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魔法絵師のミーラークルム  作者: 涼森巳王(東堂薫)
一章 追放から始まる新しいお仕事

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5話 行くあてもなく



 しばらく、地面に倒れこんだまま泣きぬれていた。けど、ずっと、こうしててもしょうがない。クノルエさんの卑怯なふるまいはゆるせない。父の工房をなんとかしてとりもどしたい。そのためには不正の証拠を見つけるほかない。今すぐにはムリだ。そのくらいは理解できた。悔しいけど、証拠が見つかるまでは、ここはもうわたしの家じゃない。


 悔しい。悔しいよ。父さま。母さま。大事な工房を守れなくて、ごめんなさい。

 兄さま。こんなとき、兄さまがいてくれたら……早く帰ってきて。お願い。今すぐ、わたしの前に現れて、「遅くなって悪かった。待たせたね」って、いつもの優しい笑顔で手をにぎってよ。


 ボロボロ泣きながら、やっとのこと立ちあがった。すると、ちょうどそのとき、さっきの裏口がひらいて、のぞいたのはセルディアだった。わたしより年下の父の末弟子。三年のあいだにずいぶん背が伸びたけど、顔立ちを見まちがうほどじゃない。わたしたちのほか誰もいないのを確認すると、セルディアはそっと近づいてきた。


「お嬢さま。あんたはだまされたんですよ。悔しいだろうけど、今はダメだ。出なおしてください。おれも悔しい。クノルエなんて才能皆無のくせに。あんなやつ、親方の器じゃない。ヴィヴィ兄さんが帰ってきたら、ここをとりもどせるよう、おれはなかで密かにさぐってるから」

「セルディア……」

「おれがあんた側だと気づかれないよう、このことは内密に。今のおれにできるのは、このくらいだ。ほんとに、すまない」


 セルディアはパンを一つ手渡してきた。


「ありがとう」

「少しのあいだ、旅の神ウェントゥスの神殿に身をひそめていたらいい。巡礼者ならタダで泊めてくれる。でも、それも二、三日だよ」


 よかった。わたしにも、まだ味方がいた。父さまの工房を大切に思ってくれる人がいた。安堵と嬉しさで、また涙が浮かぶ。


「ありがとう。セルディア」


 子どものころは生意気でケンカばかりしてたけど、こんなに頼りになるなんて。兄さまほどじゃないけど、よく見ると顔立ちも整ってる。


「じゃあ、もう行ってください。クノルエに見つかるとマズイ」

「わかった」

「三日後までに一度、ウェントゥス神殿を訪ねます。そのとき、これからのことをくわしく話そう」

「うん」


 手荷物とパンを持って、わたしは歩きだした。ウェントゥス神殿をめざしてたんだけど……どこでどう間違えたんだろう? 細い路地の入り組んだ変な場所に来てしまった。これはもしかして、スラム街というもの?


 見るからに汚いし、地面にすわりこんでる子どもや老人がいたり、目つきの悪い男がこっちを見てたり……。

 わたし、もしかしてヤバイのでは? 襲われたら、どうしよう。今日はほんとに一生ぶんの不幸と不運が次々と降りかかってくる日だ。


 コワモテの男たちから逃げるように足早に進んでいくと、ますます迷路にハマりこんでしまった。自分がどこにいるのか、さっぱりわからない。両側が高い塀なので、見通しがまったくきかない。遠くに見えてたウェントゥス神殿がどっちなのかすら見当がつかなくなった。ただもう闇雲に走る。


 いつのまにか石畳じゃなくなってた。土の道だ。ぬかるみに足をとられて、ころんでしまう。あわてて立ちあがろうとすると、誰かが足首をつかんだ。しまった。さっきの目つきの悪い男だ。


 どうしよう。どうしよう。わたし、人さらいに捕まって、外国に売られてしまうの? 外国にはいまだに奴隷制度なんていう野蛮なものが残ってるっていうし。


 チラリとふりむくと……違った。ぬかるみのなかに埋まった紐が足にからんでる。あわてて外して立ちあがる。でも、安心はできない。やっぱり、さっきの男がついてきてる。まがりかどのむこうから、こっちをうかがってる。わたしと目があうと、急に走りだしてきた。


 急いで逃げだしたけど、わたしの足の速さじゃ、ぜんぜん勝負にならない。みるみるうちに足音がすぐうしろに迫ってくる。


 ああ、もうダメ。捕まっちゃう!

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