第四話
投稿に時間がかかってしまって申し訳ありません。第四話です。前回は完全なギャグ回でしたが、今回から物語が少し動き始めます。今後もよろしくお願いします!
第四話
今、私は夢を見ている。
昔の夢だ。
小学校低学年くらいの時だったかな。
私はどこかの豪邸に迷い込んだことがある。
どこの豪邸だかは、覚えていない。
その時、囚われのお姫様を見た。かぐや姫みたいな娘。
今思えば、そんな話あるわけないのだけれど、その時は本気でそう思ったんだ。
お姫様は言った。
「私と、友達になりませんか?」
「祇園ちゃん! 祇園ちゃん!」
ゆっさゆっさと身体を揺すられるのを感じる。きっと葵だ。
葵の声により、私の意識は現実の世界へと引き戻された。
「おはよう……」
そうだ。授業中に寝ちゃったんだ。
就業を告げる鐘が鳴る。もう、放課後か。
「一緒に帰りましょう!」
葵の誘いに頷き、共に帰路に着く。
少し前には、こうして一緒に帰る友達ができるなんて思わなかったな。
思えば、あの夢の頃から友達なんていなかったっけ。
「祇園ちゃん、どうかしましたか?」
「ううん。昔のことを思い出してたの」
「昔のこと?」
そう。あのお姫様との出会い。
「うん。昔ね、私、お姫様と愛の逃避行をしたことがあるんだよ!」
「なんですか、それ?」
葵がくすりと笑う。
「う~ん。お姫様の顔とか、声とかは思い出せないんだけどね、そのお姫様、捉えられてたの」
「捕まってっいたのですか?」
「どうかな……でも、そんな気がしたんだ。それでね、そのお姫様をこっそり連れ出して、公園で遊んだんだ~」
「それで、お姫様はどうなったんですか?」
真剣な眼差しで私を見つめている。少し、どきりとしてしまう。
「最後はお姫様のお父さんが来て、連れ去られちゃうの。今思えば、あのお姫様が私の人生最初のお友達だったのかも……」
たった一日の友達だけどね。と、付け加える。
「そのお姫様も、もしかしたら祇園ちゃんが最初の友達だったのかもしれませんね」
そう言った葵の顔は、逆光で良く見えなかった。
「ただいま~」
葵と別れ、家に着く。
「お帰り、祇園」
お姉ちゃん、もう帰ってたんだ。大学、早く終わったのかな。
「ただいま。最近、研究はどう?」
「ぼちぼちね。あと、最近は法学にも手を付けているのよ」
法学……? 理系のお姉ちゃんがどうして文系科目を?
「特に、同性婚や、親近婚に関する法律を研究しているの」
最近、新聞とかでも、どこかの国が同性婚を認めたなどの記事をよく見かける。難しいけど、きっと重要な問題なんだろうな。
「私なんて法律って聞いただけで、アレルギー出ちゃいそうだよ」
「もう。祇園ったら……」
お姉ちゃんはふんわりと優しく頬笑み、私の頭を撫でた。
「あ、そういえば今日、祇園宛てに手紙が届いていたわよ」
「手紙?」
「ええ。机の上に置いておいたから」
お姉ちゃんにお礼を告げ、自分の部屋へと向かった。
『決闘状』
宛先よりも大きく記載されたその三文字に、目を疑ってしまった。
疑問と少しの恐怖を感じながら、開封する。
『リンクバトラー、寺町祇園様へ』
筆で書いたような、仰々しい文字だ。
『拝啓 時下ますますご清栄のこととお慶び申し上げます』
うわっ! 丁寧系の決闘者だよ……
『さて、本日は決闘を申し込みたく、お手紙を送らせて頂きました』
決闘状だもん。そりゃあ、そうだよね。
『寺町様も大変お忙しいとは思いますが、どうかお付き合いください』
そこまでへりくだっても、決闘はするんだね。
『大変恐縮ではございますが、決闘の場所と時間は追ってご連絡させて頂きます』
また手紙くるの!? もう嫌だよ……
『以上です。まだまだ暑い日が続きます。くれぐれもお体にはお気を付け下さい』
決闘を申し込まれると同時に健康の心配をされる経験って、めったにないよね。
ここで手紙は終わっている。
「う~ん……」
普段ならイタズラと思って相手になんてしないのだけれど、『リンクバトラー』という単語がひっかかる。
「明日、葵に相談してみるかな……」
「その手紙なら、私の家にも届きましたよ」
学校に到着するなり、すぐに葵に相談を持ちかけた。
「イタズラってことはないよね?」
「どうでしょうか……」
う~んと唸って考える。
少しの沈黙。
「一つ、気になることがあります」
葵の一声が沈黙を破った。
「気になること?」
「はい。決闘の場所、時間を文面で指定しなかった意味がわかりません」
確かに。私も昨日その部分については疑問に思った。けれど、考えてもろくな答は出なかった。
「分からないね……」
「分かりませんね……」
わからな~い! 半分諦めかけたその時だった。
『二年D組、寺町さん、四条さん。今すぐ校長室まで来なさい』
スピーカーから、私と葵を呼び出す声。
「今の声って……」
「そうですね。ザビエルさんです」
教頭が何の用だろう? それも、私たち二人になんて……まさか、気付いていないうちに何かやらかしちゃったとか!?
