泥濘のパレード
この街の住人は、呼吸をするように自らを漂白する。
見渡す限りの真っ白な舗装路。純白の衣服。彼らが恐れているのは、致死のウイルスではない。嫉妬、見栄、自己欺瞞、あるいは他者を蹴落としたいという醜い欲望――人間の精神からひっきりなしに分泌される、ドロドロとした『心の泥』だった。
誰かの振る舞いにほんの少しでも、そうした精神的な汚濁(泥)が透けて見えれば、彼らは一斉に悲鳴を上げ、糾弾の矢を放ち合う。そうやって誰かの心を「汚物」として排除することでしか、自らの精神の清潔さを証明できないのだ。
巨大な無菌室のようなこの街で、僕だけが足の先から首筋まで、他人のドロ黒い感情にまみれて生きていた。
「いいんだよ。僕が汚れることで、場が丸く収まるなら」
僕はヒステリックな群れの中心に歩み出て、彼らが落とした心の泥をすくい上げ、自らの精神に擦り付ける。安堵と、軽蔑。ふたつの色が混じった視線を背に受けながら、僕は影を編むように歩き続ける。
誤解を恐れずに言えば、僕には彼らを救いたいというような、温かな慈愛など微塵もない。他人の精神の汚濁を被るのは、幼少期に自ら書き換えた防衛プログラムの作動結果に過ぎない。
「汚いから、触らないで」
かつて友人だと思っていた存在に、手を払いのけられた日のことだ。あの冷ややかな声は、僕に明確な真理を教えた。人間なら誰でも心に抱えているはずの醜さや弱さを、彼らは「ないもの」として切り捨てる。他者とは、決して分かり合えない異生物なのだと。
大人たちも同じだった。正義の仮面を被ったまま平気で嘘を吐き、都合が悪くなればルールの方を書き換える。彼らに絶望した幼い僕は、自我が崩壊するのを防ぐためにひとつの仮説を立てた。『僕から先に相手の心の泥を引き受け、その弱さを完璧に理解してやれば、いつか彼らも僕を排除しなくなるはずだ』と。
それは優しさではなく、世界との冷徹な取引だった。
もちろん、街の中にも「あなたの痛み、私にはわかるよ」と、甘い声で近づいてくる人間はいた。だが、彼らの言う「共感」は、呆れるほどに底が浅い。
彼らは、自分の経験値という引き出しにある痛みと、まったく同じ形の泥(心の傷)にしか涙を流さない。引き出しにない未知の絶望を見せられた途端、「それは私には理解できない」と、さっさとシャッターを下ろしてしまうのだ。
それは想像力の完全な放棄だ。自分が経験したことがなくても、他人のドロドロとした感情を十、二十と被り、痛みのデータを百も蓄積すれば、そこから演算して「この人はこんな風にして心が砕けたのだな」と、未知の絶望の輪郭に触れることができるはずだ。
だが、彼らはその労力を嫌う。だから、致命的な精神の痛みを抱えた人間が目の前に倒れていても、気の利いた言葉のひとつもかけられず、ただ立ち尽くすことしかできない。
一番滑稽なのは、夜だった。
無菌室の住人たちは、夜の帳が下りると僕のところにやってくる。「君にしか言えない」と、日中は真っ白な服の下に隠していた、ドロ黒い本音や人を呪うような醜い感情を、僕の足元に吐き出すのだ。僕はその心の泥のすべてを演算し、寸分違わず理解してやる。
だが、夜が明ければ、一時的に精神が身軽になった彼らは再び真っ白な服を着て、日の当たる広場へと駆けていく。理解者である僕の隣で一緒に泥にまみれるより、誰も本当の心など理解しようとしない多数派の群れへ、自ら喜んで漂白されにいくのだ。
僕に似た思考を持つ人間も、僅かにはいた。だが、彼らも僕と同じ深さの暗闇までは潜ってこられなかった。他人のどす黒い感情の水圧に耐えきれず、途中で浮上してしまうのだ。「完全に同じ人間はいない」。その当たり前の事実が、僕の孤独を決定的なものにした。
