表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

変わらない世界の哲学

作者: マッチ売りの少年

たまに思うことがある

私は何がしたいんだろう


たまに思うことがある

私はなぜ歩くのだろう


たまに思うことがある

私はなぜ生きるのだろう


ふとそんなことを思ったある日

私はたった一本のひもで

この世界にお別れをつげた



私「ん…。ここは?」


私は目覚めた。

確かに死んだはずなのに、

目覚めた場所はいつもどおりの自分の部屋だった。


「(あれ?私は死んだはずじゃ…)」


今でもはっきり覚えている。

そこらへんのホームセンターで

ただ頑丈そうなロープを適当な長さに切った、

ひどく無骨な凶器で命を絶った。


大して広くもない自分の部屋で、

低い天井にいくつかのフックを打ち込み

そこにロープをかけて強度のテストをした


全く問題ない出来栄えだった。

人がその命を絶つのは、こんなにたやすいものだったのか

と私は自嘲の笑みを浮かべた


椅子の上に立ちそのロープに首をかけた。

これから死のうというのに、心の中は思いのほか

静まり返っていた。


私は馬鹿なのかもしれない。

これが私の言語としての遺言だった。


覚悟を決める必要はなかった。

ただ最後に深い意味もなく

思い切り椅子の背を蹴飛ばして

重力に従い無骨な凶器に体を預けた。


首にロープが食い込む。

体が痺れてきた。血が通っていないのだろうか。

目の前が真っ赤になってきた。なぜだろう。

視界が暗くなってきた。 

お別れの言葉など聞こえもしない。

私は特に感想もないまま、18の人間生活にお別れをつげた。


そのはずが私は生きている。

幽霊ではないのか。

ベッドから降りた。足がカーペットを踏みつける感触を感じた。

幽霊ではない。

私はわけがわからなかった。



母「私ー!起きたのー!?」


いつもどおりの母の声だった。

私は返事もせずにいつもどおりに居間に向かった。


母「ほら、朝食はベーコンエッグ。パンでいいわよね?」


私「うん、ありがと。」


母はごく普通に朝の会話を終えると、

フライパンを洗う作業に集中した。


なぜ生きてるのか…?

私はベーコンエッグを口に運びながら

そのことが理解できなかった。


制服に着替え学校に向かった。

特に何も変わらない。

同じ制服を来た男子が自転車で走る。すごいスピードだ。


私「!!?」

今私の頭の中に妙なイメージが湧いた。

あの男子生徒の姿がまるでストロボ写真で撮影したかのように

複数に見える。

しかし残像ではない。

一番最後の男子生徒の像がはっきりと見え、

ほかの像は薄く見える。

男子生徒だけではない。

カラスも、車も、流れゆく雲さえも薄い像が見える。

そして気づいた。

ひどく時間がゆっくり流れていることに。


摩訶不思議なスローモーションになれた私は

その男子生徒の像が、真っ赤なスポーツカーと衝突する

ことに気づいた。

私は危ないと叫ぼうと口を動かした。

しかし私の口さえもゆっくりとした動きになってた。


そして突如スローモーションが終わった。


私「危ない!!」

言い終わる前に男子生徒は真っ赤なスポーツカーと激突し、

その体をガードレールに打ち付けた。


車の方はすこし凹んだだけだった。

ガードレールはひどく凹み、男子生徒は右腕と頭の左側が

道路にバラバラとなって飛び散っていた。


衝突音に重なるように悲鳴が聞こえ、

スーツ姿の男が携帯を手にした。


モブ男「もしもし!救急車をおねがいします!!」


救急車など無駄だろう。

頭が半分消し飛んだ男を治療するなど、

ピノコがやっても「アラマンチュ!!」ブラックジャックがやっても不可能だ。


私は様々な出来事を処理しようと

頭の中が動き回っていた。


そしてすぐに救急車が駆けつけ、

真っ白な服を着た男たちが学生を囲んだのを見て

私は再び学校に向かった。


情報とは早いもので、すぐに学校内は

間抜けな学生のバラバラ事故で持ちきりになった。


事故の処理のために職員が動くので、

学校はHRで終わりとなった。


まぁ当たり前か…

こういった経験はなかったが、一度自分が死ぬことを体感しているので

あっさりと事態を受け止めることができた。


陰鬱な雰囲気の生徒たちを見つめながら、

こうも他人の死で暗くなるのかと私は感じた。


今は世界が普通にみえた。

ストロボビジョンも見えはしない。

死んだ学生はどうでもいいが、

自分が感じたあの感じをずっと考えて、

いつもどおりに帰宅した。


私は、先ほど他人が死ぬのはどうでもいいと感じたが、

自分に近い、そう、最も近い家族が死んだらどうなるのだろうと

思った。


母「あら?早いわね?どうしたのかしら?」


私「なんか学生が事故にあったみたいで、今日は解散。」


母「あらま、大変ね!とりあえず服着替えなさい。」


私は言われた通りに服を着て、母を殺したらどう感じるのかを

再び考え出した。

しかし結論は出なかった。

倫理的に言うならば悲しがるだろうが、

頭が消し飛び腕をもがれた学生を目の前にしても

心臓は特別興味を示さなかった。


私はどうやら馬鹿のようだ。

筆入れから細身のカッターを取り出し、

学生服のまま下に降りた。


母は変わらない姿勢でテレビを見ていた。

私はその変わらない母の首を後ろから

カッターで突き刺し、刃が何度も折れながらも

血の噴水と共に母を亡き者にした。


居間は真っ赤に染まり、母は痙攣をしながら倒れたが、

私は何も変わらないと感じた。

先ほどの問題の答えが出た。

話したことがない学生が死んでも

近い関係をもつ家族が死んでも

私は何も感じなかった。


少しは何か変わらないのか、

特に期待はしないが、私は父が泊まったビジネスホテルの

マッチを何本かすり、一本は母めがけて、

ほかの何本かは適当にばらまいた。


床が燃える。母も燃える。

床の火が壁に燃え移ったところで

母の火柱から出てくる脂肪の燃焼臭に顔をしかめた。


なぜだろう。私はこの、他人から見れば異常な光景を見て

何も変わらないと感じた。

玄関から、変わらないペースで歩き外に出て、

家から数メートル離れた庭で家が炎に包まれていくのを見つめた。


なんだ、結局何も変わらないじゃないか。

誰が死のうと、何が消えようと、私は何も感じないではないか。

狂ってるのは私ではない。

狂ってるのは何も変わらない世界だ。


私はそのことに気づき、

骨組みが見え始めた私の家に、

何も変わらない様子で戻った。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