第二話
第二話
朝のホームルーム。
担任が昨日の不審者について話している。
「はぁ……」
あれから、葵と会ってない。
連絡先くらい聞いておくんだったな……
まぁ、そんなことができたら、今頃ぼっちじゃないんけどね。
「今日は転校性を紹介するぞー」
担任が気だるげに言う。
この時期に転校性?
これ、あれだよね。
漫画とかだったら、ここで葵が転校してくるんだよね。
「おーい。入ってこーい」
リアルの世界でそんなテンプレ展開なんて、ないない。
「皆さん、初めまして。四条 葵です。どうぞ、よろしくお願いいたします!」
「って葵ぃぃぃぃぃ!?」
テンプレすぎでしょ!?
今時こんな漫画みたいな展開……
リアルも捨てたもんじゃないね。
ちなみに、今日の葵は制服姿だ。良く似合っている。
「あー、本来、転校生を受け入れていない本校で、例外的に四条を受け入れた。なぜかわかるか?」
担任がシリアスな雰囲気を作り出す。突然の美少女転校生に色めいていたクラスに緊張が走った。
「四条の両親は金持ちでな。たくさん寄付してくれたんだ。実は、詳しい金額は言えないが、私も頂いた。だから、編入できた。以上だ」
え!? ちょっ!
この学校、大丈夫なの?
ていうか、担任もおかしいよね!?
普通黙っとくよね!?
「では、ホームルームを終わる」
何事もなかったかのように、担任は教室を出て行った。
担任が消えたことで、教室はお祭り騒ぎになった。
テンションの高いクラスメイトが次から次へと質問を浴びせる。
「ねぇねぇ! 四条さんって、どこの高校から来たの~?」
「前は女子校でした~」
そうなんだ。女子校って言うと、お姉さまとかいたのかな。
「彼氏いる!?」
「いません」
ほっ。良かった。何故かものすごく安心している自分がいた。
「髪の毛キレ~」
「ありがとうございます~」
私も最初、あんまりにもキレイで驚いたっけなぁ。
「お父さん何してる人?」
「…………秘密です」
……ん? 今、妙に間があったような。
「罵倒してください!」
「この駄犬!」
「あ、ありがとうございます~!」
葵……言いたくないことは言わなくていいんだよ。
しかし、葵は人気者だなぁ。
当然だよね。超美少女の転校生。話題になるよ。
でも、この中で葵のことを一番知っているのは私。
そんな優越感があった。
だけど……
「上の名前、四条って言うんだ……」
なんとなく、心がもやもやする。今までに感じたことのない想い。
こんな時、私も皆の環に混ざって、お話できたらいいのに。
でも、そんなことできないよ。
昼休み。
今日の私のテンションは異常だった。
今日は、人生初の友達とのお弁当タイムを体験できるチャンスなんだよ。
葵の方を見る。
午前の休み時間は、葵の周りに人がたくさんいて、話しかけることができなかった。
今、周りに誰もいない。いつ話すの? 今でしょ!
でも、なんて話せばいいの?
頭を整理してからでも遅くないよね。
「考えろ、考えろ……」
その時、葵がこちらを見た。
授業中、休み時間、幾度となく目が合ったが、その度に何故か目を逸らしてしまった。
今度こそ……!
「ねぇ、葵――」
「四条さ~~ん!」「ウチらとお弁当食べな~い?」
リア充系クラスメイトの声により、私の貧弱な声はかき消されてしまった。
彼女らはとっさに葵の席を囲い込む。
一瞬、葵が悲しそうな目をしたような気がした。
「…………」
彼女らを押しのけて声を出す勇気は湧かない。
でも、このままじゃ葵とお弁当、食べれなくなっちゃう……
「……仕方ないじゃん」
そうだよ。我慢することには慣れている。
今日もトイレ、行こう……
「祇園ちゃん――」
葵が、私を呼ぶ声が聞こえた気がした。
これはきっと、私の欲望が生み出した、幻聴。
「大好物のフジツボ入ってる~! 流石お姉ちゃん!」
今日もトイレの個室で、いつものようにお弁当を食べる。
「葵とお弁当、食べたかったなぁ……」
でもまだチャンスはある。
そうだ、放課後は勇気出して、一緒に帰ろうって誘ってみようかな。
「…………」
でも、待って。
それ、本当に葵も望んでるの?
もしかして、私に声掛けられたら迷惑なんじゃ……
だって、私は冴えない非リアのコミュ力0の目立たないオタ女子だよ?