呼び出しなんて初めてだから、強い不安に苛まれてしまう。
「ね、ねぇ、葵! 私たち何もしてないよね!?」
「ええ。そのはずですが――」
視線を上に向け、何かを思い出すような仕草をする葵。
まさか心当たりがあるの?
「強いて言うのであれば、不純同性交友ですかね」
同性って何!? しかも何故、頬を染める!?
「失礼します……」
葵の発言の真意は分からないまま、校長室を訪れた。
表彰状、トロフィー、歴代校長の写真……なんていうか、校長室って威圧感あるよね。
「まぁそう堅くならずに、取って食おうってわけじゃないんですから」
蛍光灯に頭を反射させながらザビエル教頭は言った。
その隣には、仏頂面の校長がいる。
この学校の実力者二人が、私たちに何の用なんだろう……
「まぁ、腰を掛けてください」
言われるがままに椅子に座る。教室の椅子とは違い、座り心地はいいはずなのに、全くそんなふうには思えない。
「あ、あの……」
早く要件を聞いて楽になりたいという気持ちが先走った。
そんな私の言葉を遮って教頭は言った。
「決闘状は、届きましたか?」
――!!
どういうこと? なんで教頭がそのことを……いや、考えるまでもないか。
「もしかして決闘状を送ってきたのって、教頭先生なのですか?」
私の代わりに葵が言葉を発した。葵って結構、肝据わってるよね。
「そうですよ。私こそが決闘状の送り主にして――」
不気味な笑顔で教頭は頷いた。そして、胸元の「教頭」と書かれたネームプレートをひっくり返した。
「リンクバトル協会の幹部、コードネーム『ザビエル』です!」
「えぇぇぇぇぇえぇぇぇぇ!!」
ネームプレートには「幹部 ザビエル」と記載されていた。
正直、驚いた。こんなに身近に協会の人間がいたなんて。
正直、驚いた。コードネームが『ザビエル』だなんて。さすがに自虐が過ぎるよ。
驚愕を隠しきれずに、開いた口がふさがらない葵と私。
けれど、超展開は終わらない。
「そして、ここにいる校長がもう一人の幹部、コードネーム『ブサイク』です!」
またもや驚かされた。校長が幹部であることに。
またもや驚かされた。コードネームが『ブサイク』であることに。
てかこれ、ザビエルもそうだけど、ブサイクとか明らかに身体的特徴でイジメてるよね!? 学校の先生がこんなことしていいの!?
「驚いているようだな」
ブサイク校長が本日初めて口を開いた。
「いや、もう驚くを通り越して、呆れてるというか……」
「ですねぇ」
葵も私に同調する。
「まだ、終わりじゃありませんよ」
ザビエル教頭が妙に得意げに言う。
「そして、私たちこそが――」
「最強の『リンクバトラー』――」
「「『ミラクルジャンボトゥー』だ!!」」
うわーすごい。
よくもこんな時代遅れな二つ名をドヤ顔で名乗れるね。私だったら絶対できないよ。
きっとこの『リンクバトル』とか、『友情トルネード』とかもこの人たちが頭捻って考えたんだろうな。
「えっと、ご用が済んだのなら帰ってもいいでしょうか?」
葵がこの上ない苦笑いを浮かべながら問う。
「ま、待つのです! 決闘状を出したということは、決闘をするということでしょう?」
「いや、別に戦いたくもないですし……」
帰ろっかと言い、私と葵は校長室から出ようとする。
「知りたくはないのですか……?」
ザビエル教頭が怪しい口調で囁く。
「『リンクバトル』の謎を……」
……それは確かに興味がある。何故、こんなバトルがあるのか。どういうシステムなのか。それと、協会に入ると何故、イジメとしか思えないコードネームを付けられるのか。
「私たちに勝てたら、全てお教えしますよ……」
頭の光もこころなしか、怪しく光っている気がする。
「葵、どうする……?」
ひそひそ声で葵に耳打ちする。
すると葵は「あっ、耳に息が……」とか妙に色っぽい声で呟いた後、私に耳打ちする。
「ここは戦った方が早いと思います。この人たち妙にしつこいですし。ふー」
そうだね。私もそう思う。でも、なんで最後息吹きかけてきたの? なんかくすぐったいんだけど。
意見がまとまったので、ザビエル教頭の方に向き直る。
「分かりました。戦います」
その言葉を聞き、ザビエル教頭はニヤリと笑う。その笑みは妖怪や、もののけを思わせた。
「よろしい。ですが、手加減はしませんよ……」
背筋に悪寒が走った。となりで葵が生唾を呑み込む音が聞こえた。
