第三話
第三話
今日は人生初の友達とのお出かけ。
昨晩なかなか寝付けず、眠りに付いた頃には午前三時を回っていた。
それだけ遅くに寝たのに、目が覚めたのは六時。
そして今、九時。電車に揺られ、待ち合わせ場所のオタクロード駅へと向かう。
『オタクロード駅~オタクロード駅~』
鼻声がそう告げた。
待ち合わせは十一時。
二時間前か。どう考えても早く付き過ぎた。
「まぁ、遅いよりいいよね」
そう呟いて改札を抜ける。
ぐるりと辺りを見回した。
すると、すごく目を惹く銀髪の着物少女を発見した。目立つなぁ。
「葵~もう来てたんだ。ごめんね。待った?」
「いいえ! 今来た所です! 別に五時間前に着いたとか、楽しみすぎて一睡もできなかったとかないですから!」
彼女の目に光は宿っていない。
ていうか、徹夜だったの?
「そ、そうなんだ。じゃ、行こうか!」
「はい!」
私たちは歩き出す。
すると、葵が手を絡めてきた。
しかも、恋人繋ぎ。
「え、ちょっと! 恥ずかしいよ!」
「いいじゃないですか~」
えぇぇぇ~。
これが噂の、徹夜明けのテンションなんだね……
「ダメですか……?」
瞳を潤ませ、上目づかいで聞いてくる。
う、うぅ。美人は得だなぁ。
「ま、まぁ、嫌じゃないけど……」
「えへへ~」
葵の笑顔が見れたのなら、まぁいいかな。
自然と顔が綻んでしまう。
「まずは、メロンの穴に行きましょう!」
メロンの穴。
同人誌の委託販売を中心に行う小売店だ。
オタクロードの定番だね。
「うん。新刊、出てるかな~」
私の了承を得ると、葵はぐいぐいと私の手を引っ張り、オタクロードを闊歩する。
途中、葵は何度もコスプレと勘違いされ、写真をせがまれた。
メロンの穴にて、私はもくもくと新刊を払拭する。ここに来ると、テンションが上がってしまうのはオタクの性だね。
BLも百合も豊作だよ。
「葵~見てよ。マナレジの新刊が――」
あれ? 葵がいない。はぐれちゃったかな?
きょろきょろと店内を見回す。
すると、葵がふらふらとした足取りでこちらに歩いて来た。
「どうしたの!?」
葵は私にもたれかかる。体温が高い。
「ちょ、ちょっと驚いてしまいまして……」
「何に……?」
葵の来た方角を見る。
『十八歳未満立入禁止』
葵、そこに入ってたの?
いやいやいや。私たちは未成年。たまたまそっちから歩いて来ただけだよね……?
葵の顔色が悪かったので、近くのハンバーガーショップで昼食を兼ねた休憩を取ることにした。
お店に到着するまでに葵は「あんな大きいのを……」とか、「私は絶対ヤりたくありません!」とか「祇園ちゃんは経験あるのでしょうか?」とかワケの分からないことをぶつぶつ呟いていた。
今は向かい合って、デザートのアイスを食べている。
「大丈夫……?」
「はい。だいぶ良くなりました……」
良かった。
葵も回復してきたみたいだし、そろそろ、今日発売の新作ゲーム『ドラゴンファンタジー』を買いに行きたいな。
「でも、どうしても気になることがありまして……」
「ん……? どうしたの?」
もじもじと乙女ちっくに振る舞う葵の頬は、ピンクに染まっている。
「祇園ちゃんは、その、シたことありますか? ああいうこと……」
「したこと……?」
なんの話だろう?
疑問に思い葵の顔を見ると、何が恥ずかしいのか、さっと目を逸らされてしまった。
葵の視線の先を追うと、そこには『ドラゴンファンタジー』の宣伝看板があった。
なんだ、これのことか……
「あるよ。もうかれこれ十四回はしてるよ」
「十四回!?」
驚くことないでしょ? もうシリーズは十四作出てるし……
「驚きました……もう私たちもそういう年なのですね……」
「う、うん」
まぁ、全年齢のゲームだし誰でもできるけど……
「ち、ちなみに初めては、いつ頃でしたか……?」
「う~ん。確か、小学三年生くらいだったかな」
「それは早すぎです! 不潔です!!」
葵はガタンと音を立てて机を叩く。周りのお客さんが一斉にこちらを向く。私はぺこぺこと頭を下げた。
それにしても、小学三年生って早いかなぁ……
あ、もしかして葵の家では、ゲームは小学生の内はしちゃダメだったとか?
いろいろと思案する私をよそに、葵は更に質問を重ねてきた。
「で、ですが……初めては誰とシたのですか……?」
恥じらっているように見えるけれど、どこか好奇心を抱いているようにも見える。
でも、期待には応えられないよ……私ぼっちだし。
「いやいや、一人に決まってるじゃん!」
「一人もカウントに入れるのですか!?」
葵の目はぐるぐる回っている。ゲームで言うところの混乱状態だ。攻撃が自分に当たっちゃうよ。
何か、私たちの会話にはズレがあるような気がする。
「ひ、一人でする時は、道具とかを相手にするのですか!?」
顔を真っ赤にし、鼻息を荒くして聞いてくる。
道具って、コントローラーの事かな?
