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Read Me First ――プロローグという形の状況説明

 時は近未来。

 日進月歩の情報技術は、思考による操作をベースとしたVR技術の開発に成功した。

 普及にはかなりの抵抗があったが、そんなハードルを吹き飛ばす勢いで、VRを一気に普及させたコンテンツ。

 それが、MMORPG“Fountain of Youth”である。


 老人層をメインターゲットとして、介護に必要な機能にリソースを集中する。

 初期費用を安く上げるため、機材は年単位のリース契約とし、同時にユーザーを囲い込む。

 利益は、消耗品の販売と、連動させるデイサービス事業の売り上げで確保する。


 徹底して老人のサイフを狙い撃ちにした運営方針には非難の声も上がったものの、対象となった老人達は諸手を挙げて歓迎し、悠々自適のバーチャル・ライフを満喫していた。


――各プレイヤーの日常や、様々なプレイスタイルについては、シリーズの短編ならびに連載にて紹介しているので、興味のわいた方は是非併せて参照いただきたい。


 それはさておき。


 そんなゲームであるから、老人のサポートに特化したギルドができるのも、ある意味当然の流れだった。


「ヨコハマ・サーバー」にあるギルド「蓬莱山」も、老人専用に設立されたギルドの一つだが、チョットだけ規模が違った。

 規模と言っても、人数ではない。

 ゲーム外でも共同生活をしている――介護付き有料老人ホーム「竜宮荘」の入居者限定のギルドなのだ。


 老人ホーム「竜宮荘」は、「リアルからバーチャルまで、一貫したケアを提供する」をうたい文句として、入居者を募集した。

 そして、仮想世界の島を一つ丸ごと買い上げ、カスタマイズを施したのだ。

 その結果、絶海の孤島と言うべき場所にあった島は、まさに“老人達の楽園”と言うにふさわしい装いの、リゾートアイランドに生まれ変わっていた。


 そんな島の中央にある、中華風の楼閣。

 ギルドハウスとして建設したものだが、メンバーも、関係者も、誰一人として“ギルドハウス”とは呼んでいない。

 バーチャル老人ホーム(Roujin-Home)「VR竜宮荘」――誰が言い出したのかは、定かではない。だが、全員が声をそろえて、そう呼んでいた。


 VR竜宮荘では、様々なプレイヤーが日々を過ごしている。

 島は隔離されているわけではないし、“老人ホーム”だからといって、引きこもらなければならない道理も無い。

 むしろ、安全なバーチャルの中だからこそ、積極的に何でも――ゲームの攻略はもちろん、絶叫マシン的なアトラクションや秘境探検、コスプレといった新たな趣味などにも――チャレンジをする人が多く、総じて若い世代よりもアクティブに過ごしていた。


 とはいえ、どうでも良い与太話を、ああでもないこうでもないと繰り広げるのが趣味というプレイヤーも、中には居るようで……


---


 VR竜宮荘の裏手にある、富士山に良く似た山。

 その頂に、二人のプレイヤーが居た。


 そのうち、後から来た老仙人風のアバターが、先に山頂に居た若者風アバターに声を掛けた。

 老仙人キャラの名前は“徐福”。理論派で、人にモノを教えるのが好きな、お節介焼きだ。


「なんだいなんだい、部屋に居ないと思ったらこんなトコに来て雑煮なんか食っちまって……正月にはちょいと早いんじゃないかい、八っつぁん」


「来てたのかい、ご隠居さん」


 声を掛けられた若者は、振り返ることも無く応えた。

 若者キャラの名前は“オロチ”。感覚派で好奇心も強く、質問するのが好きな、知りたがりだ。


 お互い、老人ホームに入居してからの知り合いだが、教え好きと知りたがり、ということで馬が合ったのか、その日のうちに“ご隠居さん”“八っつぁん”とあだ名で呼び合う仲になっていた。

 周りからも、「割れ鍋に綴じ蓋」と言われている、凸凹コンビだ。


 そんな仲なので、突然声を掛けられるのも慣れっこの“八っつぁん”は、何事も無い様子で話続けた。


「いやね、いい時代になったもんだと思ったら、居ても立っても居られなくなってね。思わず、富士山頂で朝日を拝みたくなって、気が付いたら雑煮持って移動してたんだ」

「相変わらずよくわからない理屈だね。しかし、こんな富士もどきで、満足なのかい?」


 ご隠居の指摘も、最もだった。

 裏山というレベルではない高山ではあるが、富士山のデータを再現したわけではない。

 だが、八っつぁんはまったく気にしていなかった。


「細かいことは言いっこなしだよう。江戸の昔から、富士塚ってのはあったんだからさ」

「八っつぁんにしちゃあ、変なこと知ってるね。というかね、お日様拝むなら不精しないで“外”で見なさいよ。ちょっとヘルメットはずしゃいいだけなんだから」

「やだよう。さみいじゃん」

「やれやれ。出不精、ここに極まれりだね」

「デブとはなんだ、デブとは」

「変なトコに反応したね……あー、じゃあヒキコモリ」

「それならいいや」

「いいのかよ。まあ、いいんならいいけどよ」


 あきれながら、ご隠居は話を続けた。


「話を戻すけどよ、引きこもってるのに、ご来光は見たいもんかね」


 すると、どこかすねるような口調で、八っつぁんが答えた。


「というかよう、自力で行くのは到底無理じゃないか」

「あー……そりゃあ、まあ、八っつぁんにしてはマトモな言い分だね。行って帰るまでの道中やら、味わう苦労が旅の醍醐味だってえ声もあるが、ありゃあ体が丈夫な連中の言い分だよな」

「そうそう。この年になると、ちょっとした段差でも命取りだから、うっかり外にも出られねえ」

「とはいえ、初日の出を見るだけなら、そこの窓から見えるんだがね」

「ソイツは言いっこなしだよう」


 もっともな指摘を受けて気まずくなったか、八っつぁんは話題を切り替えた。


「しかし、バーチャルの何が嬉しいって、やっぱり食事が一番だな」

「急にどうしたい?」

「いや、死ぬほど餅食っても喉が詰まる危険がないってのが、もう嬉しくてね」

「確かに、このゲームのおかげで、年末年始に救急車が出動する回数は激減したらしいよ」

「へえ、そりゃあ、救急車も商売上がったりだね」

「バカ。救急車は商売じゃねえよ。それに、消防署やら葬儀屋なんかは、暇なほうがいいんだよ」

「へへへ、そりゃそうか。しかしなんだね、爺婆が好きなだけ餅を食いまくるってえと、餅屋は笑いが止まらないだろうね」


 どこか下品な笑みを浮かべる八っつぁんをみて、あきれたような顔のご隠居が突っ込みを入れた。


「……はあ。アンタが言いたいことは何となく分かるがね、もうチョイ考えなさい」

「何を?」

「バーチャルの中でどんだけ餅が食われたって、実際に減ってるのは流動食じゃないか」


 八っつぁんは、言われて気づいたとばかりに、愕然とした顔をご隠居に向けた。


「あ」

「わかったろ? どんだけ食われても餅屋は商売上がったりなの」

「一円も儲からねえって?」

「社員の買った鏡餅代ぐらいは、増えてるかもしれんね」

「切ないねえ。でも、ゼロよりは……」

「……まあ、鏡餅を買う暇のある社員が居れば、の話だがな」


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