繕うように話を続けた。
「だけどよ、浴室にテレビ持ち込んでよ、半身浴しながら見るってのがブームの時代もあったんだぜ。そのテレビをヘルメットに替えりゃ、似たようなもんだろ」
「流動食はどうするんだ?」
「えっと……それも風呂に組み込んでさ」
「そうやって何でもかんでも組み込んでいくと、最終的に“液体で満たしたタンクに組み込まれて出られなくなる”オチになるよ」
「そんな映画、あったなあ」
「極まった話になると、培養液に脳みそ漬けて、電極刺すレベルになるんだろうけどな」
「そこまでいかないと駄目かね」
「ヘルメット付けたままじゃあ、頭が洗えねえしな」
「それはどうでもよくねえか?」
「まあ、栄養補給やら老廃物処理なんかを考えたら、脳みそを維持するだけのほうがいっそ楽だと思うよ。大体、四六時中風呂に浸かってたら色々とふやけちまうし、ソレでよくてもトイレはどうにもならないだろ?」
「あー……風呂とトイレは一緒にできないか」
「洗うつもりが、全身ばばっちい事になりかねないね」
しかし、相手のほうが一枚上手だった。
笑いながらドヤ顔で見てくるご隠居に対して、悔しそうな顔の八っつぁんだったが、まだ相手にぎゃふんと言わせたいのか、しつこく食い下がってきた。
「……じゃあ、風呂は諦める。でも、トイレだけなら、何とかなるだろ? 便座を椅子代わりにして、座った状態でプレイすればさ」
いい加減打ち切りたいと思っているご隠居は、あきれた顔で指摘をする。
「設備はソレでも何とかなるかもしれんがね、垂れ流した後どうやって拭くんだい?」
「あー……拭く手間は、あれだよ、シャワーで洗い流せば」
「そんで、水で濡れたままの下半身露出してゲームつづけんのかい? ケツが風邪ひいちまうよ。それにあれだよ、下手にバーチャル内で済ませるクセが付くと、リアルでうっかり粗相しちまうかもしれんよ?」
「そりゃ困……いや、“外”に出なけりゃ、クセの問題は無視できる。何の問題も無い」
「……まあ、昔のネトゲ廃人なんかは、トイレに行く時間も惜しいってんで、ペットボトルを尿瓶代わりに使ってたって噂もあったぐらいだしな。同様に、“外”に出るのも面倒くせえって大人用オムツを常用してるなんて輩が、現存しているかもしれんがね」
「尿瓶って、小か。大はどうしてたんだ?」
ある意味もっともな八っつぁんの疑問について、ご隠居は顰め面で応えた。
「……さあて、考えたくも無いね。というか、ヒキコモリの日常なら、八っつぁんのほうがよく知ってんじゃないのかい?」
「俺はトイレ行ってたもん」
「ああ、そうかい……」
何とも埒が明かない、と業を煮やしたご隠居は、突き放すように問いかけた。
「なあ、八っつぁん。あんた、下半身があかぎれになって切れて血まみれになるのと、汚物まみれのオムツ姿で股間が爛れるのと、どっちがいいね?」
真顔で考えていた八っつぁんは、何ともばつの悪そうな顔をして、言った
「……この話は、終わりにしようか」