「使うよ。私は振動するヤツ使ってたね。お父さんに誕生日に買ってもらったんだ~」
「振動!? ぶるぶる震えるヤツですか!? しかも誕生日プレゼント!?」
葵の頭から湯気が立っている。
「あ、そうだ! 今日新作発売だし、帰ったら一緒にやらない?」
「女の子同士でですか!?」
女の子同士でゲームするのって変かな?
「何驚いてるの? この前だって一緒に(スマ○ラ)したじゃない?」
「え!? 記憶にありませんよ!!」
「覚えてないの? ちょっとショック……」
私にとっては一生ものの思い出なんだけどなぁ。
少しへこんでしまう。
「す、すみません……行為の激しさで記憶が飛んだのかもしれません……」
「う、うん」
でも、覚えてないなら、またやればいいよね。
「じゃあさ、これからいっぱい二人でやろうよ! そして新しい思い出作ろう?」
「いっぱい!? そんなにたくさんヤったら、思い出とはまた別の赤ちゃん的なものが出来てしまいます……」
葵はものすごい早口でまくし立てた。
私はしゅんと落ち込んでしまう。
「そんなに落ち込まないでください……決して祇園ちゃんとスるのが嫌なわけじゃないんです!」
「そうなの……?」
「は、はい! でも、私、本当に記憶がなくて……だから、事実上は初めてなので、優しくしてくださいね……?」
「イージーモードでプレイだね!」
葵が言うならそれでいいけれど、イージーモードでやると、隠しED見れないんだよね……
再び、葵と二人でオタクロードを散策する。
なぜか葵はもじもじとしており、時折、私の手を強く握るのだった。
「さっきからどうしたの? やけに落ち着かないっていうか、なんていうか……」
「心の準備に戸惑っておりまして……」
ゲーム一緒にするのに準備なんて必要かなぁ。
まぁでも、その気持ちも分からなくもないよ。何せ『ドラゴンファンタジー』は超ビッグタイトル。熱狂的な信者なら、久しぶりのナンバリングタイトルに興奮を隠せないはずだよね。
ゲームショップへと入る。
店内には、所せましとゲームが積まれており、PVがエンドレスに流されている。
『店内放送です! 店内放送です!』
ん? 査定完了のお知らせかな? 私もそろそろ、いらないゲーム売りに行かないと……
「あの、祇園ちゃん、この声……」
「声?」
そう言われてみれば、聞いたことのある声だね。
『店内に不審者が侵入しました! 不審者は『ドラゴンファンタジー』特設コーナーに向かっております! お客様は速やかに外へ避難してください!』
あ、思いだした! この声、ザビエル教頭だ!
休日はゲーム屋さんでバイトしてるの!?
教員って副業禁止なんじゃ……
「って! そんなことより、不審者!」
「ど、どうしましょう……!」
顔を見合わせて混乱する私たち。ザビエルの声に気を取られているうちに、ほとんどのお客さんは外に避難したみたい。
つまり、周りに人はいない。
人気のない場所。ザビエルの放送。不審者……この流れってもしかして――
「ハニー、獲物を見つけたよ」
「そうみたいね。マイスイートダーリン……」
あ~。やっぱり不審者来ちゃったか~知ってた。
「あなたたちも、『リンクバトラー』なのですか!?」
葵が単刀直入に疑問をぶつける。
「ふふ。そうだよ……ステキなお嬢さん……」
細くてなよっとした金髪の男が、髪をかきあげながら、色っぽい声で言う。
ひどい自己陶酔っぷりだね。
「あら、ダーリン。他の女を見ちゃダメよ……」
マリーアントワネット風の女が言う。
おそらく、この二人の『リンクポイント』は『恋人』だろう。
「ふっ、やきもちを焼かせちゃったかな……僕は君しか見ていないよ。ハニー……」
「あぁっ、ダーリン……」
二人は熱いキッスを交わす。
それと同時に、二人の指に指輪が出現した。
その指輪から、眩い光が放たれ、私たちはダメージを受けてしまう。
「リア充爆発しろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「きゃあぁぁぁぁぁぁあっぁあぁっぁぁ!」
くそう! くそう!
痛い! 物理ではなく心がいたい!
「祇園ちゃん! 反撃です!」
「……うん!」
そうだよ! 今の私たちはリア充なんかに負けない!
今、ここでリア充を越えて見せる! 長年の恨み、晴らせてもらう!
……。
って言っても、どうしたらいいの?