そんな私と一緒にいるより、さっきのリア充系の娘たちと一緒の方が、葵もきっと楽しいよね。
「葵…………」
私は、どんどん負のスパイラルに陥ってゆく。
放課後、私はもくもくと帰り支度を進める。
「四条さ~~ん」「ウチらと帰りにカラオケ行かな~い?」
またさっきのリア充女子が葵に話しかけている。
予想通りの展開だ。きっとこうなると思っていた。けれど、心のどこかで、そうならないことを期待していた。
葵は笑顔で何かを話している。
その笑顔が私以外の人へ向けられることに、強い嫌悪感を抱いてしまう。
瞳が潤うのを感じる。
「もう、帰ろ……」
鞄を持って教室を後にする。
帰り道、妙に眩しい夕日が、うざったくて仕方なかった。
「祇園、体操服もう洗濯に出した?」
帰宅し、憂鬱な気分で部屋に戻ると、お姉ちゃんこと寺町 紫が声を掛けてきた。
お姉ちゃんは私とは違って、すっごく美人の大学生。
スタイルも抜群で、さらさらの黒髪がとってもキレイ。
大学でも成績優秀で、将来はiPS細胞の研究に携わりたいんだって。
なぜか、その理由は頑なに教えてくれないんだけどね……
「あ、体操服、学校に忘れた……」
「だめじゃない。体操服は脱ぎたてが一番いいのに……」
「え、どうして?」
「汗とか、いろんな液体が――じゃなくて、脱いだら早く洗うのが基本よ!」
「ふーん。明日じゃだめ?」
「だめ! お姉ちゃんもうムラムラして――じゃなくて、汚れが取れなくなっちゃうわよ!」
「はーい。じゃあ、取ってくる……」
本当にお姉ちゃんは几帳面だね。
まぁ、学校までは十五分ほどだし、ぱっと行ってこようかな。
「ねぇ、祇園……」
「なぁに? お姉ちゃん」
お姉ちゃんは、とっても優しい目をして言った。
「初めてのことは、誰でも最初は臆病になるわ。でも、大丈夫よ。もしも、盛大に失敗しちゃったとしても、お姉ちゃんは絶対に祇園の味方だから」
「お姉ちゃん……?」
何のことを言っているのかは分からない。でも、私はなんとなく、葵の顔を思い出した。
「……うん! 行ってくるね!」
放課後の学校、グラウンドから部活動の声が聞こえる。
対して、校舎はがらんとしていて、静かだ。
まっすぐに廊下を歩き、教室の前へと到着する。
「誰か、いる?」
こんな時間の教室に人?
疑問に思い、そっと覗きこむ。
「葵!?」
葵がいる。
それも、私の机に腰を掛け、頬杖をついている。ぼんやりとした瞳はどこを見ているのかも分からない。
どうやら私には気が付いてないみたいだけど……
「カラオケに行ったはずじゃ……」
夕日に照らされた美しいその顔には、憂いを感じる。
少し心配だな……
その時、私の鼻の近くを小さな虫が飛んだ。
「へーちょ!」
最悪のタイミングでくしゃみが出ちゃった!
葵がこっちを向く。
私は反射的に壁に身を隠した。
「……祇園ちゃん」
「あ、あお……四条さん……」
どうしてだろう。「葵」って呼ぶことができなかった。
別に悪い事なんて、何もしていない。でも、なんでだろう。すごく、いたたまれない気持ちになった。
「祇園ちゃん……今、四条さんって……」
葵の声には、悲しみ、怒り、悔しみ、そしてなにより、絶望感が込められているような気がした。
その時だった。
『緊急警報です! 緊急警報です!』
スピーカーから教頭ことザビエルの声がした。
『校内に不審者が侵入しました! 不審者は2年D組教室方面へ向かっています! 全校生徒はグラウンドへ避難するように!』
計ったかのようなタイミングで、計ったかのような場所に現れる不審者。
当然、2年D組は私たちの教室。
だいたい、どうして2年D組に向かっているとか詳細が分かるの?
でも、今はそんなことよりも我が身の安全を確保しなきゃね。
「四条さん、今は逃げよう?」
「いやです」
「どうして!」
拳を握り、下を向く葵。それはまるで、だだをこねる子供のようにも見えた。
早く逃げないと不審者が来ちゃうよ!
「祇園ちゃんだけ先に逃げたらどうですか?」
「なんでよ! そんなの嫌だよ!!」
「だって、私のことなんて、どうでもいいんでしょ!!」
え……? 何言ってるの? そんなわけないじゃない!
葵の急変に戸惑う私。でも、迫りくる不審者は待ってはくれない。
「見つけたで~アンタら、『リンクバトラー』やろ?」
「ここにいたのね」
私たちと同い年くらいの少女二人が教室に入ってきた。
一人は関西弁でそばかすの少女。
もう一人は緑髪に、赤いメガネを掛けている。
「――!」
この人たち絶対不審者だ!
だって、関西弁、そばかす、緑髪、メガネというこんな不人気属性をめいっぱい兼ね揃えているなんて、どう考えても不自然だもん!
