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第六話 ③

葵がいない。

気がついたのは深夜2時。

葵の寝ていた場所から、その体温を感じない。

どこに行ったのだろう。

何故か、私は異様な不安に襲われた。

「葵……」

 探そう。

 そう思い立ち、個室を出る。

 薄暗く、そして静寂に包まれた旅館内を速足で歩きまわる。

 深夜にも関わらず、明かりが漏れる部屋を見つけた。

「応接室……?」

 いかにも高級そうなその襖に近付き、聞き耳を立てる。

「~~~~~~」

 葵の声だ。何を話しているのかは分からない。

 だが、葵とは別に男性の声も聞こえる。

 ……。

 誰と話しているのだろう。

 ここは、黙って部屋に帰るべきなのではないだろうか。

 けれど、葵が部屋を抜け出してまで話をしに行く相手が気になって仕方ない。

「…………」

 私はいけないとは思いながらも、気付かれないように襖を少しだけ開けた。

 葵はパジャマではなく、いつもの浴衣を着ていた。

 葵と向かい合って話しているのは、五十代くらいの髭の男性だ。

「まぁ、家に友達を呼んだことは不問としよう」

「申し訳ありません。お父様」

 断片的とは言え、会話から状況を考察する。

 髭の男性は葵のお父さんで、きっと予定より早く帰って来たんだろう。

 そして、葵が私を家に呼んだことが発覚した。

 でも、酷く怒られているようではなくて安心した。

 私も部屋に入って謝罪と挨拶をした方がいいかな?

「例の件、考えてくれたか?」

 襖を開ける時ってノックでいいのかな、などと考えていた時、急に葵のお父さんが話を切り出した。

 なんとなく、禍々しい空気を感じる。襖に掛けた手を離した。

「……」

 黙り込む葵。

「まだ、決心してくれないのか。この旅館のためなんだ。分かるだろう」

 葵のお父さんがため息と共に言う。

 話が全く飲み込めない。

「はい……ですが……」

 葵は下を向いたまま、か細い声で言う。

「……今日は、お前に会いたいとおっしゃる鎌瀬さんをお連れした」

「……!」

「なあに、心配はいらん。鎌瀬さんは素晴らしい方だ。実際に会えばお前も決心がつくだろう」

 さっきから何の話をしているのだろう?

