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仮想世界は誰のもの?


 VR竜宮荘の屋上に、八っつぁんが一人で佇んでいた。


 仁王立ちしている彼が手にしているのは、緑色の液体が入ったコップだ。

 何ともいえない青臭さが特徴で、健康にいいという触れ込みで売り出したものの、バツゲーム用で売れ行きを伸ばして有名になった、曰く付きの飲み物だ。


 腰に手をあてて、飲み物をあおり、一言。


「うーん……CMじゃねえが、いつも通りに不味いな!」

「じゃあ飲むなよ、八っつぁん……」


 いつの間にか隣に来ていたご隠居が、あきれたような声で突っ込んだ。


「ああ、ご隠居さん、おはよう。いや、これ飲まないと目が覚めないんだよ。ずーっと飲んでたからさ」

「そんなに飲みたいなら、あれだ。水代わりにタンクへ詰めたらどうだい?」

「おう、それなぁ。いっぺん聞いたことはあるんだけどよ」

「あんのかよ」

「おうよ。でな、異物が混入しても分かんなくなるからやめろ、って止められた」

「そりゃそうだ」

「ああ、緑色だろ? パイプの中で藻が繁殖してもわかんねえってことに、言われてから気づいてな」

「そっちかよ。というか、古い水冷パソコンじゃねえんだから、藻は生えねえよ」

「ま、そんなこんなでな。俺だって藻を飲みたくはねぇから、あきらめた」

「八っつぁんらしいね……理由が」


 肩をすくめながら、ご隠居が呟く。

 その声が聞こえているのか、いないのか。八っつぁんはドコ吹く風とばかりに、朝の体操を始めた。


 相方がきびきびと体を動かすのを眺めているうちに、ご隠居の中で、とある疑問が浮かび上がって来る。


 今日の話題はコレにしよう、と決めたご隠居は、改めて八っつぁんに水を向けた。


「しかしなあ、実際に飲んでるのは、水だろ?」

「あ、ソレを言っちゃう? まあ、そうなんだけど……この味が重要なんだよ、味が」

「鰯の頭も、ってやつだな。俺には分からんが」

「そりゃ、アンタは飲んでなかったもん」

「VRっても、そういうところは習慣に勝てない訳だ」

「味もな。俺ぁ、すんげえ鮮明に分かるんだけどさ」

「俺が飲んでも、なんか青っ臭い飲みモンって程度だってのは、前にも言ったよな。つまるところ、個人差ってことになるわけだ、が……」

「なんだい、ご隠居さん。変にもったいぶるね」


 ご隠居の思惑通り、話に乗ってきた八っつぁんの様子を見て、しめしめとばかりに本題に繋げた。


「いやね、八っつぁん。VRに対する適性って、考えたことあるかい?」

「また急にきたねぇ。えーと、適性? そんなモン、皆ヘルメット被れば使えるじゃないか」

「いや、そうじゃなくてな……その、不味いジュースなんかにしても、俺と八っつぁんじゃ感じ方が違うだろ?」

「ああ、そうだな」

「つまり、VRで再生される臨場感ってのは人によって違う、ってのは分かるよな? つまり、そういう臨場感を満喫しやすい人ってのはどんな人か、って疑問さ」

「あー、何となく言いたいことは分かった。はー、相変わらず色々考えるね、ご隠居さんは」

「分かるかい?」

「分からん」

「即答かい。まあ、そう答えるだろうってのは予想してたけどさ……ちっとは頭使わないと、ボケが進むよ?」

「ソイツは困るなぁ……」

「まあいいけど。適性ってのは、あれだよ、さっき八っつぁんは『ヘルメットを被れば誰でも使える』と言ったよな?」

「ああ、言った。そいつがどうかしたか?」

「ちったあオカシイと思わねえか? 例えば、脳の大きさやら、しわの数なんかにゃ、個人差があるだろ? なのに、全員が同じように、ただ被るだけで使える、ってことによ」


 言われて考え始めたのか、八っつぁんの様子がおかしくなった。

 そして、へたくそな阿波踊りような仕草をし始める――まるで、見えないヘルメットを手探りしているかのようだ。


「……おいおい、おどかすのは無しだよ。怖くなっちまったじゃねえか」

「あわてんじゃないよ、まったく。ヘルメット外すつもりなら、リアルの手を動かしなさいっての。まあ、答えを言うとな、この機械は細かいあれやこれやを忠実に再現しているわけじゃないってことだ」

