52話 新たなる決意
王さまの前ですべてを打ち明けたとき、聞きたいけど聞けないことがあった。
だから、その疑問は『白い花の奇跡』に帰ってから、フィーと二人のときに口に出した。
「ねぇ、ベルディナル子爵は言ってた。陛下の勅命がどうとか。あれって、国王陛下のことだと思ったんだけど、さっきのあのようすだと、王さま、なんにもご存じじゃないよね?」
フィーはグリーンの瞳を物憂くくもらせる。
「陛下って呼ばれる人種はこの世に一人じゃないよ。国の数だけいる。国王陛下、女王陛下、皇帝陛下……とかね」
「それって……」
「グリンヴィアが復活したのはどこだった?」
「となりの国」
あっ、そうか。ということは、陛下は陛下でも、ベルディナルが言ってたのは、となりの国の王さまのことかもしれないんだ。
フィーはうなずく。
「ベルディナルの妻は隣国の貴族だしね。あいつは自国を売ったスパイだよ」
「ヴィヴィ兄さまが行方をくらましたのもアダマンテだったもんね。きっと、父さまもそこに——」
やっぱり、決めた。それしかない。
「わたし、となりの国に行ってみる」
「……」
フィーはため息をもらす。
「そう言うだろうと思った」
「だって、父さまも、ヴィヴィ兄さまも、今いるとしたら、アダマンテの可能性が高いよね。絶対に助ける。マジックポピーの密売は阻止できたけど、これまでに流れたぶんがかなりあるだろうから、それを使って魔法絵はまだまだ増やせる。グリンヴィアの脅威がなくなったわけじゃない」
「……どうしても?」
「どうしても」
「止めてもムダなんだろ?」
「うん」
すると、アトリエにガルシニエさんが入ってくる。心配で仕事に行けなかったらしいマクシミリアンさんも。
「行くのかね? サリエラ。どうしてもというなら止めないが、危険だよ。わかっておるね?」
「覚悟の上です。父さまを救いたいんです!」
それに、ヴィヴィ兄さまも。兄さまはきっと、いったん隣国へ逃げたに違いない。グリンヴィアか、それを復活させた黒幕の指示をあおぐために。
「私にできるのは、せいぜい旅の路銀を用立てることくらいだ。幸い、おまえさんの作ってくれたマジックオイルは評判がよくてなぁ。たくさん売れたから、しばらく店を休んでも問題ない。それどころか、旅費ぐらいはちょっと贅沢できるほど出せる」
「ほんとですか? ありがとうございます!」
それは助かる。わたしには貯金なんてないし。お店を辞めなきゃいけないかもっていうのも心配だったんだ。すべてが終わって平穏な日常に戻ったら、魔法絵師のお仕事は続けたいもんね。
マクシミリアンさんも言いだした。
「ならば、おれが護衛役についていこう。力仕事はなんでもできる。山賊ていどなら追い払えるぞ」
それも、ありがたい。女の一人旅は危険だもんね。重い荷物持ってもらったり、野宿しなきゃいけないときには美味しい料理作ってもらえる。
すると、フィーが嘆息した。
「誰が一人で行かせると言った? 当然、おれもついてくよ」
「あれ? 兄さま、自分のこと『私』って言ってたよね?」
「あれはヴィヴィのふりしてたから、猫をかぶってたんだ」
「猫……そうそう。シャーリーンがジルブラン伯爵家に返されてよかった。宮廷では侍女さんたちが可愛がってくれてたみたい——って、猫かぶってたんだ」
「おれはヴィヴィやフィーほど行儀がよくない」
ちょうどそこへ、カランカランと表のドアベルが鳴る。お店に誰か来たようだ。出てみると、フィーリオさんだった。扉のむこうに、ものすごい立派な馬車が見える。子どものころ、工房をたずねてくるときに乗ってたやつ。フィーリオさんって、じつは貴族か大富豪? ということは、フィーも? ああ、もう、どっちもフィーフィーでややこしい。やっぱり気になるよ。
「兄さま。あなたは誰なの? ほんとの名前は?」
彼はなんだか物悲しそうな顔をする。ちょっと、すねた少年みたいにも見える。
「まだ思いださない? フィーのことは覚えてたのに?」
「待って。今、思いだすから!」
えっと、フィー兄さま。フィー兄さま。そう。たしかに、フィー兄さまはよく工房に来てた。派手な馬車が王子さまみたいだったから印象に残ってる。でも、二人は双子なんだよね?
あっ? そういえば、もう一人いたような? フィー兄さまにそっくりな男の子。でも、馬車には乗ってなかった。ていうか、いっしょに工房で暮らしてたような?
「うーん。フィー、ヴィー……レイ?」
そうだ! レイ兄さまだ。優しくて子どものお世話をよくしてくれたヴィヴィ兄さまと、お話上手で、お土産は甘いお菓子のフィー兄さまと、もう一人……。
「いつも、イジワルばっかりだったレイ兄さま!」
レイ兄さまはガックリと肩を落とした。
「……そこまでイジワルじゃなかったつもりなんだけどな」
「いやいや。おまえはサリーをイジメてたよ」と、フィーリオさんが声を出して笑う。めずらしい。
「だって、おれより小さいのに魔法絵の才能は上だから、なんかシャクで……昔のことだ。ゆるしてくれ」
思いだした。イジワルされたけど、絵については、ほかの誰よりも丁寧に教えてくれた。絵の具の作りかた、オイルのまぜかた、下地の塗りかた……ほかにもいっぱい。
「わたし、子どもだったから、舌たらずで、ちゃんと名前が言えなかったんだよね。だから、レイ兄さまって呼んでたけど。ほんとは、レリドゥ」
あなたの名前は、レリドゥ。