私は、その圧倒的なまでの不人気力を前に、怖気づいてしまった。
「はい、ど~も~ウチの名前は放出 浪花です~」
「私は、三宮 渚よ」
「「二人合わせて~「なぎさなにわ」です!」」
放出さんと三宮さんが声を合わせて自己紹介をする。
それと同時に、二人の手にハリセンが現れた。
「なぁなぁ、ウチな、将来は女子サッカー選手になりたいねん」
「無理ね」
「なんでやねん!」
「だってあなた、女子じゃないし……」
「いや! 女子やわ!!」
そのツッコミと同時に、私たちに向けられたハリセンから、突風が吹き荒れた。
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
「きゃぁぁぁぁっぁ!」
私たちは尻もちをついてしまう。
今の攻撃を見て確信した。彼女たちも『リンクバトラー』で、おそらく『リンクポイント』は『漫才』だろう。
「私たちも反撃しよう!」
「……」
だんまりを決め込む葵。
そんなことには構わずに、放出さんと三宮さんは追撃をしてくる。
「だいたい、アンタにはウチが男子に見えるんか? 可笑しいやろ。こんな美少女が……」
「……あなたは男子の方がいいわ」
「さっきから頑なやなぁ……」
「だって、もしあなたが男子だったら、あなたと結婚できるじゃない……」
「――! 渚!」
「浪花!」
二人は抱き合う。
さらに強い風が吹き荒れる。風圧で校舎の窓ガラスが大きな音をたてて割れた。
「百合漫才だとぉぉぉぉぉぉぉ!」
「羨ましいですぅぅぅぅぅぅぅ!」
また私たちはふっ飛ばされてしまった。
身体のあちこちが打撲で痛む。
息も上がってしまっていた。
「ねぇ! 反撃しないと!! このままじゃ……」
「……」
「ねぇ! 四条さん!!」
「……葵って」
「え?」
「どうして、葵って呼んでくれないんですか!?」
そう叫びながら、私の襟元を掴む。
そして、もう一度、私に問いかけてくる。
「ねぇ、なんでですか……?」
「く、苦しい……」
「苦しいのは私です! 私、祇園ちゃんと一緒の学校に行きたくて、大嫌いな親に無理言って転校してきたのに!」
葵の瞳から、ぼろぼろと大粒の涙が零れる。
「それなのに! 私のこと無視して!」
「無視なんてしてないよ! 話しかけようとしたよ!」
「私から話しかけようよもしました! でも、物珍しさだけで私を取り囲む人が邪魔で! その人たちがいなくなったら、今度は祇園ちゃんが私から逃げて行ってしまって……」
そんなの、不安だったから。
私の存在が、葵にとって迷惑なんじゃないかって思ったから。
「友達だと思っていたのは、私だけなんですか!?」
「――!!」
そうか。そうなんだ。
不安に思っていたのは、私だけじゃないんだ。
葵も私と同じように、不安を抱えていたんだ。
「葵……ごめんね」
私、怖かったんだよ。
友達なんて、初めてできたから。
一番信じるべき友達を、信じられなかったんだよ。
だから、ごめん。
「私、不安だったんだ。もしかして、葵にとって、私は邪魔なんじゃないかって。考えれば考えるほど不安になって……葵のこと、信じられなくなってた」
「祇園ちゃん……」
「でも、この不安は私だけのものじゃなかったんだね。葵も一緒だったんだね」
初めてだから、ノウハウとか、ハウツーとか、全然わかんない。
真っ暗闇の中を、どっちがゴールか分からないのに歩き続けるみたいな、そんな感じ。
きっと、失敗もしちゃうだろうな。
また、大きな壁にぶつかるかもしれない。
けれど……
「これからは、何があっても葵のことを信じるよ。約束する」
どんな暗闇でも、葵の手を強く握っていれば、はぐれる心配もない。
葵は少し落ち着きを取り戻したのか、私の襟元から手を離し、頬の涙を拭った。
「祇園ちゃん……勝手言って、ごめんなさい……でも、私も、嫌われちゃったんじゃないかって……それで、祇園ちゃんの気持ちも考えずに、怒って……私、私……」
もう、日本語がめちゃくちゃだよ……? でも、伝えたいことは、ちゃんと分かるよ。
「大丈夫」
葵の手を握る。
目を見て頷きあう。
「いくよ……!」
ケータイを取り出す。
音を立て、激しく振動している。
『友情ファイアー!!』
真っ赤な炎の柱が出現し、漫才コンビを包み込む。
「M1一回戦敗退やとぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「浪花愛してるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
こんな時にもキャラを崩さないのは、流石芸人の鏡だと思った。
漫才コンビは「今日はこのくらいにしたるわー」「負け犬の浪花も可愛いわね」とか言いながら去っていった。
「ところで、どうして葵は私の席に座ってたの?」
「祇園ちゃんが体操服を忘れていたので、取りに戻るかなって思いまして」
あ、体操服、持って帰らないと。
「……」
「……」
会話が続かない。
さっきまでケンカしてたんだ。当然だよ。
そう言えば、お姉ちゃんも言ってたっけ。
失敗しても大丈夫だって。
だから、ここで勇気を見せないとね。
「ねぇ、葵」
「は、はい!?」
もっと、葵と仲良くなりたい。
だから、ここで一歩を踏み出す。
「明日、一緒に遊ばない?」
「――! はい!!」
次回、第三話は完全なギャグ回です。