見通しは立った
あれからハルは簡易的なバンガローを作り、夜を待たずにレアナをそこで寝かせようとしていた。
(レアナ様は無理しすぎだ。顔色が悪い…………)
護衛代わりのハルは、再び寝ずの番をする予定だ。
村の者が彼女に危害を加えることはないと思っているが、周囲にはこの地を狙う貴族もいるから用心しているのだ。
国の支援金が届く前に、ギャマイラス伯爵領に住む者が餓死や極度の不調になった場合や越水で他領に被害が起こった場合、必要な策(借金を含め)を講じない伯爵が糾弾されることになる。
この地が周囲の領に吸収される、絶好のチャンスである。さらに収穫量が多い土地は、誰もが手を伸ばしたい場所だった。
もしそんな棚ぼた的な利益を狙うハイエナ達が、この復興を見れば邪魔をしにくるかもしれない。この場合は要となり、そしていかにもブレーンとして嫁となったレアナがターゲットになる可能性がある。
「でもハル。貴方ずっと休んでいないでしょ? 今夜は私が起きているわ。少し休まないと倒れますよ」
レアナが案じるものの、ハルは「何言ってんの?」とばかりに目を丸くした。
「レアナ様、分かってるの? 俺はまだ19歳だよ。2、3日寝なくても何ともないの。だから休んでよ。まだ内装は寂しいけど、荷台よりマシなはずだから。早く中に入って寝なよ。おやすみ」
「あ、ハル、まだ……(バタンッ)……もう、ありがとうね。でも無理しないで」
レアナはバンガローへ押し込められ、会話中に扉が閉められてしまう。中にはハルの分の毛布が下に敷かれていた。気にせず使えとばかりに。
疲労した体を横たえ、静かに目を閉じる。この生活は彼女の体に負担が強い筈だ。
(朝起きたら、今度は彼に眠って貰わなきゃ……)
それでも彼女が安堵の中で眠れるのは、ハルが傍にいてくれるようになってからだった。
彼はそれを知らない。
けれど彼女の育ってきた環境については、よく知っている。
毒親と言って差し支えない奴らに、何をされていたか。
そこで何があったのかも。
◇◇◇
そんなやり取りの間に遊水池は完成した。代官のゴルドンも泥だらけで、みんなで作り上げた池に川から越流堤を越えて、遊水池へと流れを導く。
低地への越流堤と川の間には水門を作り、増水時はそれを開け一定水位を超えた川の水を流入させる。緊急時以外は閉じられることになる。
※越流堤は洪水時に河川の水を安全に遊水地や調節池へ逃がすため、意図的に周囲より低く設計された頑丈な堤防のこと。
越流堤の周囲にも土嚢を積みあげて、さらに補強を強固なものにしていく。
これがあれば、畑への越水は起こらない筈だ。
まずは水門を開けて流れを確認。川は静かで流れは緩やかだが、しっかりと遊水池に向かうことが確認できた。
「完成だ。これで次回の雨も洪水も怖くないぞ」
「ああ、俺達で村を守る対策が取れたんだ」
「良かった。本当に……。それにしてもこんなにスムーズに行動できるなんて、奥様のお陰だな」
「勿論です。心から奥様に感謝します」
村人の声を聞いたゴルドンは、心の底からそう思った。
「俺達はゴルドン様にだって感謝してますよ。もし奥様が来なければ、俺らと餓死する気だったでしょ? 貴方は貴族だから、きっと誰かは助けてくれた筈なのに……」
ゴルドンは首を横に振り答える。
「責任者の私が逃げる訳にいきません。私はこの地とみなさんのことを、家族のように思っていますからね」
それまで書類提出や何らかの手続きでしか関わっていなかったゴルドンに、周囲の目が集まった。
そんな風に思ってくれていたのかと、胸が熱くなる。そして彼の行動を見て、信じられると誰もが受け入れた。
ちょっと爺ちゃんなゴルドンは、こうして以前より村人と距離が近付いたのだった。