だから僕は、物語の中心で光を浴びる主人公には何も感じない。僕が惹かれるのは、自らの精神の醜さから目を背けず、泥にまみれたまま地獄に落ちる運命を受け入れる、悪役や脇役たちだった。彼らには、自分の弱さを引き受けるという圧倒的な「覚悟」がある。覚悟のない無菌室の連中の言葉など、僕にとっては耳障りなノイズでしかなかった。
しかし、他人の痛みを演算し、覚悟を蓄積しすぎた結果、僕自身に致命的なバグが生じた。
僕の言葉が、致死量の質量を持ってしまったのだ。
僕が放つ何気ない一言が、重すぎる弾丸となって、無菌室で生きる彼らの脆いガラスの自我を粉々に砕いてしまう。ただ事実を告げただけで、相手の精神を修復不可能なまでに傷つけてしまう。
だから僕は、口を閉ざした。言葉を捨て、ただ無言で他人の醜い感情を引き受けるだけの、からっぽの器になった。
沈黙の果て。僕は、自分自身の深層心理の底——冷たい水滴が響く地下室に行き着いた。
そこで膝を抱えていたのは、一人の少年。かつて誰にも助けてもらえず、声さえ上げられなかった、幼い頃の僕自身だった。叫べばまた「空気が読めない」「汚らわしい」と拒絶されると知っているから、少年は声もなく震えていた。
僕は、泥だらけの手で少年の肩を抱き寄せた。
「——叫んで、いいんだよ」
少年が、怯えた目で僕を見上げる。
「僕たちみたいな弱い生き物は、時々、叫ぶことしか許されない夜がある。でも、それでいい。泣くこと、叫ぶことは、命がこの世界に落ちた時、最初に許された唯一の感情表現なんだ。言葉も、重い覚悟もいらない。今はただ、獣みたいに泣け」
その言葉が引き金だった。
少年は顔をくしゃくしゃに歪め、わあっと泣き叫んだ。理由などいらない。ただ、そこにずっと在り続けた痛みが、産声となって地下室を満たしていく。
少年の叫びを聞きながら、僕を縛り付けていた防衛システムが崩れ去っていくのを感じた。
僕は、長く閉ざしていた唇を開き、世界で一番重いパスワードを口にした。
「僕は、幸せになりたい」
それは、他人のためのシステムとして生きてきた僕が、初めて自分に許した、不器用で、身勝手で、どうしようもなく痛切なエゴイズムだった。
他人の顔色など伺わず、他人の痛みに鈍感になり、邪魔なものを撥ね退けて直進する人間の方が、目的地には早く、確実に辿り着く。いっそ、あいつらくらい想像力のない馬鹿になれたら、どれほど楽だっただろう。
だが、僕はそれを選べない。
もし痛みに鈍感になり、他人を踏み台にする効率的な生き方を手に入れたとしたら、そいつはもう「僕」ではないからだ。同じ顔、同じ声をしていても、思想と生き方が違えば、それは別の人間だ。
この重苦しい自己矛盾も、人を傷つける言葉の重さも、精神の泥を被る不器用さも。すべてひっくるめて、「僕」なのだ。それを捨てて手に入れる目的地に、何の意味がある。
僕は、重い鉄の門を押し開け、あの無菌室の街を出た。
荒野へと歩き出しながら、ふと振り返る。
あの分厚い扉を開けて、精神の泥を被ったまま外に出てくる馬鹿な人間が、いつか現れるのではないか。僕と同じ道でなくていい。ただ、あの同調圧力を蹴り破り、自分の足で歩き出そうとする人間が、世界のどこかに一人でもいてくれたなら。「この決断をしたのは、僕だけじゃないんだ」と、そう思えるだけで歩いていける。
この歩みの先に、望む結末があるかなんてわからない。どうあがいても、理想の場所には辿り着けないのだろう。
辿り着けないと知りながら、歩き続ける。見事なまでの自己矛盾だ。
それでも、立ち止まることは、僕にとって死を意味する。停滞するくらいなら、醜い感情に塗れて足掻く方がマシだ。
地図はない。一日に数ミリしか進まないかもしれない。
それでも僕は、この足を止めない。これが、「僕」の生き方だから。
いつか、「これで良かったんだ」と笑える日まで。
僕は、僕のハッピーエンドへ向かって、ただ歩き続ける。