 旅館のためとか、決心とか……

 いや、おおよその見当はつく。ここで悪い予感に気付かないフリをしても、それは逃避にしかならない。

「鎌瀬さん。お入りください」

 葵のお父さんがそう言うと、部屋の奥の扉が開いた。

 そこから、黒い髪をジェルでオールバックにした、いかにも出来る男という風貌な青年が入って来た。

「俺は鎌瀬犬吉かませいぬきち。ワールドトラベル社、日本支部CEOです」

 ワールドトラベル社。

 アメリカに本社を構え、日本、イギリス、インドなど世界各国に支社を持つ超大企業。

 事業内容としては、観光業全般だ。

「今日は葵さんに会いたくてね。それにしても、予想以上に美人だね」

 そう言って、葵に手を差し出す。

 葵はその手を握らない。

「葵! 粗相のないようにと言っただろう!」

 葵の行動に対し、葵のお父さんは怒り露わにする。

「いいですよ。四条さん。俺も無理やりするようなことをして、嫌われたくないんでね」

 鎌瀬は葵のお父さんをなだめる。

 そして、

「何せ、葵さんは未来の俺の花嫁ですし」

 と、どこか歪んだ笑顔で言った。

 その言葉を聞いた時、私の心をどう体現すれば良いのかも分からないほどの絶望感が支配した。

 会話の流れからおおよそ予測はしていた。

 しかし、それが現実となると、どうしようもなく苦しくて。

「いいか葵、鎌瀬さんは世界のトップ企業のエリートだ。それもまだお若い。こんな素晴らしい方に目に掛けてもらって、何が不満だと言うのだ」

「お父様、私は……!」

「それに、鎌瀬さんは、この『鴨亭』をグループ傘下にすると約束して下さった。この結婚はお前のみならず、旅館のさらなる発展に繋がるんだ!」

 もう、部屋の中の会話は頭に入ってこない。

 私の感情に、頭が追いつかない。

 気付けば、私は襖を豪快に開け放ち、部屋に乱入していた。

 三人が一斉に私の方を見る。

「祇園ちゃん!」

 そして、葵は私の名を呼んだ。

「……あ、おい」

 ただ、それだけ言うと、私は膝を着いて座り込んでしまった。

 葵が私の傍に来て、肩を抱く。

「君は、あの時の……」

 葵のお父さんが何かを呟いた。

「四条さん。こちらの方は?」

「……はい。娘の友人のようです」

 鎌瀬の言葉に返答をする、葵のお父さん。

 それを聞き、鎌瀬は私の方へ一歩近づく。

 私は鎌瀬の顔を見上げた。

「……気に食わないガキだな。今、俺の使用人を呼んで、追い出してやる」

 そう言って、鎌瀬はポケットから携帯電話を取り出す。

「やめてください!」

 そう叫んで葵が鎌瀬の腕にしがみつく。

「離せよ」

 鎌瀬は冷徹にそれだけ言うと、葵を振り払った。

「きゃっ」

 葵は尻もちをついてしまう。

 私は葵に駆け寄り、介抱する。

「例え嫁でも、俺の邪魔をするヤツは許さない。覚えておけ」

 ……。

…………。

………………。

「……鎌瀬犬吉、あんたに葵は渡さない」

「は?」

「あんたみたいなヤツに、葵は渡さないって言ってるの!」

 私は葵の手を握り、共に立ち上がる。

 鎌瀬は私の顔をギロリと睨み、言う。

「……お前、『リンクバトラー』だな」

「……!」

「それも、葵さんの相棒」

「どうして、それを……!」

「我が社は『リンクバトル協会』へ資金提供をしている。日本全国の『リンクバトラー』は把握している」

 私を見下しながら、得意げに言う。

「だからなんだって言うの!」

「賭けをしよう」

「……賭け?」

「ああ。お前たちと俺で『リンクバトル』をする。俺が負ければ、葵さんから手を引こう」

「……」

「だが、お前たちが負ければ……」




 友達をやめる。

 それが鎌瀬の出した条件だった。

「祇園ちゃん!」

 今になって思えば、どうしてあんな軽い挑発に乗ったのか分からない。

 きっと、葵と私の絆は、何よりも強いと過信したから。

「祇園ちゃん!!」

 葵が私の身体を揺する。

 その瞳から、大粒の涙がぼろぼろと零れる。

 ……泣かないで。

 そんな言葉も出てこない。

「友人を庇って、俺の攻撃を全て受けるなんてとんだ馬鹿だな」

 嫌味な笑いを浮かべながら、鎌瀬とその従者が私たちに近寄る。

 彼らの『リンクポイント』は『金』。

「……」

 何故、こんな奴らに勝てないの……

 だって、『金』だよ……そんなのに負けるなんて、ありえない。

 悔しい、悔しい、私から全てを奪い去ろうとする鎌瀬犬吉が憎い。

 そして、こんな奴にいいようにやられて、立ち上がることもできない自分が憎い。

 起き上がることのできない私の前で、鎌瀬は立ち止まる。そして、少しの沈黙の後、口を開いた。

「株主優待というシステムを知っているか?」

 株主優待。企業の株を所有している人間に配当とはまた別に、何か特別のサービズを提供することだ。

「俺は『リンクバトル協会』のスポンサーだ。つまり、ある程度の『優遇措置』を受けている」

『優遇措置』……?

「今風の言葉で言うとチートってやつだ。すまないな」

 そう言うと、憎たらしくうすら笑いを浮かべた。

「そんなの……そんなの反則じゃないですか!!」

 葵が大声で抗議する。

「反則? これが資本主義の基本だよ、葵さん。現に、君のお父さんだって金目当てで実の娘の人身売買をしているじゃないか」

 その言葉を聞いても、葵のお父さんはただ下を向くだけで、抗議の一つもしない。

「いや、誤解しないでくれたまえ。俺は決してその行為を軽蔑などしていないよ。君のお父さんは金が得られ、俺は若くて美人な嫁を得られる。一石二鳥、至って合理的じゃないか」

 そう言ってけたけた笑う。

「そんなの、葵の気持ちはどうなるのよ……!」

 私はありったけの力を振り絞り、反論した。

「馬鹿か。俺と結婚することが葵さんにとっての一番の幸せなんだよ。分かるだろう? ましてやお前みたいなクソガキといる時間など、無駄でしかない」

「そんなことありません……!」

 葵が声を荒げて反論する。

「あなたはまだ本当の幸せを理解していない」

 それだけ言うと、鎌瀬は私の方に目を向けた。

「寺町祇園……だったか? お前が一番分かっているはずだ。自分なんぞよりも、俺といた方が葵さんにとって良いことが」

「友人なら当然身を引くべきだ」

「お前のくだらない友情ごっこは今日、この時をもっておしまいだ」

 怒り、憎しみ、悔み、恐れ、悲しみ……どうにかなりそうな負の感情が私の脳を支配し、そのまま気を失ってしまった。



久々の更新でこんな展開で申し訳ありません。百合作品において男性を出すことはある種冒険だと思います。しかし、物語に緩急をつけるためにあえて出しました。不安に感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、安心してくださって大丈夫です。彼はその名の通りの役割ですので。


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