「ハニーさん、ダーリンさん、聞いてください」
葵がいつになく真剣な物腰で語り始めた。
というか、ハニーさん、ダーリンさんって名前じゃないと思うんだけど……まぁいいや。
「私たちは、今日帰ったら何をすると思います?」
「ふふ、おままごとでも、するのかい?」
「いいえ! 私たちは一つになるのです!」
その言葉で、二人に電撃が走った。
「な、な、なんですって! 女同士でそんなこと、で、で、できるワケ……」
う~ん。女同士でゲームって別に普通だと思うんだけどなぁ。
あと、葵の言う「一つになる」という表現に違和感を抱く。
巷では、協力プレイのことをそう呼ぶのかな。
「ぼ、僕たちでさえまだなのに!?」
「恋人なのにまだなのですか? 案外、清い交際しているのですね」
大げさに叫ぶダーリンさんに対し、葵が挑発的な口調で言う。
協力プレイくらいで皆大げさすぎだよ。
「「女同士でなんて、ありえない!」」
やたらと向きになって否定してくる二人。
……ちょっと頭来たかも。
だいたい、なんで二人でゲームしちゃだめなの? そんなのおかしいよ。
ここは私も一言言ってやらないと!
「本気だよ! 私はいつだって本気だよ! 女同士なんて関係ない!」
「やだ……祇園ちゃん……カッコイイ……!」
なぜか私に熱い視線を送りながら、熟れたトマトのように頬を染める葵。
「祇園ちゃんが、そんなに求めてくれるなんて……さっきは優しくしてって言いましたけど……私、どんなプレイでも受け入れまてみせます!」
どんなプレイ?
あぁ、そう言えばイージーモードでやりたいとか言ってたっけ。
「ベリーハードモードでやっても大丈夫なの?」
「ベリー、ハード……」
一瞬悩むような顔をする。
ここは、もうひと押しかな。
「ベリーハードでクリアしたら、隠しエンディングが見れるんだよ!」
「私と祇園ちゃんの、隠し、エンディング……?」
葵と私の? なんか、さっきから言い回しに酷い違和感があるような、ないような。
「わかりましたっ! どんなハードなプレイにも、耐えてみせます!」
葵、良く言ったよ!!
ケータイが震える。
必殺技、行くよ!
「「友情トゥルーエンド!!」」
ケータイから巨大なブーケが出現し、大量の花弁がリア充共を包み込んだ。
トゥルーエンドって言うと、なんか語弊があると言うか、RPGよりもギャルゲ的な匂いがするなぁ……
「ハニーィィィィィィィィィィィィ!」
「ダーリィィィィィィィィィィィン!」
疾風に舞う花弁により、二人の衣服はぼろぼろになっている。
ふと、ダーリンさんに目をやる。
なよなよしているとは思っていたけれど、女っぽい身体だなぁ。
特に、ふっくらとした胸元とか……うん!?
「胸が……ある!?」
あれ? この人もしかして……
「ふふ。気付かれてしまったようだね……」
ダーリンさんが立ち上がる。
私は少し身構えてしまう。
「ほら、ハニー、立てるかい?」
ハニーさんに手を差し出し、立ち上がらせる。
「ダーリン……負けてしまいましたわね……」
私の警戒とは裏腹に、戦意は一切感じられなかった。
それどころか、どこか清々しい表情をしている。
「ああ。でも、当然かもしれないね」
「そうね」
そう言って二人はこちらに向いた。
「僕たちは、女同士であることに、後ろめたさを感じていた」
「けれど、あなたたちは違ったわね。お互いを受け入れ、求め合っていた」
と、ハニーさん。
なんか、感動モードだけど、何を言っているのかよくわからない。
「そうです! 祇園ちゃんと私は求め合っています!」
葵まで加勢する。ってか、求め合うって何を?
ゲームの話だったよね……?
「ねえハニー。僕らも、出直さないか?」
ダーリンさんは跪き、ハニーさんへと手を差し出す。まるで、姫にプロポーズする王子みたいだった。
「ええ。あなたとなら、トゥルーエンドを迎えられるって信じてる!!」
ハニーさんはその手を取る。そして、二人は抱き合う。
背景でファンファーレが流れているような錯覚に陥った。
葵も何故か涙目だ。
なにがなんだか分からない私は、ただただ茫然とするしかなかった……
翌日。学校にて。
「はぁぁ」
葵が大きなため息を吐く。
「どうしたの? 朝から」
「だって、祇園ちゃんがチキンだから……」
私がチキン? どうして?
「ゲームするだけで終わっちゃうなんて信じられませんよ!」
昨日はオタクロードから帰ったあと、二人で『ドラゴンファンタジー』をした。一通り楽しんだ頃に、そろそろ帰る? と聞くと、葵は驚いたような、落胆したような顔をしていたっけ。
「よく分からないけど……楽しかったでしょ?」
「ベリーハードは難しすぎですっ!」
「ベリーハードでいいて言ったじゃん!!」
「それは違うヤツです!」
「違うヤツ?」
葵は「き、昨日は徹夜明けのテンションだったから……」と口の中でこもるような声で言う。
「なんでもありません~~!」
大きな声でそれだけ言うと、顔を抑えてどこかへ駆けて行ってしまった。