第七話 ①
第七章
また、あの夢を見ている。
そう。私の初めての友達の夢。
「私と、友達になりませんか?」
忘れもしないあの科白を言うお姫様。
私が彼女の顔を見上げると……
「……葵!」
夢から覚めると、自室のベッドの上だった。
身体の節々が痛む。
けれど、そんなことよりも……
「今の、夢は……」
あの夢を見る時、いつもはお姫様の顔を見ることができない。
けれど、今日ははっきりと見えた。
そして、全てを思い出す。
あれは絶対に……
全て、辻褄が合った。
葵は旅館の娘。そして、葵の父親は箱入り娘の如く葵を育てた。
例えば、幼少時より女子高に通わせたり、友達を作らせなかったり。
しかし、それは全て葵を権力者に嫁がせ、旅館を発展させるためだったのだろう。
そして、過保護な教育により、当時から友達を持てずにいた葵に、旅館に迷い込んでしまった私が出会った。
葵は言った。
「私と、友達になりませんか」
それは、葵にとっても私にとっても初めての友達だったのだ。
そして、月日が流れた。
ザビエル教頭により、『リンクバトル』の招待状が葵の元に届く。
そこで、葵は私をパートナーに選んでくれた。
それが意味すること。それは、葵がずっと私のことを想い続けてくれたってこと。
でも、私は今日まで葵のことを忘れていた。
葵は初めてのバトルで私のことを友達だと言ってくれた。好きじゃないお父さんに無理を言ってまで転校して私の傍にいてくれた。オタクロードに遊びにも行ったよね。文化祭でキスしたり、お泊まりして一緒にお風呂に入ったり……
そして、そんな大切な友達を失った。
今日も葵は学校には来ていない。
誰もいない葵の席を見つめる。
「……っ」
ダメだ。また泣きそうになってきた。
袖口で涙を拭う。
「寺町さん!」
メガネで三つ網、そして百合厨のクラス委員長に話しかけられた。彼女とは文化祭の時以来、たまに会話をするようになっていた。
「……あ、委員長」
「いやだなぁ、委員長なんて堅苦しい呼び方。メガネでいいよ」
「……うん」
私は曖昧に頷くと、メガネは困った顔をした。
「最近、寺町さん元気ないから心配で……」
そう言ったメガネは両手で私の手を握った。
「……」
「何があったのかとかは、聞かないよ」
私は黙り込んでしまったのに、メガネの口調はとても優しかった。
「辛い時はいつでも言ってね。助けになるから……!」
メガネは、少し痛いくらい手の力を強めた。
「……ありがとう」
少しだけ気持ちが楽になったような、そんな気がした。
きっと、友達ってそういうものなんだろうな。
メガネとの会話で少しだけ気分も良くなっていた。
けれど、それも束の間の事だった。
「招待状……?」
帰宅し、ポストを覗くと一通の手紙が入っていた。
部屋へと戻り、手紙を開封する。
「――!」
それは、鎌瀬と葵の結婚式の招待状であった。
手紙を握る手が震えだす。
急に膝の力が抜けてしまい、座り込んでしまった。
這うようにベッドへと向かう。
そして、なんとか布団へと潜り込む。
寝よう。
そう思った。一旦この気持ちを現実から切り離すしか、私の心を保つ術はないと感じた。
あれから何日が経過しただろう。
ただ、毎日機械的に日々を過ごした。まるで、全てをあきらめたように。
今日は休日だ。
いつもの、これまで通りの休日。誰とも合わないし、何もしない。
部屋の中にずっと籠って過ごす。
ただ、今日はどこかで誰かが結婚式を挙げている。
別に私には関係ない。そう、関係ない。
「………………」
無理だ。
あれからどれだけ、葵のことを忘れていつもの生活に戻ろうと考えたか。
でも、本当に無理だよ。
それだけ葵の存在は、私の中で巨大なものになっていた。
「でも! でも、だからってどうしたらいいの!?」
だって、だってもうどうしようもないじゃん!
悔しいけれど、鎌瀬犬吉と結婚する方が葵にとっていいことは歴然としているから。
私のために葵の人生をダメになんてできない。
葵が大切だからこそ、私は葵を忘れるべきなんだ。
分かってる。分かってたんだけど……!
強く握った拳をベッドに叩きつける。
「くそぉ……」
ただ虚しい気持ちでいっぱいになる。
その時――
コンコン。
扉をノックする音、そして、お姉ちゃんが部屋に入って来た。
「祇園」
いつになく真剣な表情だ。
少し、おっかなびっくりしてしまう。
「ここ、座ってもいい?」
「……いいよ」
お姉ちゃんは私の隣に腰を掛けた。
「私、祇園のこと大好きよ」
「……へ?」
何を話すのかと不安に感じていたから、少し拍子抜けしてしまった。
お姉ちゃんは続ける。
「優しいところ、奥ゆかしいところ、謙虚なところ、真面目なところ……言い出したらきりがないわ」
「……お姉ちゃん」
「でもね……」
お姉ちゃんはしっかりと私の目を見据えて言う。
「たまにはワイルドな祇園も見たいなぁ~」
……へ?
わけが分からない。
戸惑う私を完全にスルーして、お姉ちゃんどんどん喋る。
「例えば、大切なお姫様を取り戻すために戦う騎士みたいな!」
「き、騎士!?」
「そう! がむしゃらに、強引に、そして気高く戦う騎士!」
お姉ちゃんはベッドの上に立ち上がり、剣を振るうポーズをとる。
そして、私に手を差し伸べる。
「祇園。あなたの優しくて控えめなところ、大好きよ。でもね、大切なものを守るためには時に、ワガママになる必要があるの」
大切なもの。
「私は祇園のためならなんだってできる。あなたはどう?」
私は、葵が大切。
葵のためなら、なんだってできる。
けれど……
「それが本当に、その人のためになるの……?」
「なるわ」
迷いのない返事が返ってくる。
「だって、祇園の友達でしょ?」
お姉ちゃんは笑顔でそう言い切った。
「……なにそれっ」
私はぷっと吹き出してしまう。
何の理由もないけれど、何故か私の心には根拠のない自信が湧いてきた。
よしっ。
気合を入れてお姉ちゃんの手を掴む。
「うん。いい子いい子」
立ち上がるとお姉ちゃんは私の頭を撫でてくれた。
「お姉ちゃんはいつも私の背中を押してくれるね」
「ええ。いつでもあなたの味方よ」
「まるで、私のことが全部分かってるみたいに」
「それは盗聴k……じゃなくて、祇園のことが大好きだからよ」
お姉ちゃんは何故か冷や汗を垂らして言う。
「ありがとう……行ってくるね」
「うん。気を付けるのよ」
私は勢いよく部屋を飛び出した。