表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/13

第五話 後編

第五話 後編 


 劇は順調に進行していた。

 私の作った小道具たちも活躍の機会に恵まれ、さぞ喜んでいるだろう。

 私は白雪姫を熱演する葵を、舞台袖から見守っている。

 さて、あとはラストシーンだ。

 悪い魔女により眠らされてしまった白雪姫に、王子様が魔法の口づけをするシーン。

「………………」

 口づけ……?

 ちょっと待って。葵とあの王子役のチャラ男がキスするの?

 いや、確かフリだったはず。そう。キスするフリだ。

 ……言葉にできない不安感、焦燥感、いらいらを感じる。

 ふと、中二男の相性占いを思い出す。

『ふふ……近い将来、接吻をするであろう!』

 ……いや、そんなはずはない。そんなはずはない。ないんだよ!

 王子役のチャラ男を見る。

 くそう。いつにも増してチャラチャラへらへらしてやがる。今ならこいつを殴っても法的に許される気がする。いや、殴らないとむしろ罪。

 そんなふうに怒り心頭してりると……

「いてぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」

 急にチャラ男はそう叫び、腹を抑えてうずくまる。

 どうしたのだろう。クラスメイトが駆け寄る。

「は、腹がいてぇ……きっと、さっき『レスリング部 ウホッ! イイ男だらけのガチムチパンツ喫茶』で食べたハヤシライスが原因だ……」

 脂汗を浮かべてそう言う。

「イイ男に釣られて入ったら、このザマだ……悪い。俺はトイレに籠る。誰か代役を立ててくれ」

 そう言い残してチャラ男は尻を抑えながらトイレへとダッシュした。

 ……。

 静まりかえる二年D組の面々。

「代役……立てないと!」

 誰かの一声で皆、事の深刻さに気が付く。

 葵はだいぶ前から舞台でスタンバイしているから、この事態には気付いていない。

「誰かやってくれる人いる!?」

 メガネで三つ網のクラス委員長が大声でそう言った。

 すると、ミーハーなリア充系の男子たちが次々と立候補する。

 委員長が少し困惑している。

 リア充はいつだって私の邪魔をする。でも、ここで負けたら、ダメ!

「わ、私がやりましゅ!」

 私は盛大に噛みながらそう叫び、手を大きく挙げて立ち上がった。

 クラスメイトが皆、私を見ている。

 突発的に立候補したけれど、今になって後悔の念が湧いて来た。

 ここは、やっぱり辞退した方が――

 ……いや。

 辞退はしない。例えフリでも、ワケの分からない男が葵にキスをするなんて、絶対に嫌だから。

「寺町さん……」

 委員長がシリアスな視線を向けてくる。

 う、うぅ……やっぱり女の子が王子役なんてヘンだよね……

 そんな不安を抱いていると、

「イイ! 凄くイイと思うの! やっぱり四条さん×寺町さんは公式だったのね! あなたたち、こっちの業界では大人気なのよ!!」

 委員長はメガネを光らせながら大声でそう言った。

 私はあっけにとられて驚いてしまう。

 しかし、それにしても委員長、百合好きかぁ。

 し、しかも、私×葵なんて……

 うわー。うわー。なんか照れるよお。

「皆もそう思うわよね!?」

 委員長が皆に賛同を求める。

 少しの沈黙の後……

「確かに」「俺もそう思ってたわ」「私も」「薄い本まだ?」「薄い本もう出てるよ?」「マジ!?」「購買部で買えるぜ」「保存用、観賞用、布教用買ったわ」「アニメ化決定だって」……

 わらわらと会話が聞こえる。その全貌は良く分からないが、クラスメイトたちは思ったよりも百合好きのようだ。

「じゃあ、決定! 寺町さん、着替えて!」

 委員長に衣装を手渡され、更衣室へと急いだ。




舞台はクライマックス。

棺の中で葵が扮する白雪姫は瞳を閉じている。

『悪い魔女に魔法をかけられた白雪姫』

 悲壮感溢れる声でナレーションが言う。

『でも、そこに現れたるは、王子様!』

 その言葉を発すると同時に照明が強くなる。

 ま、眩しい……

 その時、目を閉じていた葵が少しだけ目を開いた。

 目が合う。私が王子の格好をしていたからだろう。とても驚いているようだ。

 舞台の下からカンペ係のクラスメイトが指示を出す。

『白雪姫の前まで行く!』

 はっ! そうだった。

 私はカクカクした動作で葵のもとへ歩く。

『セリフ!』

 そうだった。セリフ、言わないと!

「お、おお! 美しき白雪姫! 今、誓いの口づけを……!」

 なんとか噛まずに言えた。

 後はキスのフリをして、目を覚ました葵と抱き合えば終わりだ。

「……」

 フリとは言え、緊張する。

 どうしても尻込みしてしまう。

 葵を見る。

 片目を開けて私を見つめている。

 そして、私だけに聞こえる声で呟いた。

「キス……してください」

 もう、心臓がどうにかなりそうだった。

 少しずつ顔を近づける。

フリだけだから大丈夫、フリだけだから大丈夫、と自分に言い聞かせる。


 バンバンバン!

 

その時、カンぺをペンで叩く音が聞こえた。

 はっとしてそちらを見る。すると、

『フリじゃなくて、本当にキス!』

 と書かれていた。

 え!? これどういうこと!?

 しかも、カンペ係の子、鼻血垂らしてるし……

 混乱を隠せない。けれど、超展開はまだまだ続く。

「キ~ス! キ~ス! キ~ス!」

 なんと、クラス委員長が大声でキスコールを始めたのだ。

 すると、それに釣られて舞台袖のクラスメイトがさらなるキスコールを始める。

「キ~ス! キ~ス! キ~ス!」

 ど、どうしよう……!

『どうぞ皆さんご一緒に!』

 なんと、ナレーションの子まで悪ノリを始めた。

 マイクエコーに乗って、その声は観客席まで響き渡る。

「キ~ス! キ~ス! キ~ス!」

 クラスメイトに留まらず、観客までもがキスコールを始める。

 もう収集がつかない事態になってるよ!

「祇園ちゃん……」

 葵が私の名を呼ぶ。

「ど、どうしよう……」

 すると、葵は目を閉じて、少し唇を尖らせた。

 えええええ! コレ、していいってこと!? していいってことですか!?

 もう、どうにでもなれっ!

「…………!」

 私はありったけの勇気を絞り出し、葵の頬に口づけをした。

 今は唇には出来ない。葵はまたチキンって言うかな。

私のキスに呼応するように葵は起き上がり私に抱きつく。

「あなたが、運命の王子さま……!」

 そう言えば、劇の最中だったっけ。

 セリフを言わないと。

「姫。結婚してください」

「はい。喜んで……」

 盛大なBGMに包まれて少ずつ幕が下りる。

 拍手と歓声に包まれる。

 その時、耳元で葵が囁いた。

「唇には、してくれないのですか……?」

 抱きしめられているから、葵の表情までは分からない。

 けれど、少し悲しみが込められているような気がした。

「唇には……ちゃんとした時に、したいから……」

 私はなんとか、それだけ答えた。

 葵はクスッと頬笑み、

「占い、当たりました」

 そう言った。



あまあまな百合シーンを書くのに悪戦苦闘中です。二、三週間ほど空くかもしれませんが、必ず投稿します。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