50話 王宮の追跡
それでなくても方向音痴のわたしにとって、王宮のなかはまさに迷路だ。一階にあいてる窓があったので、そこから入りこんだはいいけど、一人だったら、どうなってたことか。
「これ、どこにむかってるの?」
「さっき、ヴィヴィがいたバルコンの方角だ。だが、アイツも移動の途中のようだった」
「何が目的なんだろう?」
「おそらくは、王の……」
王さま? 王さまがなんだっていうんだろう?
そういえば、前にベルディナル子爵が陛下の勅命がなんとか言ってたけど。
それに王宮のなかは無人ってわけにいかない。衛兵もいるし、召使いもいる。廷臣に会わないのは、サロンや広間じゃないせいかな?
「おまえたち、どこへ行く?」
「何者だ?」
はあっ、衛兵が追ってくる。わたしたち、完全に侵入者だもんね。言いわけできない。でも、ここであきらめられないよ。ヴィヴィ兄さまがこのなかにいるんだから。
すると、目の前の廊下で尻尾をゆらしてるのは、見覚えのある白猫。ブルーの瞳に鼻とお口のまわりだけグレーの毛並み。赤いリボンを首にむすんでる。
「シャーリーンだ!」
なんと、子猫は生きてた。あの地下迷宮を自力でぬけだして、ちゃっかり宮殿の子になってた。たくましい。
にゃーんと鳴いて、かけだすようすは、なんだか、わたしたちを誘ってるみたい。案内してくれるつもりなのかな?
「待って。シャーリーン」
本物のシャーリーンと会うのは初めてだけど、魔法絵は魂を描くもの。だから、きっと、わたしの心とシャーリーンの心はどこか奥底のほうでつながっていたんだ。シャーリーンには、わたしの行きたい場所が——会いたい人のいる場所が直感でわかったんだと思う。猫と人間では感覚も違う。嗅覚や何かでつきとめたんだろう。
こっち、こっちというように、ときおり立ちどまりながら走るシャーリーンを無我夢中で追った。ならんで、フィーも。そのあとを衛兵たち。
「あっ、くそ。アイツら、どこ行った?」
「逃がしたら大変だぞ。このへんは……」
しめしめ。衛兵の声が遠くなっていく。何度も複雑にかどをまがったり、部屋から部屋を通りぬけたりしたから、わたしたちを見失ったみたい。
シャーリーンはどこへむかってるのか? なんだか豪華な宮殿のなかでも、よりいっそう華麗な装飾であふれてきた。廊下のつきあたりには金色に塗られた両扉。今まさに、そこへ入っていく人がある。ヴィヴィ兄さまだ!
「待って! 兄さま!」
「ヴィヴィ!」
両扉をあけて入っていくヴィヴィ兄さまから、さほど遅れず追いかける。シャーリーンのおかげで追いついた。
室内は……うっ、これは? もしかして、勝手に庶民のわたしたちが入っていい場所じゃなかった? 一段と素晴らしい部屋なんだなって見ただけでわかる。
金糸の刺繍された青い絹張りの椅子とか、緋色の毛氈とか。もうせんってのは敷物ね。工房の娘だから、かろうじて知ってる。銀の燭台やピカピカのシャンデリア。天井画に、壁には神話の女神の絵画。それも、たぶん魔法絵だ。すごく大きい。
室内にはひげを生やしたおじさんが二人いた。そのうちの一人は……もしかして、もしかして、王さまでは? 新年の最初の日にバルコンに出て、国民に手をふってくれる。
円卓をはさんですわる王さまともう一人。たぶん、重臣。ビックリしてる二人にヴィヴィ兄さまは突進していく。その手には、いつのまにか短剣が——!
「やめて! 兄さま!」
「ヴィヴィ!」
フィーがかけより、ひきとめようとする。けど、まにあわない。このままじゃ、ヴィヴィ兄さまが王さま殺しの謀反人になっちゃう!
「ダメェーッ!」
その瞬間、壁にかけられた絵画が激しく輝いた。それは魔法絵の奇跡が起こるときの現象だ。絵画全体が光に包まれ、絵のなかの女神が額縁をぬけだしてくる。
女神? 違う。ヴェネルティア神の扮装をしてるけど、その絵には見覚えがある。あの絵だ。子どものころ、わたしが感動した最初の魔法絵。父さまが描いた貴婦人だ。
じゃあ、あのときの依頼主って、王さまだったんだ。ていうことは、この貴婦人は王妃さま? 王妃さまはご病気で姫さまお一人を遺して、若くして亡くなっている。そうか。だから、王さまは王妃さまの絵を……。
王さまを守りたい王妃さまの思いと、ヴィヴィ兄さまを救いたいわたしの願い、それに、もしかしたら絵にこもった父さまの力が作用して、起こるはずのない奇跡が起こったんだろう。
とびだしてきた王妃さまに目をくらませて、ヴィヴィ兄さまの手からナイフが落ちた。すかさず、フィーが押さえる。




