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魔法絵師のミーラークルム  作者: 涼森巳王(東堂薫)
二章 路地裏の小さな店

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9話 精製の魔術



 というわけで、精油。

 植物性の油は菜種や胡麻、椿、亜麻仁油などたくさんある。どれも種子を圧搾あっさくして、なかにある油分を抽出する。

 その場合は石臼ですりつぶしたりするんだけど、マジックオイルには専用の機械がある。非力な芥子乙女がかんたんにオイルをしぼりとれるように開発されたらしい。


 ジョウゴ形の投入口に適量の種子を入れ、よこについたハンドルをまわすと、下についた小さな石臼が回転する。そして、しぼられた油が受け皿にたまる。受け皿に集めたオイルにまじった殻などの不純物をとりのぞけば、精油完了……なんだけど、これだけなら誰だってできる。問題なのは、このさき。調合だ。これが作る人によって効果が変わる理由。調合にはそれぞれ独自の配合があるからだ。


 たとえば、ローズオイルみたいに大量の花を蒸留したポピーフラワーのオイルを一滴たらすとか。刻んだマジックポピーの葉を乾燥させて沸かしたお茶を煮つめた液をまぜる、とか。ほかにも数種類のオイルや香料を香水みたいに調合する人もいると聞く。


 わたしのやりかたは、精油後、一晩寝かせて、水分を蒸発させる。そこまではいつも同じ。あとはそのときどき、異なるエッセンスをちょっぴりだけたす。その絵の具でどんな絵を描くかによって変えるのだ。


 今日は描くものが決まってないので、エッセンスはたしてない。オイルが透きとおって見えるまで丁寧に《《こした》》だけ。シンプルだけど汎用性は高い。これで起こる奇跡は大したものじゃない。月光にもさらしてないし。でも、絵師の技術に左右されず、それなりの魔法効果を発揮するのが強みだ。わたしの作るマジックオイルが好評だったのはそこらへん。


「できました。ほんとは月明かりにかけて、自然蒸発させないといけないんですが。それに種子の量が少なかったので、絵の具にしたら一色ぶんが限度だと思います」

「ふむ。なるほど。悪くない。素人ではないな」

「この前まで芥子乙女でしたから」

「芥子乙女? なぜ、芥子乙女が神殿の外に?」

「わけがあって……でも、わたしは悪くないんですよ。ほかの人の罪を着せられて追いだされてしまいました」

「そうか……」


 ガルシニエさんは妙に長らく考えこんでしまった。

 やっぱり、話すべきじゃなかったかなぁ。ひさしぶりに精油できて嬉しかったから、つい口がゆるんじゃった。


「あ、あの、それで、試験はこれで終わりですか?」

「ああ、いや。もう一つ。それができれば、おまえさんをうちの絵師と認めよう」


 あれ? いいんだ? よかった。てっきり、もうダメかと思った。


「どうすれば認めてもらえますか?」

「そのマジックオイルを使っで、じっさいに絵を描いてみなさい。0号ほどのごく小さなものでよい。風景でも人物でも、画題は任せよう。もしも、それが魔法絵であれば、晴れて魔法絵師だ」


 魔法絵……急に難しくなった。もう何年も描いてないから、まずはデッサンから始めないと。紙はもったいないから石板で練習かな。


「わかりました。少し日にちをください」

「一週間だけ待とう」

「一週間……」


 たった一週間か。そのあいだにどれだけデッサン力がもどるだろう。そうとう練習しないと。今から人物はムリ。0号となると風景画にはむかないから、静物画ね。


「アトリエにある画材は好きなだけ使いなさい」

「はい。ありがとうございます!」


 返事にも思わず力が入る。なにしろ、これに成功すれば、ずっとなりたかった魔法絵師になれる!


 ずっと、ずっと憧れてた魔法絵師。というより、生まれつき描くのが好きだった。たぶん、工房で父を見ながら育ったせいだと思う。ごく幼いころから炭の棒を手に家の壁や床に落書きしては母に怒られてたらしい。自分は笑って見てたんだと、父が話してくれた。


 描くことは、わたしにとって呼吸だ。描かないでいるほうがツライ。これまでのわたしはどこか息をつまらせて、どこにいても暮らしにくかった。父がいなくなったあとの工房でも、ヴェネルティア神殿でも。


 好きなだけ描いていいなら、しかもそれが仕事なら、なんて素敵なんだろう。大きな工房なんて、なくていい。わたしが欲しいのは毎日、絵を描いていられる自由だ。たったそれだけのこと。この願いが叶うかも。

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