新しい朝が来た
まだ薄暗い、翌日の早朝。
寝ずの番を終えたハルの元に、ゴルドンが訪れ頭を下げた。
「お疲れさまです。到着早々に、申し訳ありません」
少し休息が取れたようで、顔色が少し良い気がするゴルドンにハルは答える。
「謝罪なんか不要ですよ。分かっていて来たのですから。それより、これからが本番ですよ」
その声にゴルドンは大きく頷き、「お任せください」と胸を張る。
先行きの見えない状況から解放され、希望に満ちた表情でハルを見つめながら。
痩せて筋力の乏しい彼に肉体労働は期待してはいないのだが、今にもスコップに手を伸ばしそうな勢いがあった。
ハルはそれを見て笑いそうになったが、我慢して言葉を紡ぐ。
「ゴルドン様には、人員の統制をお願いします」
「そうですな。非力な私では、足手纏いになりますか。今なら、何でもできそうな気もするのですが」
その顔には嘘はなく、心底残念そうに見えた。
民家や集会所から離れた、決壊後の堤防を雑に塞いだ場所に彼らはいる。
そこには複数の馬車が移動した後とたくさんの人が歩いた痕跡が残されていた。
積み上がられた土嚢と並べられたスコップは、朝日が昇るとゴルドンの目にも明らかとなった。
「これは……この荷は、何時の間に到着したのでしょうか? ハル殿の使われている馬車の馬は、私どもが預かっておりますし、別の馬車のものですよね?」
彼が驚くのも無理はない。この場には昨日まで何もなかった。
その上すぐに対処できるような、有り余る土嚢とスコップまでが置かれているのだから。
「アン王……いえ協力して下さる方がいるのですね。ありがたいことです」
ゴルドンは王女殿下と言おうとしたが、その言葉を呑み込んだ。
一領地の災害に、王族が安易に手を出すのは好ましく思われないからだ。それが公になれば、行われない地域に不満が生まれてしまう。
かと言って、自力で解決可能なものにまで安易に手を貸すことになれば、その領主が無能だと宣言していると同義となる。領主より国の援助の方が有能だと一度領民に思われてしまえば、貴族と王族の確執が生まれることにも繋がるのだ。
そうは言っても、国の財政はそれほど豊かではなく、全てに手を出せる訳ではない。なので申請が通らないもの以外は、見守るスタンス。
ただ、その申請が通るには、時間がかかると言う難点があった。だからこそ伯爵夫妻は周囲から借金をし、後から国より支給された資金で返済しようとしていたのだ。
そしてこの領を囲む欲の深い貴族達は、大人しいギャマイラス伯爵を下に見ていた。
その伯爵領は豊かな収穫を毎年叩き出す羨望の地だから、切り売りしたり王領に戻されることを期待した。
そのせいで思うように資金が工面できず、焦る伯爵夫妻だったからこそ、レアナの登場となった訳だ。
ゴルドンが思うように、アン王女とレアナの距離は近いものだったから、彼が誤解するのも無理はない。夜中に人知れず、王女側の手の者から援助物資が届いたのだと思ってしまった。
ただ………………。
残されていた車輪の後はなぞられただけで、重い荷が乗っていたような地面への沈み込みがない。
人の足跡は多いがどれも同じサイズ。おまけに馬が歩いた蹄の跡が残っていない。
よく考えればおかしいと気付けることも、混乱しているゴルドンには見抜けなかった。
浅い偽装は混乱を生まず、スムーズに事は動き出す。
村人達も元気を取り戻し、清々しい顔をしてハルの元に顔を出し始めた。レアナが眠っているのを確認したから、小さな声で。
「「「「「おはようございます。昨日からご苦労様です」」」」」
「おはようございます。今日も頑張りましょう」
笑顔で挨拶を交わし終えると、ハルは村の代表は誰かと尋ねる。村長代理のロッチは、挨拶が遅れましたと深く頭を下げた。
肝心の村長は、家族と共にとっくに隣の侯爵領に逃げたそうだ。
「早速だけどロッチ、馬を引いて来ておくれ。荷馬車の食料で朝の炊き出しを作ろう」
「すごい。食料がこんなにいっぱい! 子供達の腹を満たしてやれるぞ!」
「「「「おおっ!!!!!」」」」
荷馬車の食料を見て歓声があがるも、「レアナ様が寝てるから。お静かに」と言われ、瞬時に彼女が睡眠中であることを思い出す。
謝罪後に人々は、持ち場へと動き出した。
ギャマイラス伯爵家が立ち直るなんて、誰も思っていなかった。だからこそ村長達は、ここを見捨てて逃げたのだ。
静かな歓声に包まれながら眠るレアナは、嬉しそうに微笑んでいた。