強い風が窓に吹き付ける。風の音に混ざって、カラスの鳴き声が聞こえた。
もしかして私たちは、とんでもない化け物を相手にしてしまったのかもしれない……
「ごめんなさい負けましたぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「許してぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
ザビエル教頭とブサイク校長は部屋の隅にうずくまった。
結論から言うと、彼らは予想を遥かに下回り弱かった。
「弱っ! なんで最強の『リンクバトラー』とか言ってたの!? 意味不明!」
ザビエル教頭は瞳に涙を潤ませている。
ブサイク校長はハンカチに噛みつき、時代錯誤なやりかたで悔しさを表現していた。
「祇園ちゃん……このくらいにしてあげましょう……」
「そうだね……」
哀れな中年二人に情けをかける葵。
ザビエル教頭は「あ~助かった」とか言いながら起き上った。
ブサイク校長に至っては「まだ変身二回残ってるし」とか呟いている。殴ってやりたい。
「それで、『リンクバトル』の秘密を教えてくれるんですよね?」
これのために戦ったんだから、さっさと教えてもらわないとね。
「はい。そうでしたね……」
「なんでも質問して構わんぞ」
なぜ少し上から目線? ブサイク校長殴りたい。
「では、まず、『リンクバトル』の存在意義について教えてください」
とりあえずこれを聞かないと始まらないよね。
この質問に対し、ザビエル教頭は咳払いを一つしてから語り始めた。
「現代科学で解明できないようなバトルシステムについては、企業秘密ですので答えられません」
口元に人差し指をあてて秘密ポーズを作る。軽い吐き気と殺意を感じる。
しかも、秘密にするとか絶対やばい技術使ってるじゃんこれ!
「しかし、バトルの意義ならお教えしましょう」
急に真剣な表情になる。
意義。このバトルを何故、協会が実施するか。これには一番関心がある。
「近ごろの人は、自分の気持ちを閉じ込める人が多いです」
自分の気持ちを閉じ込める……?
「ええ。好きなもの、嫌いなもの、やりたいこと、やりたくないこと……さまざまです。心の奥底では自分の気持ちを分かっているのに、それに嘘を吐き、自分を騙すのです」
ザビエル教頭は遠くを見つめるような目をする。これまでのへっぽこなダメ中年とは違い、教育者の目をしている。
「だから、もっと自分に正直になって欲しいと思って、このバトルを考えました」
私たちはこのバトルを通じて、お互いに素直に想いをぶつけあった。そして、絆を深め、強くなった。
ふと、葵の方は見る。すると葵もすぐに私の視線に気が付き、にこりと笑う。
でも、私は見逃さなかった。葵がこちらを向くまでのほんの少しの時間、なぜか驚いているような、怯えているような顔をしていた。
「つまり『リンクポイント』とは、本人が心の奥底で最も求めているものの具現化なのです」
ザビエル教頭は力説した。
「なるほど。つまり、私が友達を求めていたから『友情』のリンクポイントとなったのですね」
これまでの話の復習のつもりで確認を取る。しかし……
「いいえ。『リンクポイント』とは、招待状が送られてきた人間の求めるものです。つまり、四条さんが『友情』を求めていた。そして、そのパートナーにあなたを選んだのです」
…………え。
本当に? そんなことってありえる?
だって、葵は美人でコミュ力のある娘だよ?
友達が欲しいなんて願うかなぁ?
「四条さん」
ザビエル教頭が葵に向き合う。
「今のあなたには、最高の友人がいる。怖がらずに、素直な自分の気持ちと向き合ってはいかがですか?」
その言葉を聞き、葵は息を飲む。
そして、黙って下を向いたかと思うと、葵の足元にしとしとと涙の跡ができた。
教頭は何を言っているのだろう。そして、葵は何かを隠しているのだろうか。
でも、そんなことよりも泣いている葵は放っておけない。何か声をかけようと私は一歩葵に詰め寄った。
「祇園ちゃんっ!」
私が葵の名を呼ぶより先に、葵が私の名を呼び、抱きついてきた。
私の胸で小動物のように震える葵を、優しく抱きしめた。
「…………」
無言で抱きしめる力を少し強める。
大丈夫。今は抱きしめるだけでいい。
葵が何を恐れているのか、何を隠しているのか。気になることは確かにある。
でも、それ以上に私は葵を信じている。