「どういうこったい?」

「そうだな。お前さんにも分かるよう、簡単に説明をすると……あれだ、すげえリアルな夢、と言えば分かるかい?」

「へ? 夢? じゃあこの……」


 言われた八っつぁんは、ぽかんとした表情を浮かべ、ジュースを飲んでから言った。


「……マズイ味も夢ってかい?」

「ああ。プレイヤーの記憶をとっかかりにして、世界があると錯覚させる、って触れ込みだったかな。だから、八っつぁんがそのジュースを飲んでマズイって感じるのは、ただの思い込みってわけだ。そうやって機能を限定したことで、誰もが『ヘルメットを被るだけ』で使えるようになった、らしいよ」

「だったとか、らしいとか、なんかあやふやだね」

「俺だって詳しいことまで知ってる訳じゃないからな。ゲーム開始前に調べた程度の話じゃあ、コレぐらいが関の山さ。さて、ここで話を最初に戻すとしようか」

「最初って何だっけ?」

「はあ……VRの適性って奴だよ。刺激されるのは自分の記憶ってことは、だ。自分が知っている範囲であるほど鮮明になるよな?」

「ははあ、ようやっと、ご隠居が何を言いたいか、分かってきたぞ」


 ご隠居の言葉を受けて、ようやく納得が行ったとばかりに、八っつぁんは手を打って応えた。


「つまりはアレですか、色んなことを手当たりしだいツバつけて回ってた節操なしの爺婆のほうがリアルに感じられる、って言いたいわけですな」

「なんか身も蓋もねえな……せめて、“人生経験が豊富”、なんてぇ具合に格好つけて欲しいもんだがね」


 ご隠居は、ようやく結論にたどり着いたのが嬉しいやら、言われ方が悲しいやら、よく分からない表情で八っつぁんを見る。

 一方、言った八っつぁんも、よく分からない表情でご隠居を見ていた。


「んー、でもそうなると……なあ、ご隠居さんよ」

「なんだい?」

「色々知ってるほうがいい、ってのは分かったよ。その上でちっと教えてほしいんだが、ボケて忘れっちまったらどうなんだい?」

「認知症が進んだらどうなるのか、ってことかい? 八っつぁんらしくも無く、難しいことを言い出したもんだが……ソイツは、正直わからねえとしか言いようがねえ」

「アンタでも知らないかい」


 難しい顔をしたご隠居に対して、八っつぁんは煽るように畳み掛ける。

 だが、ご隠居も慣れたもので、特にどうと言うでもなく話を続けた。


「あたしを何だと思ってんだい……というかな、そもそも感じ方には個人差があるって言ったろ? だから、変わってても、他人にゃわからねえんだよ」

「どういうこったい?」

「うーん……極端な話として、八っつぁんの味覚がおかしくなって、いつもはもっと濃い味のジュースを飲んでた、と思いこむようになったとするわな。そうすると、その通りの味になる」


 言われて気になったのか、八っつぁんが思わずジュースを一口飲む。


「この苦い奴が、もっと濃く?」

「もっと苦くなるのか、塩辛くなるのか、それはわからねえがな。だが、八っつぁんの認識では、その味が“いつも飲んでた味”なわけだ。ソレを飲んだ時、八っつぁんは何て言う?」

「……普通に飲み干して、マズイって言う、かね」

「そうだな。自分が飲んでた味のものを飲んだからって、おかしいとは言わないわな。だから、違ってるってことが、他人が見てる分にはわからねえ」

「なるほど……」

「他の感覚なんかも、似たようなもんだ。変わってることは自分じゃなきゃわからねえんだが、自分の基準自体が変わってるから気づけねえ」

「ははあ……難しいもんだね。でも、変わらずゲームができるってえ割には、そういった人をゲーム内じゃ見かけないね?」

「それは、まあ、なあ……認知症ってなあ、問題の本質は物忘れじゃあねえ。色々と記憶の繋がり方があやふやっつーか支離滅裂になることだ。下手すっと、一般のプレイヤーに迷惑を掛けっちまうから、MMOエリアにはあんまり出てこねえんだ」

「というと?」

「大体は、プライベートルームをカスタマイズして、個別にケアされてるんだよ。バーチャルの中なら安全だってんで、利用者からも親族からも文句は出てねえって話だ」

「なるほどねえ。まあ、なんだかんだで普通に過ごせてるんなら、あんまり気にする必要も無いってこったね」


 聞きたいことが聞けて、安堵した様子の八っつぁんを横目に、ご隠居は肩をすくめながら話を続けた。


「――無関係の輩からなら、バーチャル姥捨て山だの、仮想軟禁部屋だの、拘束道具をVRに変えただけなんて“ご意見”が、山のように来てるらしいが、ね」


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