第六話 ①
少し間が空いてしまい、申し訳ありません。今回も少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
第六話
葵と友達になってからというもの、毎日が新しい経験だらけで、凄く楽しい。
そして、今日もこれから新しい体験をする。
『今日、父が留守なのでうちに泊まりに来ませんか?』
そんなメールが先ほど届いたのだ。もちろん、葵から。
友達の家でお泊まり会だなんて初めてだよ。私は心を弾ませ、パジャマや歯ブラシを鞄に詰め込む。
「~~♪」
ついつい鼻歌を歌ってしまう。
「祇園!」
大きな声と共に、私の部屋の扉がバーンと開かれた。
「な、なんだ……お姉ちゃんか……驚かせないでよ!」
「驚いたのはこっちよ! 今日、泊まりに行くんですって!?」
「う、うん」
お姉ちゃん、そんなに慌ててどうしたのだろうか。
「ダメ! ダメよ! 男なんて全員狼よ! 痛いことされるわよ!!」
「ち、違うよ」
「違わない! 祇園の初めては私が貰うって決めてるの! どうしても行くというのなら、私を倒してからにしなさい!!」
そう言うと、お姉ちゃんは幼少時から習っているカポエラのポーズをとった。
「お姉ちゃん、誤解だよ。今日遊びに行くのは葵の家だよ」
「葵、ちゃん……?」
お姉ちゃんは顎に手を当てて考える。
「確か、この前うちに来た……」
「そうだよ!」
「ああ、あの娘ね……」
どうやら合点が行ったようだ。これで誤解は解けただろうし、お泊まりに行くことを許してくれるだろう。
「ま、まぁ、女の子ならいいわ。けれどね、これだけは守って……」
そう言うと、凄く真剣な表情を作り、私の両肩に手をのせて言う。
「奪うならまだしも、奪われたらダメよ」
「う、うん」
何を奪ったり、奪われたりするのかな?
お姉ちゃんは私と違って学があるし、ときどき言っていることが分からないよ。
『鴨亭』
創業三百年を誇り、全国津々浦々、さらには海外からも観光客が訪れる有名旅館だ。
ここが、葵に指定された待ち合わせ場所だ。
「地元だけど、わざわざ近くまで来たのは初めてだよ……」
案外、地元の観光地ってわざわざ行かないよね。
東京に住んでいる人は東京タワーに行かないみたいな感じかな。
「……ん?」
いや、でも、前に一度近くまで来たような気が……
う~~ん。
「祇園ちゃん!」
「あ、葵!?」
驚いた。いや、待ち合わせをしていたのだから葵が来るのは当然だ。
けれど、葵はなんと旅館から出てきたのだ。
「どうぞお入りください」
「え? え?」
旅館に入るようにと手招きする葵。
「ど、どういうこと?」
「あ、言い忘れていましたね」
黙って葵の言葉を待つ。
「ここ、私の家なんです」
結論から言うと、葵は『鴨亭』の跡取り娘らしい。
そして今、夏休み明けで一番観光客が少ないシーズンのため、経営者である葵のお父さんは休暇となり、海外に行っているらしい。
「父はとても厳しくて、友達なんて家に呼べないのです」
「私、来ちゃって大丈夫なの?」
「今は海外ですから。これは空前絶後のチャンスですよ!」
少しテンションの高い葵。でも、なんとなく分かる。親の留守ってテンション上がるよね。
「ところで祇園ちゃん、晩御飯はもう食べましたか?」
「まだだよ」
「でしたら、是非、うちで食べてください!」
「いいの!?」
「ええ」
そう言うと、葵は私を旅館の一室へと案内した。
「うわ~流石は高級旅館! キレイだね~」
「ふふ。ありがとうございます。今、料理を持って来ますね」
そう言うと葵は襖を閉めて、部屋を後にした。
「……」
それにしても、今日は新発見だらけだね。
葵のことなら何でも知っていると思っていたけれど、私が知っている葵は、葵の一部分でしかないんだね。
それに、葵は私になにか隠し事をしている。
だから、腹が立つとか、そんなことはない。けれど、なんだかやっぱりもやもやする。
「…………」
少し、ナイーブな気持ちになってしまう。
「ううん。これから時間を掛けて知って行けばいいんだよ!」
そう自分に言い聞かせ、頷く。
そしてしばらくすると……
「おまたせしました~」
その声と共に襖が開かれ、美味しそうな料理が運ばれてきた。
「うわ~美味しそう!」
葵は丁寧な動作で料理を机に並べた。
「それでは、頂きましょうか」
「うん! 頂きます!!」
まずは、天ぷらを一口かじる。
「――! おいしぃ!」
次は炊き込みご飯。
「旨い!」
お刺身。
「最高!!」
「もう、祇園ちゃんったら……」
いや、これは大げさでもなんでもなく、本当に美味しい。
「流石、高級旅館だね……シェフも一流だね……」
「あ、あの……」
「なぁに?」
「良かったらこっちも、どうですか……?」
そう言うと、葵は恥ずかしそうに料理を二品机に上げた。
「これは……エスカルゴとフジツボ……」
確かに、これらは私の大好物だ。けれど、和風高級旅館でこんな料理出るのだろうか?
「じ、実は、祇園ちゃんの大好物って聞いてたので……私が作ってみました……」
「葵が……?」
「はい……で、でも、シェフの料理の方が美味しいと思うので、無理にとは――」
「食べるよ!!」
私があまりにも大きな声を出したので、葵は少し驚いたようだ。
「だって葵が私のために作ってくれたんでしょ?」
「は、はい……」
「それって、どんな高級料理よりも嬉しいからさ。私にとっては!」
「祇園ちゃん――!」
葵は瞳を潤ませた。
もう、大げさだなぁ葵は。
いただきますと言い、エスカルゴを口にほおりこむ。
「お口に合いますか……?」
少し心配そうに上目づかいで私を見る。
私は租借しながら味を吟味する。
「……」
なんでだろう。お世辞にも美味しいとは言えないけれど、なんだかとっても美味しく感じる。
ペッパーが強すぎて、口がひりひりする。けれど、刺激的でいい。
バジルが少なすぎて、風味がない。けれど、シンプルでいい味だ。
バターが植物性だから、コクがない。けれど、あっさりしていて美味しい。
あぁ、私ってやっぱり心底、葵が好きなんだなって思う。
痘痕も笑窪とは、良く言ったものだ。
料理が少し苦手なところ、私に何か隠しているところ、普通ならマイナスになるところも全部含めて、葵が好き。
「どうでしょう……?」
葵がもう一度質問してくる。
「……葵が大好き」
気づくと、そんな言葉が自然と口から発せられた。
「へ……?」
また、葵を混乱させてしまう。
「この料理を食べたらさ、なんだか葵が大好きだっていう気持ちが溢れてきちゃって……」
この気持ちをなんて表現したらいいのか分からない。だから、少し苦笑を浮かべる。
「ごめん。こんな感想、困るよね」
そう呟くと同時に葵が私に抱きついた。
「ううん……嬉しい、です……」
なんだか、幸せだなぁ……
次回はお風呂回。